いかれた帽子屋 その6
色々と忙しかったり、体調を崩したりして更新が少し遅れてしまいました。すいません。
なるべく早く更新できるように頑張ります。
「どういう事だ?」
責めるように帽子屋は問い返す。その声がいつもより若干低くめに聞こえる。
心なしかその目も先程までものとは違い、冷たいどころか殺気さえ感じる。
どうやら私はとんでもない地雷を踏んでしまったようだ。しかし今さらひけるはずがない。
「言葉のとおりよ! いつ殺されるか、わからずに怯えながら生きるぐらいなら、死んだ方がましよ!」
しんと辺りが水を打ったかのように静まりかえる。
帽子屋は私の言葉に何も言わないし、何も反応しない。
耳が痛いほどの沈黙が続いた後、帽子屋がそうかと静かに呟く。それとほぼ同時に帽子屋の手が動く。
あっという間の出来事だった。気づいた時には帽子屋はすでに私に向かって、剣を振りおろしていた。
よけることなどできるはずもなければ、悲鳴を上げることさえできない。
驚くほどあっさりと剣は振り下ろされ、刃が当たる。
目の前が真っ暗になる。世界がぐにゃりと歪んだ。
あっ…… 私……今、泣いてるんだ……。
涙によって視界が歪み、世界がぐにゃりと歪む。あんなに死にたい言っていたのになんて様なんだろう。
体から力が抜け、ゆっくりとその場に座り込む。痛みはない。痛みも感じずに私は死ねたのだろうか? そう思ったその時、ぱさりと何かが落ちた。
見れば見慣れたくすんだ茶色の髪が落ちている。
私の髪だ……。あっと思って髪を触る。長かったはずの髪がそこにはない。帽子屋が切ったのは私ではなく、私の髪だった。
あの帽子屋が無抵抗な相手に対して外すはずがない。
恐る恐る顔を上げるとそこには帽子屋の冷たい笑みがあった。私を静かに見下ろす帽子屋。その目がまるで私を嘲るかのように見える。
「死にたいと言うわりにはひどい顔をしているようだが?」
うるさい。そう怒鳴ってやりたいのに恐怖から体が凍りつき、うまく声を出すことができない。
それを見て、帽子屋またバカにしたように笑う。
「どうした? 死にたかったんじゃないのか? 何故、そんなに怯えているんだ?」
まるで私をあざ笑うかのように発せられる言葉。それが悔しくて、でも何も言い返せなくて、私はただ唇を強く噛み締める。
「どうした? さっきまでさんざん、わめき散らしていたくせに急に静かになったな」
わざと挑発するような言葉。気づいたらその言葉に噛みついていた。
「何で……何でわざと外したのよ! そうやって脅しのつもり? そんな事して……殺すならさっさと殺せばいいでしょ!!」
それを聞いて帽子屋は私の方を睨みつける。その目があまりにもきつく、私は押し黙る。
「そんな顔でよくそんな事が言えるな! 貴様は死にたいなどとさっきから言っているが、実際そんな覚悟もないくせに、いちいち騒ぎたてるな!」
「あるわけないでしょう! 少し前までは安全で平和な世界にいたのに、どこかのウサギを追いかけたせいでこんな事になるなんて、誰が想像するのよ!」
もう頭が混乱して訳がわからない。半ば八つ当たりに近いとは思いつつ、帽子屋を怒鳴る。
「アリスになんかなりたかった訳じゃないの……私はただ……ただ……」
言葉が上手く出てこない。やりきれない気持ち。自業自得と言われてしまえばそれまでだが、それをどうしても素直に受け入れる事が出来ない。
あっという間に涙があふれ、私は柄にもなく、その場で泣きじゃくる。それを帽子屋は黙って見ている。気のせいかその目が僅かに柔いだように見えた。
「何でよりによって私がアリスなのよ……何でこんなめにあわなきゃいけないのよ……」
そう言って、その場にうずくまり、泣きじゃくる私をしばらく帽子屋は黙って見ていたが、やがてため息をついて言う。
「そんなもの俺が知るか……さっきから、ごちゃごちゃとそんなもの全て白ウサギに自分で聞け」
帽子屋はそれだけいうと突然私の胸ぐらをつかみ、自分の方へと引き寄せる。
帽子屋の顔が目の前にくる。その瞳に私への苛立ちが見てとれる。
「何故外したのか聞いたな。わざと外そうとしたんじゃない。俺はどんなに殺したくてもお前を殺す事ができない。何故だと思う? お前がアリスだからだ」
「え……?」
どういうこと?
「お前はアリスだからこそ女王に命を狙われ、アリスだからこそ俺達に守られる。この世界はアリスを中心に動いている。だから俺達はアリスなしでは生きられない。アリスが存在しなければ俺達が存在する意味がないからだ」
帽子屋の指に僅かにだが力が入る。首もとが少しだけきつく締まる。
「俺達はお前を殺せない。アリスを失えばこの世界の存在が危うくなるからだ。だから俺達はお前をあの城に居させたいんだ」
城を見て帽子屋が言った一言を思い出す。アリスを守るための城とはこういう事だったのだ。
「あの城の住人は皆、アリスを守るためだけに存在している。さっきトランプ兵を代わりのきく存在だと言ったな。それは俺達も同じだ。お前の命を守るために俺達は自分の命を犠牲にせずにはいられない。俺達も奴らと同じように代わりのきく存在でしかないからな」
「何言って……そんな事……」
不意に首もとがさらに締まる。息苦しさを覚え、呼吸するのさえつらく感じられたが、それでも私は帽子屋の言葉に懸命に耳を傾ける。
「二度と死にたいなど言うな。この世界にはどうしてもアリスが必要なんだ。そのためなら俺達は何でもする。お前には悪いが、あの白ウサギが気に入ったアリスがようやく現れたんだ。早々、俺達はお前を帰らせる訳にはいかない。そのために俺達は多くの犠牲を払ってきたんだからな」
ゆっくりと首もとから手がはなれる。
私は驚いたように帽子屋の方を見つめる。最初に比べ、今はだいぶその表情が柔らいでいるように見える。
いや、柔らいだのではない。怒っていたはずのその顔がどこか苦しげで悲しそうに見えた。
帽子屋がここまで表情をあらわにするとはいったい何があったと言うのだろうか? 私はそれを聞かずにはいられなかった。
「犠牲って……いったい貴方達は何を失ったの?」
しかしこの質問はいけなかった。帽子屋は目を見開き、しまったとでも言いたげな顔をし、その場に立ち尽くす。
私の聞いた内容にあきらかに帽子屋は動揺している。
「帽子屋……?」
その場に固まり、身動き一つしない帽子屋を見て、私はどうしたらいいかわからず、おろおろとする。何だかいけない質問をしてしまったようだ。
しばらくして帽子屋は無言のまま私に背を向ける。
「帽子屋……」
「何も言うな。答える気はない」
帽子屋は吐き捨てるようにそう言うと私を置いて、さっさと行ってしまう。
「ちょっ……」
置き去りされる。そう思った時、帽子屋は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「何をしている? まだ駄々をこねるつもりか? 俺に引きずられて城まで行きたくはないだろう。さっさと来い」
乱暴な言い方だが口調は先ほどより幾分か優しくなったように思える。
私は慌てて立ち上がり、帽子屋の隣に並んだ。