奇怪なお茶会 その8
まさかのミスで直す前の本編を掲載してしまいました。読んでしまった方々はさぞ意味不明でしたでしょう。本当に申し訳ありません。
「白ウサギ……」
「はい?」
「だから……鼻血が出てるって……」
本来ならここはもっと気の利いたセニフを言うべきだろう。しかしもう限界だった。
白ウサギが真面目に話していたその時も鼻血は流れ続け、鼻から顎にかけて一本の赤い線が出来ている。
言わなくてもわかるだろうがその姿はなんとも滑稽で、せっかくのムードも何もかもぶち壊しだ。
「恐いから、いい加減にふきなさいよ!」
「アリス……やっぱり、何て貴方は優しいんでしょう! さすがは私のアリスです!」
「だから違っ……もういい! 私がふく!」
テーブルの上に置かれていたナプキンを手にとり、私は有無を言わせず、白ウサギの顔にナプキンを押し当てる。
白ウサギがもごもごと何かを言っている気がするが、気にしない。強引にごしごしとナプキンで顔をこする。
「もがっ……ふがっ、ふがががっ!?」
全く……手がかかる子供じゃないんだから、これぐらいちゃんと自分でやって貰いたい。
ある程度ふき取り終えてから、私はナプキンを白ウサギに押し付ける。
「もう、後は自分でやりなさいよ。全く、何で私がこんなことしなきゃいけないの……」
責めるように白ウサギに視線をやるが、そんなことを気にするような奴ではない。
にまにまとしたむかつく笑みを浮かべている。
何だか……無性に腹がたってきた。
「だいたい……アリスじゃないって何度言えばわかるのよ……」
今さら言っても仕方ないとは思いつつも言わずにいられない。
「私の名前は……」
「あ、そう言えばアリス。一ついい忘れてました」
「何よ……」
改まって今さら何だと言うのだろう。僅かに不安を感じつつ、白ウサギへと視線をやる。
「簡単に名前を名乗るもんじゃありませんよ」
「何よ……あっ、名前を名乗った相手には刃をむけちゃいけないってやつのことを気にしてるの? でも、私は少なくとも貴方に刃を向けるつもりはないし……」
いくら白ウサギが変態で気持ち悪くてウザい奴だからと言ってもさすがに殺そうとまでは思わない。
もっとも私は剣や銃の扱いなど全く知らないし、例え刃を向けたとしてもあっさりと白ウサギに返り討ちにされてしまうのがおちだろうが。
「そうじゃなくて、この世界で名乗ってしまうと貴方は元の世界に帰れなくなってしまうんです」
はい? 帰れなくなる?
目を見開き、その場に固まる私を見ながら白ウサギはにこにこと笑う。
「あれ? どうしました、アリス?」
「この……」
「うん?」
「このバカー!!」
「ぐはっ!?」
本日二回目。顔面ど真ん中をまたもや容赦なく殴り飛ばした。
二回目だからか白ウサギももう倒れたりはしなかったが痛そうに顔を歪め、鼻を押さえている。
見れば、せっかく止まりかけていた鼻血が再び流れ出していた。
「……っ、何するんですか、アリス?」
「バカウサギ! そんな大事な事何で早く言わないの!?」
そう言って白ウサギを怒鳴りつけると白ウサギは悪びれもなく平然と答える。
「だって聞かれませんでしたし」
だからってそんな大事な事を今さら言うな!
そう言う事は最初のうちに話して貰いたい。幸いにもまだ本名を名乗ってはいないが、そうとも知らずに何度本名を言いかけたことだろう。
もしも言っていたらと思うと……ぞっとする。
「何が案内人よ……全く役にたたないじゃない……」
「そう怒らないで下さいよ。そうだ。これを期に私に本名を名乗ってここに永住する……というのはどうでしょうか?」
「絶対に嫌!」
断固拒否する。
即答した私に白ウサギはええーとわざとらしく叫び、詰め寄って来る。
「いいじゃないですか? 絶対に楽しいですよ?」
「こんな危なくて物騒な世界、絶対に嫌!」
「そう言わずに。意外とこの危ない感じが癖になるかもしれませんよ?」
「なるわけないでしょう!」
むしろなってしまったら人間として色々と終わりだと思う。
「何が気に入らないんですか? 危ないっていたってたまに銃弾が飛んできたり、争いに巻き込まれたりするだけですよ? 大丈夫ですよ。多少の切り傷やすり傷はできるかもしれませんが致命傷だけは私が絶対に負わせませんから」
そう言って白ウサギは自信満々に自らの胸を叩く。
白ウサギには悪いがその説明では全く安心感が持てない。むしろ不安が上がる気がするのは何故だろう?
だいたい来てそうそうに銃弾が飛んできたり、いきなり撃ち殺されそうになったりしたのに、このどこがたまにだと言うのだろうか?
「もうこの世界のことはどうでもいいから私を平穏で普通の世界に早く帰して……」
「平穏と普通なんて退屈なだけですよ?」
「そうね……私もここに来る前まではそう思っていたけど、この状況になってそのありがたみがよーくわかったわ」
こんな物騒な世界で1日だって生きていける自信はない。学校の体育はまずまずだったが銃や剣なんかは一度だって持ったことはないし、争いなんかに巻き込まれればそれだけできっと足がすくみ、まともに動けず、どうすることもできないだろう。
かと言って自称私の用心棒の白髪の男を頼ろうにもいまいち信用できないし、変態だし、恐いし、話は聴かないしで頼りがいが全くない。
「アリス、そんな事言わないで下さいよ。ほら慣れですよ、慣れ。そのうちすぐに慣れちゃいますよ」
「慣れたくない。貴方みたいな非常識な人間とは違って私はどこにでもいる、何の変哲もない、非力な女の子なの」
「非力ねえ……私の顔面を容赦なく二回も殴って、それで非力ですか?」
「殴られたいの?」
「もう殴られていますよ」
そう言って白ウサギは楽しそうに笑う。前々から思っていたけどこの人、私の前では本当に笑ってばっかりだ。いったい何がそんなに楽しいのだろうか?
「何の変哲もない普通の子と貴方は自分の事を言いましたが、はっきり言って、そんな子は私を殴り飛ばしたりはしませんよ」
いつもにまして、優しい笑みを浮かべながら白ウサギは言う。
「貴方は特別ですよ……アリス」
特別? 私が? 私なんかが特別?
笑い話もいいところだ。私なんかが特別なはずがない。私はどこにでもいる、何の変哲もない女の子。それだけだ。
そうはわかっていても何故だろう? 白ウサギにそう言われた時、何故だか嬉しく感じている自分がいた。
特別になりたい。そう思ったことなんて……一度もないのに……
「白ウサギ……」
「何ですか、アリス?」
「鼻血が垂れてきてる……あといい加減に手を離して」
気づいたらもう白ウサギに私の手は握られていた。
いったいいつの間に握られていたのだろうか? 自分の手を見ながら首を傾げていると白ウサギは爽やかな笑顔を浮かべて、嫌ですと答えた。
「嫌ってどういう事よ!? いい加減、離しなさい!」
「嫌なものは嫌です。何で私が離さなきゃいけないんですか?」
「正直言って、邪魔! だいたい手を握る必要なんかどこにもないでしょうが!?」
「わかりました。じゃあ、離しますからもっと良いことしましょう? せっかく二人きりなんですし、ねぇ?」
笑顔でそう言い、じりじりと顔を近づける白ウサギ。思わず後退りかけると握られ手を引かれ、引き戻される。
まずい……目がマジだ……。さあと顔から血の気がひく。
こうなったら、白ウサギはもうただの変態でしかない。
「ち、近寄らないでぇ!!」
「アリス~!!」
勢いよく手を振り払い、私は素早く身を翻すと全速力で逃げ出した。