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白ウサギに連れられて その2

やっと舞台が不思議の国へと移動します。

どんどんどんどん落ちていく。



「キャー! 落ちてるー!? 本当に落ちてる!?」



「アリスったらいくら嬉しいからって、そんなに騒がなくたって」



「嬉しくない! 全然嬉しくないから!」



「またまた。アリスって意外と照れ屋さんなんですね」



人生最後の瞬間だと言うのに何故見知らぬ男とこんなトンチンカンな会話をしなければいけないんだろう。何だか頭が痛くなってきた。



「あなた、頭が狂ってるんじゃないの!? 何でこんな状況で落ち着いていられるのよ!?」



「狂ってるだなんて失礼ですよ。帽子屋じゃあるまいし、私は正気です」



「どこがよ!?」




うん? 帽子屋って確か夢の中で言い争ってたもう1人の男の人?



そうは思ったが確かめる余裕は今はない。



何故なら私は今まさに深い穴の奥へと落ちていっているからだ。



この状況をどうにかしないと私は数分後この世からいなくなっているだろう。



「あなた、いったい何者なのよ!?」



「あ、そう言えばまだ名乗っていませんでしたね。私は白ウサギと言います」



「白ウサギ……」



やっぱり夢の中で現れた彼だったのか。



彼はこんな状況の中でも慌てず、笑顔で話を続ける。



「もっとも白ウサギと言うのは私の呼び名ですがね」



「呼び名? それって本名じゃないってこと?」



「はい!」




何者かって聞かれて偽名を答えるとか普通に考えておかしいでしょう!?



それとも本名を名乗れない事情でもあるのだろうか?



「わかった! 貴方は犯罪者か何かなのね。だから本名が名乗れないんでしょう?」



「犯罪者? まさか。私は犯罪者などではなく真っ当な人間ですよ」



「真っ当な人間はこんな事絶対しない!」



会って間もない少女を道連れにして自殺するなんて絶対に真っ当な人間のする事じゃない。断言できる。



「アリスになら私の名前を教えてもいいんですがね…」



「じゃあ、教えなさいよ!」



「いきなり出会ったばかりなのに名前を教えろだなんて……情熱的告白ですね」





「なっ!?」



ただ、名前を聞いただけなのに何でそうなるの!?



何故か顔を赤らめる彼に異様な程、寒気を感じ、これは聞いてはいけないものなのだと嫌でもわかった。



「でも、アリスが知りたいって言うなら特別に……」



「いいです! 結構です! 白ウサギさんですね? それでいいです!」



「どうしたんですか? ああ、やっぱりアリスは照れ屋さんなんですね」



そう言って無邪気に笑う白ウサギに私はもう何も言えなかった。と言うより、ここまできてしまってはもうどうしようもない。



落ち始めてからもうだいぶたつのだが、一向に穴の底が見えてこなかった。




それでも穴である以上底は絶対にあるだろうし、底にたどりつけば私の体は一気に地面に叩きつけられ、粉々に砕ける。



それを防ぐ手だてなど、私も白ウサギも持っていない。



「アリス、そろそろ着きますよ」



「まっ、待って! まだ心の準備が……」



そんなこと言ったって落下が止まるはずもなく、体は私の意志とは関係なく、ついに底へとおちていった……








「アリス……」



どこかで誰かが私を呼んでいる。



あれ? いつの間にか私、アリスって名前に慣れてしまってる? 本当は違うんだよね? 確か私の名前は……




「起きてくださいよ、アリス。いつまでそんなところで寝てるんですか?」



白ウサギの声にはっとして私は閉じられていた目を開けた。



「生きてる!? 私、生きてるの!?」



「何言ってるんですか? あれぐらいで死ぬ訳ないじゃないですか」



「あれぐらい……」



普通は死ぬだろう。死ななかったとしても全身を強打して、重傷ぐらいおうはずだ。



それなのに白ウサギの言うとおり、私の体にはどこにも傷やあざはなく、痛みさえ感じない。



地面に倒れていたことを除けばいたってどこも普通だ。



やや困惑しつつも白ウサギに聞いたってどうせトンチンカンな答えしか言わないだろうから何も聞かないでおいた。



「さあ、アリス。遂に私達の世界。ワンダーランドへようこそ」



「ようこそって……」



そう言われても辺りを見ても、周りには森しか広がっていない。



「ここが不思議の国?」



「ええ、もう少し歩けばお城がありますよ。街はそのさらに先です」



「お城? あなたお城の主なの?」



そう言われれば顔も格好も貴族ぽい感じがする。



「いえ、私のお城ではなく、貴方のお城ですよ」



はい? いつから私はお城の主になったんだ? 全く身に覚えがない。



「待って、いったいこれはどうゆうことなの!?」



「どうと言われますと?」




呑気にそう問い返す白ウサギに私は苛立ちを覚えながら、それでも辛抱強く話しかける。



「この状況よ! 言っておくけど私はアリスって名前じゃないし、こんなどこだかわからないような所に来たくなんてなかったの!」



半端やけくそでそう怒鳴ってみても白ウサギは気にもしない。



「貴方はアリスですよ。私がそう言うんですから貴方はアリスでいいんです。おかえりなさいアリス! 私達は貴方を待ってました!」



何て勝手な。しかも白ウサギのめちゃくちゃなそれを私は全く理解できない。



「ねえ、説明する気が少しでもあるならもう少しわかりやすく説明してくれない?」




「何がわかんないんですか? 貴方はアリス。私は白ウサギ。ここは不思議の国。ほら全部わかったでしょう?」



わかる訳ない!



そんな断片的な説明を言われても、どうして私がここに連れて来られたのか。どうしてアリスにされたのか。全くわからない!



「貴方、説明する気が本当にあるの?」



「ありますよ。アリスがそうして欲しいならいくらでも説明します」



爽やかな笑顔を浮かべてそんな事を言いながら全く説明する気のない彼を殴りたいと思うのは私だけではないはずだ。



「もっとちゃんと説明して…」



「そうですね。とりあえずここは貴方がいた世界とは違う世界です。私の呼び名は白ウサギと言って、この世界の案内人を務めてます」



白ウサギはそう言うと丁寧に頭を下げた。



「別世界からアリスを迎えに行き、この世界に連れてくるのが私の役目です。そしてアリス、あなたはこの世界の新しいアリスに選ばれたという訳なんです」



「選ばれたって……勝手に選んで、勝手に連れて来たのは貴方でしょう? 私はアリスになんかなりたくないの。早く私を元の世界に帰して!」



「無理です」



「はい?」



「一度来てしまったら簡単に帰えれません。貴方を連れてくるのだって色々と大変だったんですからね」



「勝手に連れてきたくせに帰れないって言うの!?」




「はい。あ、でも、別に勝手に連れてきた訳じゃないですよ。貴方が自分で来たんじゃないですか」



「私が……?」



戸惑う私に白ウサギはにっこりと微笑む。


「だってあの時、私を追いかけて来てくれたでしょう?」



ああ、そうだ。私は確かにあの時、彼を追いかけた。



姉に名前を呼ばれているにも関わらず、姉のもとではなく見知らぬ彼のもとへと自分の足を進めたのだ。



あの時、私は無意識に選んでしまったのだ。



このままどこか知らない所へ行ってみたいそう思ってしまったのだ。



「帰らなきゃ……」



私の言葉に白ウサギの目が細まる。



「帰るんですか?」




「そうよ。だって姉さんに何も言わずに来ちゃったし、このまま消えたらきっと大騒ぎになっちゃうかも…」



「別にいいじゃないですか。そのうちみんな黙りますよ。永遠に騒ぎ続けることなんて誰にもできませんって」



「そうだけど……」



わかってる。私なんかが消えたって誰も気にもとめないし、悲しまない。



姉さんは悲しんではくれると思うけどそれだってそのうち綺麗さっぱりと忘れてしまうだろう。それでも……



「帰らなきゃ……」



その言葉に白ウサギはぴくりと反応し、私の方をじいっと見つめる。血のように赤い瞳。雪のように白い髪。こうやって見ると呼び名のとおり、彼は白兎に見えなくもない。





「アリス、貴方は帰りたいんですか?」



「そう……帰りたい」



心からそう思っているはずなのにどこか弱々しくなってしまうのは何故だろう?



白ウサギは私の方をしばらく無表情で見つめていたが、やがてあきらめたようにぽつりと言った。



「帰りるなら貴方は出口を探さなければいけません。この世界の出口。それを見つけなければ貴方はここを出られない」



「そんな…」



何でこんな面倒な事になってしまったんだろう。やっぱりあの時、彼を追いかけたりするんじゃなかった。



「出口を探すならやっぱりアリスと名乗っていた方がいいですよ。この世界を自由に歩き回れるのはアリスだけなので」



「何でよ…」




白ウサギは答えない。どうやら、私は訳もわからないままアリスと名乗るしかないようだ。



あきらめて、わかったと言った私に白ウサギは笑顔を向ける。



「アリス…早く元の世界に帰れるといいですね」



誰のせいだと怒鳴りたかったが、結局怒鳴れなかった。



私にそう言った彼の言い方はとても優しくて、それはまるで迷子になってしまい途方にくれる子供を励ますような温かみに溢れていた。

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