迷子の侯爵様 その6
侯爵様は本気になれば白ウサギと同じくらい強いと思われます。
まあ、他の住人に比べて性格が穏やかなため、よほどの事でなければ本気になりませんが。
銃声が鳴り止み、私は恐る恐る目を開け、耳から手をはずす。
さっきまでの騒がしさが嘘のように辺りが静まり返る。そんな中、少女は未だにマシンガンを構え、そこに立っていた。
あれだけの事をしておいて少女は顔色一つ変えていない。
しばらくして再び少女の手元が光ったかと思うと抱えられていたマシンガンが跡形もなく消える。
光ってはどこからか武器をだし、かと思えばあっという間に消す。いったいどんな構造になっているのだろうか?
少女はゆっくりと侯爵に歩みより、侯爵の方を見下ろす。侯爵は僅かに脅えたようにそれを見上げる。
「ルナ……」
侯爵がそう少女を呼ぶと冷たい表情が一変し、少女の表情がどこか子供らしいふてくされたものへと変化した。
「ウィル! 何度言ったらわかるの!? あれだけ一人でどこかへ行かないでって言ったのに!」
「えっと……その……」
「見なさい! また迷子になってるじゃない!」
責め立てる少女に侯爵は困ったように笑う。
ルナと言うのは少女の名前だろうか? と言うことはウィルというのはおそらく侯爵の名前なのだろう。
名前を呼びあえるほど侯爵に親しい人。ふとある人物を思いつく。
「侯爵夫人?」
試しに呼んでみると少女はぴくりとそれに反応し、私の方をちらりと見たがすぐに視線を侯爵へと戻す。どうやら夫人で間違いないようだ。
「ほら、早く立ちなさいよ」
当然のようにそっと手を差し出す夫人に侯爵はやや顔を赤くしつつその手をとる。たったそれだけで顔を赤くするとは、侯爵はどれほど夫人の事が好きなのだろうか?
感心したように侯爵達の方を見ていると夫人が私の方にも声をかけてきた。
「貴方もいつまでそうしてるの? いい加減に立ったらどう?」
そう言われ、慌てて立ち上がる。しわになったスカートを直し、私は思い出したように振り返る。
白ウサギは無事だろうか? あれほどの銃弾の嵐だったのだ。いくら白ウサギと言えど、無傷ですむはずがない。
嫌な奴だとは思うが死んでしまったらそれはそれで後味が悪い。血まみれで倒れていないことを祈りつつ、白ウサギがさっきまで立って場所を見る。
「全く……レディーがマシンガンをぶっ放すとはいったいどんな教育受けて育ったんだ……」
ぶつぶつと文句を言いながら平然とそこに立つ白ウサギ。こんな事を予想してなかった訳ではないが、やはり驚きを隠せない。
いったいどんな事をしたらあれほどの銃弾を浴びながら、無傷でいられるのだろうか? 謎だ。
「誰のせいでそんな事するはめになったと思ってるの?」
「私のせいじゃない。責めるならアリスに手を出した侯爵を責めるんだな」
白ウサギのその一言に夫人は眉をひそめる。それを見て、侯爵はひどく慌てて弁解する。
「ご、誤解だ! 俺は……別にそんなつもりじゃ……」
「そうよ。侯爵は何もしてないわ」
たまたま一緒にいただけなのに手を出したなどと夫人に勘違いされでもしたら、侯爵があまりにもかわいそうで思わず私も口添えする。
夫人はそれでもまだ疑り深そうに侯爵を見ている。
「本当に……手を出してないわよね?」
「当たり前だ! たまたま一緒に白ウサギを探してただけで……」
「アリス! 私を探していてくれたんですか!」
めざとく侯爵の話を聞いていた白ウサギが探していたという部分にだけ反応する。
この地獄耳。自分にとって都合のいいところだけはしっかりと聞いてるんだから……
「誰が貴方なんか探すのよ……私はただ侯爵を手伝ってただけで……」
「アリス……やっぱり私に会いたくてしょうがなかったんですね!? わかります。わかりますよ。私も会いたかったです!」
聞けよ。全く本当にここの住人は話を聞かない。
夫人はまだ疑っているようでどこか表情がかたい。
「本当に何もしてないでしょうね?」
「してねえ! してねえって!」
「本当かしら?」
「本当だって……」
侯爵は意地も何もかも捨てたようで、今にも泣きそうな顔で夫人にすがるような視線を投げかける。
ここまでくるとあまりにもかわいそうだ。
「あの……本当に何もなかったです……」
侯爵にかけられた誤解を解くために恐る恐るそう言うと夫人はゆっくりと視線を私にやる。
「貴方が白ウサギの連れて来たアリスね」
「あ、はい……」
夫人は眉をつり上げたまま私の方をじろじろと見る。
夫人は私を見てからさらに厳しい目をして白ウサギを睨みつける。
「白ウサギ、貴方……よくも勝手なまねしてくれたわね」
「何の事だ?」
「しらばくれないで。アリスは本来選んで連れてくるものではないわ。アリスは自分からこの国へ迷いこんでくるものよ」
夫人は責めるようにそう言うがそれを白ウサギは鼻で笑う。
「確かに連れてきたのは事実だが、別に無理やり連れてきた訳ではない」
よく言う……強制的に穴の中へ落としたくせに……。
「だとしても勝手な行動に変わりないわよ」
夫人は冷たい声でそう言い、白ウサギを睨む。しかし当の本人はいたって平気そうに笑顔さえ浮かべている。
「だとしたらどうする? 私とやり合うか、侯爵夫人?」
白ウサギの紅い瞳が細められる。ぎらりとその目が光り、剣が鈍く輝く。
まさか……本気でやり合うつもりだろうか?
白ウサギとまともにやり合えるのは三月ウサギか帽子屋だけだと言う、侯爵の言葉が思い出される。
いくら侯爵夫人がマシンガンを操れるからと言っても外見は幼い少女である。ここの住人達は年をとらないと聞いたのでおそらく実年齢はもっと上だろうが、それでも白ウサギと比べれば体格差はあきらかである。どう考えても不利だ。
夫人の方もそう思ったのか表情を引き締め、僅かに後ずさる。
白ウサギの目はあいかわらずぎらつき、その目がまるで獲物を狙うようかのように夫人に向けられる。
このままでは本気で白ウサギは夫人に切りかかってしまう。何とかして止めなければ……
止める方法はないかと思考を巡らせていると不意に侯爵が動き、慌てて夫人と白ウサギとの間に割って入る。
「何のつもりだ、侯爵?」
白ウサギは怪訝そうな顔をして間に割って入ってきた侯爵を見る。
「止めてくれよ。手当たり次第に剣をふりまわすのはあんたの悪い癖だ。確かにルナの言い方も悪かったが、だからって斬り合う程のことでもないはずだ」
「何だ? 婦人のかわりにお前が私の相手をするのか?」
「あんたがどうしてもやりたいと言うならな」
そう言って侯爵は今までの穏やかな表情とは違う表情をする。
どこか冷たい表情。
それを見て、白ウサギはひどく愉快そうに笑う。
ここまで明確な殺意を向けられても笑っていられるなんて……やはり彼は可笑しいのだろう。
侯爵はそんな白ウサギを静かに睨みつける。
剣を向けられてもなお微動だにしないその態度はやっぱり侯爵もこういった状況に慣れているのだろう。
やはり侯爵もまたこの物騒な国の住人なのだ。