三月ウサギの戯言 その2
誰かに髪を切ってもらうのって不安になりません? 特に知り合いに切ってもらうのは怖いですよね。アリスもきっと色んな意味で怖かったんだと思います。
「アリス、知っているかい? 私の呼び名の由来はね、三月のウサギは発情期で狂ったように周りを跳ね回っているらしく、三月のウサギのように狂っている奴という意味で私の呼び名は決まったんだ。三月のウサギのように狂っている……だから三月ウサギ。全く、失礼な話だと思わないか? 三月ウサギだなんてしかも初対面でいきなりそう呼ばれたんだぞ? いきなり初対面で狂っていると言われたようなものだ。全く、あの子には本当に頭が上がらない。あの子のネーミングセンスときたら……まあ、そんなところがかわいかったのだが、それでだ、アリス。私が何を言いたいかって言うとだなあ。とりあえずそのスタンドを下ろしてくれないかね?」
三月ウサギは額から血を流しながら、そう言って笑う。
「いや!」
はっきりそう答えて私は持っているスタンドで再び三月ウサギを殴る。
「あたたたっ!! アリス! 痛い、痛いぞ! 君という奴は少し乱暴じゃないか!?」
「うるさい!」
変人なんかに情けをかけてやるほど私は優しくない。
私の寝ているうちに三月ウサギはあろうことかベットに潜り込み、隣で一緒に寝ていたのだ。
もちろん、男の人と一緒に寝た事など今まで一度だってない。
私は驚きとショックのあまり、ベットのすぐそばに置かれていたスタンドをつかむとそれで三月ウサギを殴りつけた。
もちろんそれぐらいで相手が死ぬような奴ではないと想定したうえでの行動だ。
最初の一撃こそまともに三月ウサギは受けたものの、その後はよけられている。おそらくその気になれば三月ウサギは私を抑えつけ、スタンドをよこどる事ができるだろう。
そうしないところを見れば、少しは悪かったと思っているという事だろうか?
それでも……
「許せる訳ないでしょうが!」
いくらなんでもデリカシーが無さ過ぎでしょう!
「信じられない! 本当に信じられない! 普通女の子の隣で寝ないでしょう!?」
「無防備に女の子が寝てるんだぞ! 男として普通、一緒に寝たいとか思うものだろう!」
「それじゃあ、たんなる変態じゃない!」
「安心してくれ。私は君の体に指一本触れていない。君の体には全く興味ないからな」
笑顔で宣言されれと逆にむかつく。
「何よ! どうせ私は胸が小さいわよ!」
「胸がいくら小さいからって落ち込む事はない。少しない方が子供っぽくて好きだという男性だって世の中にはたくさん……あ、アリス! そんなに強く叩かないでくれ! 頭が痛い!」
「うるさい! 三月ウサギのバカー!」
人の気にしてる事をよくもずけずけと本当にデリカシーのない。
とりあえず、腕が疲れてきたし、三月ウサギも本気で痛がってようだから殴るのは止めてあげた。
それでもまだ恨みがましく見ていると三月ウサギは困ったように笑う。
「そんな顔するもんじゃないよ。君には笑顔が一番似合うんだよ」
誰のせいでこんな顔してると思ってるのよ!
三月ウサギは立ち上がるとソファーの上に置かれた真新しい服をつかみ、それを私の方に差し出す。
「何……それ……」
「君の着替えだ。前のは捨ててしまったからね」
着替えって……。私は差し出された物にちょっとたじろぐ。寝間着として出されたこれもどうかと思ったが差し出されたものはそれ以上だ。
「これって……エプロンドレスってやつ?」
「そうだよ。大丈夫。私が選んだ服だ。絶対に似合うよ」
だからその根拠は何なのさ。
フリルがやたらとついた青いエプロンドレス。私には全く合わないような可愛いらしいドレスだ。どうしてこうゆうものばかり三月ウサギは選ぶのだろうか?
私に対しての嫌がらせか。それとも本気で服のセンスがないのか。
そうは言ってもここまでされて着ない訳にもいかない。私は諦めて、それを受け取る。
「こんなの着たことない……」
「アリスはそれを着る。そうゆうものなんだ」
「どういうものよ」
相変わらず、話が上手くつながらない。
「わかったわよ。これを着ればいいんでしょう? そうすればいいんでしょ?」
半ばやけくそになってそう言う。どうせ相手は私がいくら反論しようと聞きもしないだろう。
「じゃあ、着替えるからさっさと部屋から出て」
当然人前で着替えるような趣味は私にはない。
しかしそう言っても三月ウサギはなかなか動かず、じっと私の顔を見つめている。
「な、何?」
なんか嫌な予感がする。
「せっかくだから私が手伝ってあげようか?」
爽やかに笑ってそう言った三月ウサギの顔面を私はぐーで思いっきり殴った。
「……」
「いや、なかなか似合うじゃないか。さすがはアリスだな。とてもよく似合っている」
「それはどーも」
はっきり言って全く嬉しくない。だいたい三月ウサギの言ってる言葉なんて信用できるはずがない。
ちらりとやや強引に着せられたエプロンドレスを見る。青という色は嫌いじゃない。ややひらひらしてるがそれさえ気にしなければなんとか我慢できそうだ。
こんな姿を姉さんに見られなくて良かったと心底思う。
もしも見られていたら、大はしゃぎでカメラを構えられ、永遠と写真をとられるに違いない。
想像するだけで疲れる。
「アリス、ちょっとおいで」
三月ウサギは手招きし、洗面所へと私を連れて行く。
「何?」
鏡の前に私を立たせると三月ウサギはどこから取り出したのかハサミを取り出し、構える。
「ちょっと!? 貴方何して……」
「髪、そろえた方がいいだろう? 帽子屋に切られたままじゃ、中途半端でカッコ悪いだろう?」
そう言って三月ウサギは笑顔でハサミを私の髪にあてる。
「待って! そんなのやってもらわなくたって自分で……」
「遠慮するんじゃない。それぐらい私がやってあげるよ。私を誰だと思っているんだ? 三月ウサギだぞ」
だから必死に止めてるのよ!
「そんな……別にこれぐらい私は気にならないし……」
「君が気にならなくても私が気になる!」
「何で!?」
「そういうものなんだよ。私は中途半端が大嫌いなんだ」
そんな事知らない。って言うか、正直どうでもいいんですけど……
「やっ、その、貴方がやらなくたって……誰か別の人に……」
じゃきん。
「ぎゃああー!本当に切った!? 本当に切ったの!?」
「動くんじゃない。手が滑って耳を切り落としてしまうよ」
「お願いだから、もう止めて! いいから! もうこの髪のままでいいから!」
「任せろ! 私はほとんどの事においては器用だ! ほとんど大丈夫だと思ってもらっていい」
ほとんど大丈夫って、逆に不安になるんですけど!? さっき中途半端は嫌いって言ってなかった!? 自分が一番中途半端でしょう!
「お願い! もう止めて!!」
「せっかくだから今風にアレンジしてみようか? いや、人の髪を切るのは楽しいな。最後に切ったのはたしか眠りネズミの髪だか耳で、あいつは切り終える前に泣きながら逃げ出していたよ。全く我慢のない奴だ。いくら私のカットがあまりにも芸術的だからと言ってあそこまで感動しなくてもいいのに」
「お願い! 今すぐに止めて!! 私を助けて!!」
「どうしたんだ、アリス? 眠りネズミみたいな事言って」
誰だってそんな話を聴いた後に自分の髪を切ってほしいなんて思わない。
そうこうしているうちにも私の髪は切られていく。
「ぎゃあー!!」
「大丈夫だよ、アリス。逃げ出した眠りネズミはその後ちゃんと見つけだして、お仕置きしておいたから」
そんな事どうでもいい! 誰か私を助けて!
帽子屋に髪を切られた事をここにきて、激しく後悔した。