第五章 三月ウサギの戯言 その1
なんか章を重ねるごとにこの不思議の国の住人達の変態度が上がる気がします。
気づけばアリスの周りには変人ばかりですね。
カチャカチャと耳障りな音が聞こえる。
何だろう? ゆっくりと音が聞こえてくる方へ顔を向ける。
真っ白なテーブルクロスに大きな大きなテーブル。そのテーブルに溢れんばかりに並べられたお菓子と可愛らしいティーカップ。
あれ? これ……どこかで見た事ある気がする。
あっ、わかった。お茶会だ。三月ウサギが最初に招いてくれたお茶会の会場だ。
テーブルに目をむければ、そこにはやはり三月ウサギの姿があった。その隣には眠りネズミが、何故だかその向かい側には帽子屋の姿がある。
「全く、紅茶の茶葉を間違えるなんて……有り得ない。通常有り得ない失態だよ、帽子屋」
「お前がちゃんとメモしないからいけないんだろう? 俺はメモしろとちゃんと言ったからな!」
帽子屋はいつものように不機嫌そうにそう言い返す。
若干、ばつが悪そうなところを見れば、間違えた事への責任はいちよ感じているようだ。
しかし三月ウサギはそれを責めるようにあるいは拗ねたようにぐじぐじと言う。
「ネズミはメモなんかしなくてもちゃんと買ってくる」
「なら俺じゃなくて、ネズミに頼めば良かっただろうが!!」
「君が手伝うと言うから任せたんだ!!」
怒鳴りあう2人。さらに白熱する。
「お前が早口で次々言うから訳がわからなかったんだ!!」
「私のせいだと言うのかね!?」
「始めからそう言ってるだろう!!」
その言い方にいらっとしたのだろう。三月ウサギは手近にあった茶菓子ののっている皿をつかむとそれをあろうことか、帽子屋に向かって投げつける。
帽子屋はそれを間一髪でよけ、皿は地面に落ち、音をたててわれる。
今度は帽子屋が負けじとそばにあったティーカップを三月ウサギに投げつける。
さっきした耳障りの音の原因はこれだ。何だかバカみたいに幼稚な争いだ。
「お、おい!? 紅茶がかかったじゃないか! どこに紅茶の入ったティーカップを投げる奴がいるんだ!!」
「ここにいるだろう! お前だって茶菓子ののった皿を投げたじゃないか!! おかげでせっかくの茶菓子がぐちゃぐちゃだ!!」
「こんなにあるんだからいいだろう! どうせいつでも食べきれなくて残すはめになるじゃないか!」
「食べ物は大事にしろ! だいたい、食べないくせにお前がこんなに茶菓子を用意するからいけないんだろう!?」
「君だって紅茶を投げたくせに、今さら何を言うんだ!! だいたい、お茶会と言えばたくさん茶菓子がいるものなんだ! 誰か来る可能性だって……」
「来るか! 誰もこんなめちゃくちゃなお茶会来る訳ないだろう!」
「毎回君は来ているだろうが!」
飛び交う食器と怒声。何だろ……なんかいつもとちょっと違う気がする。
その時、今まで黙っていた眠りネズミが我慢できないという感じに大きな笑い声を上げる。
それに二人は食器の投げあいを止め、視線を眠りネズミへとやる。
「何が可笑しいんだ? 眠りネズミ」
帽子屋が不機嫌そうにそう聞くと眠りネズミは笑いながら謝る。
「ごめん、ごめん。でも可笑しくて……あはははっ」
声を出して笑う眠りネズミに帽子屋はいかにも不愉快といった顔をする。
「二人って本当に仲いいよな」
眠りネズミが笑いながらそう言うと帽子屋が顔を青ざめ、必死に否定する。
「いいわけあるか! こんな奴と誰が仲いいものか……」
「ひどいじゃないか! そんな言い方ないだろう!? ああ、傷ついた。今ので繊細な私の心が傷ついたよ」
大げさにそう言い、三月ウサギは落ち込む素振りを見せる。
「お前のどこが繊細な心なんだ? わかりやすく、端的に教えてもらいたいな」
「こんなにも繊細じゃないか!?」
「どこがだ?」
それにまた三月ウサギがわざとらしく泣き出し、それを見てくすくすと眠りネズミが笑う。
何だか……別人みたいだ。私の知ってる帽子屋はあんなふうに三月ウサギとじゃれあったりしないし、三月ウサギも帽子屋に対してあんな態度をとったりはしていなかった。
前にもお茶会に呼ばれたが、その時だって帽子屋と三月ウサギはこんなふうに親しげではなかった。
それに眠りネズミの印象も何だか違う。前見た時は三月ウサギに対して怯えたような態度をとっていたのだが、今はひどく仲よさげに見える。
本当はこの三人こんなにも仲が良かったのだろうか?
不意に三月ウサギが顔をこちらへと向けた。私の方を見て笑う。
「やあ、アリスじゃないか! 遅いよ! 実に遅いじゃないか!」
「遅いって……たった30分だろう? 全く、うるさい奴だ」
「うるさいのは君だ。さあ、アリス。こっちにおいで。君のために美味しい茶菓子をたくさん用意したんだ」
三月ウサギが笑いながらそう言うと眠りネズミが笑顔でつけたす。
「半分以上、帽子屋と三月ウサギが投げてしまったがね」
その言葉に三月ウサギはややむっとして言い返す。
「悪いのは帽子屋だ!」
「黙れ、もとはと言えばお前が……」
「こらこら、アリスの目の前でケンカなんかするなよ」
眠りネズミがくすりと笑い、私を手招きする。
「おいで、アリス。君の好きなチーズケーキを用意してあるんだ」
私は誘われるがままに一歩、足を踏み出した。
「うん?」
ゆっくりと目を開く。見慣れない部屋に一瞬ぎょっとしたが、すぐに客室に連れてきてもらった事を思い出した。
ということはあれは夢だったのだろうか?
楽しげに笑いあい、お茶会をする3人。
そうだよね……普通あんな3人、有り得ないよね。
ついに夢まで不思議の国の住人達の影響を受け始めたようだ。
ため息をつきつつ、もう一度寝直そうと布団にくるまる。
そう、この国に来て良かった事は例え何度寝直したとしても誰も怒る人がいない事だ。
いくら寝ても誰もとがめないし、そう思って抱き枕にしがみつく。
あれ? 抱き枕なんかあったけ?
閉じかけた目を開け、抱き枕だと思っていた物を見る。
「……」
頭が真っ白になった。
「きゃあぁぁぁぁっ!」
抱き枕だと思っていた存在が私の叫び声にむっくりと体を起こす。
「そんなに叫んでどうしたんだね? アリス?」
何がどうしたんだねだ!?
私は隣にさも当然のようにいる三月ウサギを信じられない思いで見つめる。
抱き枕だと思っていたのは勝手に布団に入り込み、隣に寝ていた三月ウサギだった。
「いやぁぁぁ!」
私は力の限り、三月ウサギを殴りつけた。