迷子の侯爵様 その8
第三章完。次話より新章の予定。今回は白ウサギが主。作者じたい、まさか白ウサギがここまで重要なキャラになるとは思っていませんでした。
「悪い冗談ね……」
苦々しく、吐き捨てるように私がそう言うと、白ウサギは目をきょとんとさせる。
「何がですか?」
「何って……その私を守るってやつ……」
私は誰かに守ってもらえるような価値がある人間じゃない。私のために命をはるだなんて愚かだとしか言いようがない。はっきり言ってそんなの無駄だ。
「私なんかのために命を無駄にするなんて……」
間違っている。そう言おうとしたのに、言う前に人差し指が唇に押し付けられ、押し黙る。
ゆっくりと視線を上げれば、そこには満面の笑みを浮かべた白ウサギがいた。
「私なんかが……だなんて言わないで下さい。貴方は私が選んだアリスなんですよ? もっと自信を持って下さい」
「何言って……」
「貴方は私が選んだアリスなんです。特別に決まってるじゃないですか」
どうして……白ウサギはいつもこうなのだろうか? 私は小さくため息をつき、白ウサギの方を見る。
「貴方ってどうしてそう自信過剰なのよ……」
「自信過剰? そうですか? 私はいつだって謙虚ですよ?」
「バカ言わないでよ……」
白ウサギが謙虚だと言うなら世の中の人間は全員謙虚に違いない。
「どうしてそこまで……私にこだわるのよ……」
白ウサギは何故だか出会った当初から私にやたらと執着している。それはもう鬱陶しいほどなのだが、未だに何故そこまで好意を寄せられているのかよくわからない。
「と言いますと?」
「貴方の言葉にはいつでも大事なところが抜けてるのよ……」
「そうですか?」
そっと人差し指を取り去りながら白ウサギは首を傾げる。わざとらしいそれが余計に腹立たしい。彼はわかっていてやっているのに違いない。
「そうよ。貴方はいつだって大事なところをすぐにはぐらかすじゃない」
白ウサギはいつでも肝心な事を、一番知りたい事を教えてはくれない。
真面目に話をしてくれていたと思えば、すぐにふざけて話を曖昧にはぐらかす。
「だいたい何で私を選んだのよ。ちゃんとした理由を教えて!」
私のいた世界にならいくらでも女の子はいただろうし、もっと可愛い子や、もっとすごい子だっていただろう。それなのに……白ウサギは何で私のような子をアリスに選び、こんなところに連れてきたのだろうか?
まともな答えなど、最初っから期待していなかった。てっきり、いつもみたいに笑ってはぐらかされると思っていたのに、意外にも白ウサギはひどく真面目な顔をして私に向き直った。
もしかして……答えてくれる気なの?
驚いたように白ウサギの方を見れば、白ウサギはいつもとはどこか違う笑みを浮かべていた。
「貴方が、貴方だったからこそ……私は貴方をアリスとして選んだんですよ」
はい? 白ウサギの答えに私は目を数回しばたかせ、呆然とその顔を見る。
つまりどういうこと?
その答えの意味がいまいちわからず、困惑していると白ウサギはそれを見て、くすりと笑った。
「アリス? どうかしましたか?」
「どうって……何よ……それ」
「何って貴方を選んだ理由ですよ? あそこにいたのがもし貴方じゃなければ、私はアリスをこの国に連れてこようなんて思いませんでした。貴方だからこそ連れてきたんですよ」
そう言ってにこにこと笑う白ウサギ。はっきり言って、意味がわからない。
「ま、また……はぐらかしてるの?」
「まさか。真面目に答えていますよ」
「だってその言い方じゃ……」
まるで出会う前から私の事を知ってたような言いぶりだ。
白ウサギは何も言わずに私の方を見つめる。今なら聞けば教えてくれるかもしれない。
「どうかしましたか?」
でも何故だろう……それは聞いてはいけない気がする。
「貴方って……」
「はい?」
「貴方って……変な人ね……」
話を私の方から変えた。それに白ウサギはもちろん気づいているだろう。それでも白ウサギは何も言わず、ただその言葉に笑った。
「貴方がそう言うならそうなんでしょうね。私はそういう奴なんですよ」
にこやかにそんな事を口にする白ウサギ。私はそんな彼を静かに見つめた。
「本当に……変な人……」
白ウサギの顔を見つめながら、私をそう呟いた。
その時、不意に言い合っていた侯爵夫婦の声が止まり、夫人が白ウサギの方へと視線をやる。
「そう言えば……私が頼んでおいた仕事は、もちろん終わらせたんでしょうね?」
夫人の一言に白ウサギの笑みが一瞬凍りついた。まさかと思いつつ、白ウサギの方を見るとその目が泳いでいる。
「まさか……やってないって事はないわよね?」
夫人の目つきが一気にきつくなる。白ウサギはそれに何も言わず、私の手をとるとそのまま走り出した。
「ちょっと! 白ウサギ!?」
「危ないですから走って下さい! 走らないと体に穴が空きますよ!」
穴があく? いったいどうして……
すぐにその疑問の答えが出る。背後からじゃきっという、何かをひいたような音がしたかと思うと、銃声がなる。驚いて振り返るとそこには再びマシンガンを構えた夫人が立っていた。
「ルナ! ま、待て……」
侯爵の静止の声もむなしく、引き金がひかれ、銃弾が打ち出される。
「きゃあー! 撃たれてる! 私達撃たれてる!」
「落ち着いて下さい! 私と手を繋いで走って、はしゃぎたくなる気持ちはわかりますが……」
「バカ! そんな事言ってる場合じゃないでしょう! 私達撃たれてるのよ!?」
「確かに撃たれていますが、撃たれているだけであって、まだ当たってはいませんよ?」
何を呑気に言っているんだ。撃たれている時点でもはや状況は切羽詰まっている。
「当たったらそれこそまずいでしょうが!」
「そうですね……当たると服に穴が空いてしまいますしね……」
重要なのはそっちじゃない! 服がどうなろうと着替えればいいが体に穴が空いたらそれこそ大問題である。
「白ウサギ! 何とかしなさいよ!」
「私がですか?」
「貴方のせいじゃない!」
「仕方ありませんね。貴方がそう言うなら殺して……」
「やっぱり駄目!」
やる気満々に剣を引き抜きかけた白ウサギを見て、私は慌てて止める。
夫人に刃を向ければ絶対に侯爵が黙っていない。これ以上争い事に巻き込まれるのはごめんだ。
「じゃあ、どうするんですか? このさい、ばっさりと斬っちゃえば色々と楽ですよ?」
「駄目! 絶対に駄目! 剣は抜かないで!」
そうこうしているうちも夫人は撃ち続けている。未だに当たらずに助かっているのは夫人が本気で撃っている訳ではないからなのだろう。
……本気じゃないと信じたい。
「アリスの頼みじゃ、しょうがないですね」
白ウサギは軽くため息をつくと私の腕をつかみ、ぐいと引き寄せる。
あまりに強くひかれ、バランスを崩し、思わず白ウサギの方へと倒れ込む。
白ウサギはそのまま私を抱きかかえ、持ち上げる。
「ちょっと! 白ウサギ!」
「斬り捨てても駄目、剣を抜いても駄目なら逃げるしかないでしょう?」
そう言って白ウサギは笑うと私を抱え上げ、運んで行く。
「だからって抱き上げなくてもいいでしょう!!」
「大丈夫ですよ。アリスは軽いですから」
「そうゆう問題じゃない!!」
いくら怒鳴っても、文句を言っても、その胸を叩いても白ウサギはちっともこりた様子はなく、そのまま私を抱えたまま廊下を走り去って行く。
全く、本当に人の話を聞かないんだから……
「バカ……本当は重いくせに……」
小さな声でそう呟くと白ウサギはまさかと言って笑った。