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第一章 白ウサギに連れられて その1

更新のスピードが大変、のんびりとしていますが気長にお付き合をお願いします。

「×××、×××」



心地のよい眠りについていると突然誰かが私の名前を呼び、その眠りを妨げようとしてきた。



声の主が誰かはわかっている。



優しく柔らかなとおる声。こんな声を出せるのは死んだ母の他に1人しかいない。



私は目覚めることを苦痛に感じつつもそれに抗う訳にもいかず、眠りから無理に目覚めた。



目を開ければそこはいつもの家の庭だった。



ぼおっと見慣れた庭を見つめ、それから声がした方を向く。



そこには予想通りの人がいた。



さらさらとした母親ゆずりのキャラメル色の髪に、思わず見とれてしまうほど綺麗に整えられた顔、そしてそこに浮かべられている優雅な微笑み。




「もう、×××ったら。話の途中で寝むってしまうなんて、しょうがない子ね」



姉さんはそう言い母によく似た笑顔を見せた。



私はその優しい眼差しから逃れるようにうつむき、小さな声で素直に謝る。



「いいのよ。×××だって疲れているものね」



「ううん、そんなことないよ。それより何の話をしてたっんだっけ?」



「学校のことよ。最近はどうなのかしら?」



「どうって特に何も変わったことはないけど…」



「もう、×××ったらいつ聞いてもそうなんだから」



「だって……」



私は口ごもる。正直言って本当に何も話すことはない。



そんな私に姉さんは困ったように笑って、あきらめたように小さくため息をつき、話題をかえた。



「ねえ、×××。どんな夢を見ていたの?」



「夢?」



「そう、さっき眠っていたじゃない。どんな夢を見たの?」



どんなってどう言えばいいのだろうか?



訳のわからない二人の男が出てきて、何やら言い争ってた気がする。



少し考え込んでから私はこう答えることにした。



「忘れちゃった。でもいい夢だった気がする」



「あら、そう。いい夢なら良かったわね」



「うん」



姉さんはそう言い優しく微笑む。もちろんあの夢のことなら細部にわたってよく覚えているし、あれがいい夢のはずなどないこともわかっている。




だからって、夢の内容を姉さんに言う気は全くなかった。



姉さんは私に素直で可愛い妹でいて欲しいのだ。



私がそんな不気味な夢の話を突然したら、心配して大騒ぎするに決まっている。



そんなめんどうな事にはなりたくなかった。



休みの日に姉さんとこうして庭の木陰で読書をするのは幼い頃からの決まりごとのようなもので、それは私が大きくなった今でも続いていた。



本当のことを言えば、私は姉さんのように優雅に木の下で読書をするタイプではない。



もっと快活的なスポーツとか遊びとかがしたいのだが、この時間を心から楽しんでいる姉さんにそんな事を言うのは気がひけた。




姉さんは私が楽しかろうが退屈そうだろうが隣にさえいればそれだけで満足らしい。



私はいつも姉さんが読書をしている間、隣でのんびりと庭を眺めていた。



たかが半日のこと。別に苦痛に思うほど嫌いではなかった。



「あ、そうだ。そろそろお茶にしましょう? さっき美味しいケーキをもらってきたの。一緒に食べましょう」



そう言って、姉さんは立ち上がり、ゆったりとした動作で家へと向かう。



「ほら、×××も早く」



私は仕方なく姉さんの後について行こうと立ち上がった。



その時、どこからかふんわりと薔薇の花のような強くて甘い香りがした。



ゆっくりと辺りを見渡す。




見渡しても香りのもとになるようなものは見つからない。しかしかわりにあるものを見つけてしまった。



自分でも間抜けだと思いつつ、見つけてしまったそれを私はぽかんと口を開けて見る。



庭の奥の方に1人の男が立っていた。



赤い服に赤いリボン。格好だけ見れば普通の人だ。



確かに自分の家の庭にそんな人が立っていれば不審には思うがさほど驚きはしない。



しかしその髪の色と顔を見て私はただ呆然とその場に立ち尽くすことしかできなかった。



嘘でしょう?



目が覚めるような白銀の髪に目をひく整った顔だち。



夢の中に出てきたあの彼に間違いなかった。



血まみれで死体の中に立っていた彼。確か白ウサギとか呼ばれていた気がする。



呆然とする私をよそに彼はにっこりと笑い、こちらに向かって手をふってくる。



まさか…私を呼んでる?



夢の中で確かに彼の姿を見たものの、現実では彼とは全く面識がない。



かと言って無視するのも何だか恐い気がする。



どうしようかと悩んでいると彼がふいに背を向け、すたすたと庭のさらに奥へと入って行ってしまった。



「×××? どうしたの?」



家に戻りかけていた姉さんが私が来ないことに気づき、心配そうに声をかけてくる。



私は何故か迷わなかった。



姉さんのその言葉に答えず、私は彼を追いかけて走り出した。









おかしい……絶対におかしい……。



確かにうちは他の所に比べれば家が少し大きくて、庭もそれなりに広いかもしれないけど…けど、いくらなんでもこんなに広いはずがない!



ずっと走っていると言うのに庭の端はいまだに見えない。



いつからこの庭はこんなに広くなったのだろうか?



おかしいのはそれだけじゃない。



彼は急ぐ様子もなく、ゆっくりゆっくり歩いているように見える。にも関わらず、どんなに必死に走っても私は彼に追いつく事ができなかった。



何で? 何で追いつけないの? 縮まるどころかその距離は徐々に広がっているようにさえ見える。



やがて男の姿が視界から完全に消えてしまった。




「待って!」



何で私、こんなに必死になって知らない人を追いかけてるんだろう……。



ばかばかしく思うと同時に見失ったことに対し焦りがうまれる。



「あっ……」



ようやく庭の端についた。



慌てて辺りを見るがそこに彼の姿はない。代わりに見慣れない大きな穴が一つ、庭の端の地面に何故だかあいていた。



何で庭に穴が……。当然だがつい最近までこんなものは庭にはなかった。



気になって、そおっと中を覗いてみる。



こんな穴1日やそこらで掘れるようなものではない。



しかもだいぶ深いのか、底の方は真っ暗でまったく見えなかった。



ただただ何もない闇だけが広がっている。




恐い……。背中にぞくりとした感覚が走り、後ずさる。すると、誰かが私の肩に手を置き、それを止めた。



驚いて振り返るとそこには追いかけていたはずの彼が立っていた。



にっこりと彼は私を見て笑う。気のせいか、何だか嫌な予感がする。



「見つけましたよ、アリス」



「アリス?」



気持ち悪いほどにこにことする彼を私は困惑ぎみに見つめた。



「アリスって私のことですか?」



「もちろん。貴方以外に誰がアリス何ですか? さあ、私と一緒に不思議の国へ行きましょう」



はい? 何を言ってるんだ?



「不思議の国? 何ですかそれ……」




そんな名前の場所など聞いたこともないし、行きたいとも思わない。



「不思議の国は不思議の国ですよ。ほらほら見てください、もうこんな時間。急がなきゃお茶会の時間に間に合いませんよ?」



そう言って男は懐からあの懐中時計を取り出す。夢でも出てきたあの立派な時計だ。



「あの~、まったく話がわからないですけど……」



「ああ、大変だ。急がなきゃお茶会に遅れちゃう」




聞いてない。この人、全く人の話を聞いてない。



しかも大変だとか急がなきゃとか言ってるわりに何とものんびりしている。急ぐ気など、全くなさそうだ。



「と言うわけで行きましょうか、アリス」



どこがと言うわけなのだろうか? そんな疑問を抱く私をよそに彼は私の手をひき、止める間もなく抱え上げた。



「ギャー!? 何やってるんですか!?」



「さあ、行きますよ。アリス」



行きません。行きたくありません。首を必死に振り、男に訴えるが男はそんなのお構いなしに穴のふちに立つ。非常に嫌な予感がする。



「あ、あの、貴方、私を誰かと勘違いしてますよ。私の名前は……」



「口を閉じないと舌をかみますよ?」



男はそう言うと何のためらいもなく穴へと飛び込む。



視界がぐらりと揺れ、闇に飲み込まれる。



風のうなり声だけが耳に響き、重力に従い、体が下へ下へと落ちていく。




名前も知らない男の手によって、今まさに私の人生は終わりを迎えようとしている。



こんな最後になるなんて誰も思っていなかっただろう。私も思っていなかった。

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