いかれた帽子屋 その4
ついに帽子屋登場!
いや~、彼が出るまでが長かった。タイトル変えるのもめんどくさいのでやっぱりこのままでいきます。
「貴方が……アリスなんだ……」
少女のその一言に私は思わず足を止める。
今までの可愛いらしい声とは違い、どこから出したのかその声は異様に低く、少女のものとは思えないそれに私はひどく驚く。
少女の方を見れば泣いていたはずの顔が今は笑っている。
その笑みにぞくりと冷たいものが走り抜け、どうじに手に痛みが走る。見れば少女とつないでいる手が半端ない力で締めつけられている。
慌てて少女の手を振り払おうとするが少女は更に強く私の手をつかみ、締め上げる。
「痛い……痛いってば……」
少女の方を見れば、少女は嬉しそうに目を輝かせて私の方を見ている。
「お姉ちゃん、私ね、いいこと思いついたの」
「いいこと?」
手が痛い。鼓動が早くなり、本能が危ないと告げている。必死に少女の手をはがそうとするがよけいに少女の指がひどく食い込む。
「そう、アリスの首を……貴方の首をはねれば、私は首をはねられないかもしれない」
「私の首?」
「貴方の首をはねれば、女王様もきっとお喜びなられるわ」
にこにこと笑顔を浮かべて少女はとんでもない事を口走る。呆然と私は少女を見つめる。そうすることしかできなかった。
何を言ってるの? 女王様? どうして女王様がでてくるの? どうして私の首をはねれば喜ばれるの?
待って、城にいた住人達は何て言っていた?新しいアリス? じゃあ、昔のアリスは? 私の前のアリスはどうしたの?
体が無意識に震え、恐怖に胸が締めつけられる。自らの考えを信じたくなくて、無理だとわかっていても必死に少女の手を振り払おうともがく。
答えは言わずとしても出ていた。
帽子屋の言っていた言葉を思い出す。アリスを守るために作られた城。それはこうゆうことだったのだ。
この世界の住人達は確かにみんな物騒だった。何かあればすぐに武器を出すし、撃ち合うし、殺し合う。でも、今まで一度だって私に明確な殺意を向けた者はいなかった。
皆、私がアリスだとわかるとそれだけでよくしてくれた。それが当たり前だといつの間にかそう思っていた。
「アリス、ねえその首を私に頂戴」
可愛いらしい少女の手にいつの間にか鋭い刃のついた斧が握れれた。重いはずのその斧を少女は片手で軽々と持ちあげ、私の首に狙いを定める。
手を捕まれ、身動きのとれない私には為す術などあるはずがない。少女の高笑いする声とともに斧が振られる。
まさかこんな変な世界で死ぬことになるなんて……
自分のことなのにどこか冷静にそんなことを思っていたその時、聞き慣れた声が響いた。
「そんなに首が欲しければくれてやる」
私はゆっくりと目を見開く。少女の後ろには見慣れた男が立っていた。
「帽子屋……」
サイズの合わない大きめな帽子に射抜くようにこちらを見つめる茶色の瞳。
何でここに貴方がいるの?
その疑問を口にする前に帽子屋が先に言葉をつなぐ。
「くれてやる……お前の首をな」
そう言ったと同時に帽子屋は自らの剣で少女の首を容赦なく切り飛ばした。
少女の頭が体と離れて宙を舞う。血が飛び散り、私の顔にその血が飛んだ。ころんと地面に転がる少女の首。それから私の手をつかんでいた少女の手が離れ、ゆっくりと音もたてずに体が転がった。
私は声も出せずにその場に力なくしゃがみ込む。
すぐ横には少女の体が転がり、おびただしい血が斬られた首から流れていた。
「あっ……うあっ……」
生まれて初めて私は人が殺されるのを見た。生々しい血の臭いに襲い来る吐き気、ただただ気持ち悪くて、目の前の光景から目をそらしたいのにそらせない。
あのまま帽子屋が少女を止めなければ、私は死んでいただろう。おそらく、少女は本気でその斧を振り、私の首をはねていただろう。
それでも、それでも……殺すことはなかったのに……
気づいたら瞳から涙が溢れ、震えながら帽子屋を見上げる。
帽子屋は今まで見た中で一番冷たい目をして、私を見下ろしていた。
いかれた帽子屋。彼が言っていた言葉が脳裏に浮かぶ。
「全く……お前ほど愚かなアリスは他にいないな。自ら死にに行くなんてどうかしている」
帽子屋はそう言うと呆れたように私を見る。人を殺したというのに自らの罪を彼はこれっぽっちも感じていないようだった。
「何故、あの城から出た? この愚か者が。あの城にいれば少なくともトランプ兵に命を狙われる事はなかったのに」
冷たい眼差しが私を射抜く。怒っている。彼は今とんでもないほど私にたいして怒っている。
「ト、ランプ……兵?」
「そこに転がる奴のことだ。それがトランプ兵。女王の手によって作られた自分の名前さえ失った哀れな奴らだ」
首をはねられちゃうよ。そう言っておびえていた少女を思い出す。あれがトランプ兵。名前を失った哀れな存在。
「覚えておけ。こいつらは女王の手先だ。女王の望みどおりにお前の首を狙い、お前を殺すためにあちこちにいる」
私を殺すために?
呆然とする私を帽子屋は冷たく見据えたままわかったかと聞いてくる。
「わかったならもう二度と城を出ないことだな」
聞いてるのかと帽子屋は言い、私の顔を覗き込む。何の反応も示さない私に帽子屋はため息をついた。
「何だ? たかがトランプ兵を一体殺しただけで何をそんなに驚いているんだ?」
俺が来なきゃ今頃死んでたぞと言われて私は静かに頷く。そう、その通りなのだ。でも……でも……
「初めて……だったの……人がころされるのを見るの……」
いつかこんは場面に遭遇するのではと思っていた。それなりに覚悟もしていたはずだ。でもやはり、実際にそれを目にするともうどうしたらいいかわからなくなってしまい、覚悟していたはずなのに全く駄目だった。
転がる少女の死体。それを見て、更に涙が流れ落ちる。
そんな私をしばらく帽子屋は黙って見ていたが突然、声を出して笑い始めた。
森の中に響く帽子屋の笑い声。私はそれを呆然と見つめる。
何がそんなに可笑しいの? 何がそんなに面白いの? どうしてそんなにバカにしたような目で私を見るの?
訳がわからない私をよそに帽子屋はしばらく笑うと私のそばに歩み寄り、少女の体を踏んだ。
ぐちゃりと嫌な音がし、血だまりが濃くなる。
「や、めて……」
泣きながら私はそう言うが帽子屋は止めずに何度も何度も踏みつける。ぐちゃぐちゃと音をたて、赤く染まる少女の体。
いや……。見たくない。そう思ってはいるがあまりの残酷な光景に目が離せない。
「おね、がい……もう……や、めて……」
「アリス、よく見ろ」
見ている。よく見ている。あまりにおぞましいそれに胃の中のものがせり上がり、呼吸するのさえ苦しく感じられる。
しかし次の瞬間、音もなく少女の死体が突然消えた。
それは一瞬の出来事だった。何が起こったのかよくわからない。
少女のながした血は確かに地面に残っている。地面は真っ赤に染まり、少女の死体がさっきまで確かにあったことを証明している。しかし少女の死体はやはりどこにもない。完全にその場から消えていた。
何で? 訳のわからない私に帽子屋は何かを拾い上げ、それを差し出す。それは少女の死体がちょうどあったところに落ちていた紙ような薄っぺらいものだった。
差し出されたそれを見る。それはトランプのカードだった。ハートの5。
「これが、奴の正体だ」
帽子屋は可笑しそうにそう言い、びりびりとトランプを破く。
ハートの5は帽子屋の手によってびりびりに破かれ、ゆっくりと地面に落ちていく。
粉々になったそれはもうトランプだったかどうかもわからないほどになり、私はそれを静かに見つめた。
「トランプ兵は所詮女王の駒にしかすぎない。名前さえ持たない、使い捨ての駒。そんな奴が一人消えようと誰も気にしない」
「誰も……?」
「そうだ。誰もだ。今頃女王は新しいハートの5のトランプ兵を作っているだろうな」
全く嫌な女だ。そう言って帽子屋はため息をつく。
「どうだ? 納得したか? あいつは死んでもいい、ただの使い捨ての駒なんだ。代わりはいくらでもいる」
「代わり……がいる……」
私は帽子屋の言葉をゆっくりと繰り返した。