いかれた帽子屋 その5
やっとでてきた帽子屋。何だか損な役割しか回ってきません。
この章何だか長くなりそうな気がします……。
代わりがきくから殺してもいい。それだけを聞けば確かにそうかもしれない。でも……それでも……
「そんなの……おかしい……」
今さら偽善者ぶるきはない。あの子を殺さなきゃ私が死んでいた。だから帽子屋を責める気もない。
でもその考え方にはどうしても納得できない。
「代わりがいるからって……それはどうせ代わりなんでしょう? それはその人じゃないんでしょう?」
だったらやっぱりその考え方はおかしい。
「代わりがいるからって……殺していい理由にはならない……」
それを聞いて帽子屋は目を見開く。重い沈黙が流れ、しばらくして帽子屋は吐き捨てるように言う。
「本当にそう思うのか?」
「え……?」
帽子屋は冷たい目で私を見る。その表情は恐ろしいほどに無表情だった。
私は帽子屋から目を離すことができず、また彼も私から目を離さない。どれだけそうしていただろう。しばらくして帽子屋はため息をつき、ようやく私から目をそらした。
「もういい。帰るぞ」
そう言って帽子屋は手を差し出した。
帰る? どこに? あの城に?
私は差し出されたその手を見て首を振る。それに帽子屋は目をしかめる。
「駄目……帰れない」
「何を言っている? このままここにいればまたいつトランプ兵に襲われるかわからないんだぞ?あいつらは暇さえあればこの辺りをうろうろして、アリスを探している」
「何で……私を……」
「さあな。女王は何故かアリスの首をはねたがる。トランプ兵はその命令に従うだけだ」
どうして会ったこともない人に首を狙われなきゃいけないのだろうか?
「私……何もしてないわ!」
「ああ、だがお前はアリスだ。奴らはアリスの首を狙っている。死にたくなければ今後不用意にアリスと名乗らないことだ」
「何よ……それ……」
そんな事は聞いてない。私の体が無意識に震える。
「私……好きでアリスになったんじゃない! 白ウサギが勝手に……」
「そんなことは関係ない。お前がここに来た時点でお前はアリスだ」
「そんな……」
ここに来たのだって私の意思じゃない。白ウサギが勝手に突き落としたから……私のせいじゃない。
「違う……」
帽子屋は私を静かに見つめたまま何も言わない。
そうだ。今さら何を言ってももう遅い。
「私……どうなるの?」
「何がだ?」
「私……これからこんなふうに命を狙われるの?」
すがるように帽子屋を見る。そうじゃないと言って貰いたい。そんなことはないと嘘でいいから彼が言ってくれたらどんなに良かっただろうか。
当然ながら帽子屋は何も言わない。
彼がそんな嘘をつくはずがない。
今まで何てのんきにしてたのだろう。私はいつの間にかとんでもない事に巻き込まれていたのに。
「ねえ、私の前にもアリスがいたんでしょう。その子達はどうなったの?」
その問いかけに帽子屋は答えない。
その態度がよけいにいらつき、気づいたら怒鳴っていた。
「答えて!!」
帽子屋は冷めた目で私を見下ろす。その目は駄々をこねる子供に向けられるようなものでますます苛々した。
「知ってどうする? 今さら聞いたところでどうにもならないぞ?」
「いいから答えて!」
確かに過去の事を知ったところでこの現状は何も変わらない。
それでも知りたい。
私の意思が頑なだと思ったのか帽子屋は呆れたように答えた。
「いなくなった」
「いなくなった?」
「そうだ。中にはお前が思っているとおり死んだ者もいだろうし、どこかに迷い込んで帰ってこれなくなった者もいるだろう」
帽子屋は酷くどうでもよさそうにそう言う。
アリス、アリスとあんなに言ってたくせにアリスでなくなった者には興味が全くないようだ。
その態度が信じられなくて、私は呆然と帽子屋を見る。
「何だ? お前が話せと言ったんだろう?」
まるで悪いのは聞いたお前だと言わんばかりの口調で帽子屋は喋る。
「前のアリスがどうなったかなんて関係ない。今はお前がアリスなんだ。アリスならアリスらしくしてくれ」
「アリスらしくって…何よ……」
みんなみんないなくなる。アリスになった子はいなくなる。
彼女達は出口を見つける事ができたのだろうか?
いや、少女達は恐らく出口を見つけられなかったからこそ、いなくなったのだろう。
白ウサギは言っていなかったがこれは時間制限つきの宝探しだ。
私が出口を見つけるのが早いかそれとも……
嫌な考えが脳裏に走り、溜まらず口元を抑える。
ふらふらする。吐き気と目眩が酷い。
アリスだった少女達の末路は誰も知らない。ある1人を除いて。
「ねえ、帽子屋」
「何だ?」
「白ウサギなら前のアリスがどうなったかわかるんじゃないの?」
私の問いかけに帽子屋は答えない。
ああ、やっぱり彼は知ってるのだ。
彼は私に嘘をついている。私にアリスに嘘をついているのだ。
貴方は特別だと笑顔でそう言い、彼はアリスを騙してる。
アリスを喜ばせる為に甘い言葉を何度も囁き、その全てをアリスに捧げる。
そうやって彼は探しているのだ。本当のアリスを。
わかってしまったら、何だか全てがばからしく思えてしまって、私は僅かに笑った。
「結局何もかも白ウサギの思惑通りってこと……」
「アリス」
「何?」
「お前は何を怒ってるんだ?」
「何を怒ってるかって? これが…これが怒らずにいられる訳ないでしょう!? 結局全部白ウサギのせいじゃない!」
「うるさい! いちいち怒鳴るな! あいつはそうゆう奴だ! いちいちまともに取り合ってたらきりがない!」
「あきらめろって言うの!? 彼に選ばれた私は不幸だった。そう思ってあきらめろって言うの!?」
「俺に言うな! さっきから白ウサギ、白ウサギと……そんなに言いたいことがあるなら俺じゃなく直接、奴に言えばいいだろうが!」
帽子屋はそう怒鳴ると私の腕をつかみ、無理やり立ち上がらせる。
「いや、離して!」
「うるさい! 文句なら城で聞いてやる!」
「城になんか帰りたくない! 私は元の世界に帰りたいの!」
「うるさい! そんなこと白ウサギに言え! さっきからぎゃあぎゃあとわめくな!」
必死に腕を振り払おうとするが帽子屋は構わず、強引に腕を引いていく。私はやや引きずられるようにして、城へと無理やり連れて行かれる。
「離して!」
「うるさい!」
わからない。全く訳がわからない。だいたい何で私を迎えにきたのが白ウサギでなく、帽子屋なのだろうか?
「何で助けになんか貴方が来たのよ!」
私に好意を抱いていなかったはずの貴方がどうして私を助けに来るのよ。責めるようにそう言えば帽子屋が冷たく笑う。
「何だ? 白ウサギの方が良かったか? それともチェシャ猫の方が良かったか?」
「違う! そうじゃない! 何で私なんかを助けたのよ!」
「何だその言い方は? まるで助けてほしくなかったみたいだな!」
「その通りよ!」
かっとなって言ったその一言に帽子屋は足を止める。
帽子屋は振り返り、無表情で私を見つめる。
「どういう事だ?」
その目が今まで以上に冷たく、私は思わず恐怖を抱いた。