いかれた帽子屋 その7
あれ? 更新早くできるように頑張るとか前の前書きで書いてなかったっけ?
全然早くなってないよね。むしろ遅くなってるね。
すいません(泣)
無言で歩く、私と帽子屋。
ついさっき、とんでもない言い争いをしたばかりだったが、今はあの時ほど空気がきつくはなかった。私は帽子屋の横顔をぼんやりと眺める。
この国の住人は私が見るからには皆、美男、美女だ。白ウサギほどではないが帽子屋もまたその顔が整っている。中途半端に見える髭も見る人が見ればなかなかかっこよく見えるのだろう。
おじさんぐらいの年齢かと思っていたがもしかしたらもっと若いのかもしれない。まあ、どうせこの国では年齢など意味がないものなのだが。
しばらくそんな事を考えつつ、帽子屋を見てると私の視線に気づいたのか帽子屋がこちらを見た。
「何だ? まだ何かあるのか?」
まだ何かあるのか? ありすぎでしょう……
まだまともに質問に答えて貰ってないし、これから私がどうなるかもわからない。
私はしばらく帽子屋の横を歩く。少ししてから私はゆっくりと口を開いた。
「私……婚約者がいたの」
唐突に何を言ってるんだとか言われるかと思っていたが、帽子屋は特に気にした様子もなく、そうかとだけ言った。
「私より3つぐらい年上で、姉さんの恩師の人の息子さんで……姉さんもいたく気に入ってるみたいだった」
そう、姉さんはその人を本当によく気に入っていた。何かとあの人の話を私にしては私に素敵な人だと紹介した。
「会ってみたら優しくて、明るくて、顔も良くて、私にはもったいないほどの人だった」
家柄もよく、裕福な家庭で将来を心配する必要もない。文句のつけようなど何一つなかった。
姉さんの意見もあって、すぐに私とその人は婚約することに決まった。
私もそれを承諾した。断る理由なんかなかった。
「姉さんは私に結婚して貰いたがってたの。結婚して幸せになってほしいって」
女性にとってはそれが一番いいことだと、それが一番の幸せだと返事を渋る私に姉さんは何度も繰り返してそう言い聞かせたのだ。
「本当なら来週あった私の誕生日パーティーで私は正式にその人と婚約するはずだった……」
どこか他人事のようにそう言うと帽子屋はそれに目を細める。
「何だ。自分のことなのにえらくどうでも良さそうじゃないか」
「そんなことはないけど……」
そうゆうつもりじゃない。ただ……
「嫌じゃなかった。ただ……本当にこれでいいのかなってずっと思ってた……」
相手は姉さんが言うとおりとても優しい男性だったし、私の事もすぐに気に入ってくれたようだった。でも、何だろう。何だか、その日が近づけば近づくほど妙な胸騒ぎにおそわれ、突然訳もなく不安にかられて、本当にこれでいいのかわからなくなってしまって、でもそんな事もちろん姉さんには言えなくて、誰にも言えるはずがなくて……
「今、思えばきっと結婚することが怖かったんだと思う……」
嫌な訳ではない。断る理由もない。でも不安で怖くて、だから逃げだしたくなって……
そんな時白ウサギが現れて……
私は白ウサギを追いかけてしまったのだ。
どこでも良かった。そこから逃げられるなら、本当はどこでもかまわなかった。
「今思えば何てバカなことしたんだろう……」
そんなことさえしなければこんな事にならなかったのに。
帽子屋はそれに何も言わない。その表情はやっぱり不機嫌そうなままで、何を思ってるかなんて私には到底読みとることができない。
ふとある事を思い出し、私は帽子屋に声をかける。
「何で迎えに来たの?」
私の言葉に帽子屋は不機嫌そうな顔をさらにしかめる。
「貴様……まだ言うか……」
帽子屋の声がやや低くなる。それに慌てて私は続ける。
「その……助けに来て欲しくなかったとかじゃなくて……私誰にも言わずに出てきちゃったし……」
遠慮しがちにそう言うと帽子屋はしばらく黙り込む。
また怒らせてしまったのかと思っていると帽子屋が忌々しそうに呟く。
「たまたまだ。あの女の気配を感じて出てきたら、お前がいた。それだけだ」
あの女? いったい誰の事を言っているのだろうか?
「あの女って……」
「女王の事だ……」
「女王って……女王様!?」
一国の主をあの女よばわりにするとは……帽子屋のあまりの度胸の良さに私は言葉を失う。
「奴の気配を感じて追いかけてきたんだが、やはりそう簡単には姿を表さないな。俺がそこに行った時にはすでにあの女はどこにもいなかった」
「いなかったって……会ってどうする気だったのよ?」
「殺す気だった」
「なっ……!?」
事もなにげにそんな事を口にする帽子屋に私は驚きを隠せない。
一国の女王をあの女よばわりにしたかと思ったら、さらには殺そとさえしているだなんて……
「帽子屋……貴方、大丈夫?」
「何がだ?」
「何がって……色々と……」
普通、そんな事を口にしただけで罪にあたる。
「女王様なんでしょ?」
「たかが女王だ」
忘れてはいけない。相手は常識の全く通じない世界の住人なのだ。
当たり前だが、私の常識など通じるはずがない。
「貴方って、どうしてそこまで女王様を毛嫌いしてるの?」
若干、途方にくれつつそう言うと、帽子屋はかわいた笑みを浮かべる。
「毛嫌い? 違うな。そんなもんじゃない。俺はあいつをこの手で殺してやりたいとずっと前から切望している」
帽子屋の目が冷たく光る。
「あの女をこの手で殺す……それが俺の最大の望みだ」
ぞっとするほどの殺意を浮かべて帽子屋はそう言って笑う。その笑みが恐い。
「帽子屋?」
恐る恐る、名前を呼ぶと帽子屋はすぐにいつもの不機嫌そうな顔になる。
私が口を開きかけるとそれよりも早く帽子屋が言う。
「言っておくが、あの女と何があったかなんて聞くなよ。あの女の事など話すだけで苛々してくる」
帽子屋はそう言って、話は終わりだとばかりにさっさと歩きだす。しばらくすると森がはれて、見慣れた城壁が見えた。
「結局戻ってきちゃったな……」
私は特に深い意味もなくそう呟く。それに帽子屋は呆れたようなため息をつく。
「全く……あんなさんざんなめにあっておきながらよくそんな事が言えるな」
呆れたような帽子屋の一言に私はにやりと笑う。
「神経が太いのは生まれつきなの」
「度胸がすわっていて何よりだ。それぐらいでないとこれからは乗り切れないからな」
「度胸がよくて悪かったわね……」
「いちよ、誉めているんだ」
全く誉められている気がしない。
ようやく城の入り口が見えてくる。ふと帽子屋が足を止めた。私も止める。
誰だろう? よく見れば、城の扉に寄りかかるようにして、誰かがそこに立っていた。
「やあ、アリス」
声をかけてきた相手があまりにも予想外で、私は目を丸くし、相手を見つめる。そんな私を見て、三月ウサギは楽しげに笑った。