奇怪なお茶会 その6
遂にあの人が復活。何度殴られたってめげません。かなりのポジティブ思考ですから。明るいことはいいことです。
二人が部屋から出て行くとお茶会の会場は一気に静かになった。
寂しいほどの静けさ。帽子屋は無言で紅茶を飲み、私も何も言わずに紅茶を飲む。
主催者のいないお茶会。こんなお茶会、本当あっていいのだろうか?
「帽子屋……」
「何だ?」
「私、何の為にお茶会に出たの?」
こんなめちゃくちゃなお茶会に出ていったいどんな意味があったのだろうか?
わかる人がいるなら誰か教えて貰いたい。
私の言葉に帽子屋はため息をつき、そうだなと同意した。
「あの三月ウサギの開くお茶会に意味など求めるべきではなかった」
帽子屋は疲れたような表情をし、三月ウサギ達が出て行った扉の方を見る。
「貴方って本当に三月ウサギが苦手なのね……」
私の言葉に帽子屋はやや苦々しげにつぶやく。
「……あのテンションに俺はついていけないんだ」
なるほど。確かに帽子屋はそう言ったものが苦手そうだ。きっと彼はみんなで騒いだりするよりも一人で家にいたいタイプなのだろう。
「そんな言い方はないんじゃないか、帽子屋。三月ウサギは君の親友だろう?」
懐かしい声とともに床に倒れていたはずの男が立ち上がる。
「白ウサギ……まだ生きてたんだ……」
しばらく床に倒れていたから完全にその存在を忘れていた。
って言うかもうずっと寝ていればいいと思う。
「もちろんです! あれぐらい全然平気ですよ。ほらほらそんな心配そうな顔しないで下さい」
ごめん。それ、たぶん心配そうな顔じゃなくてもっと強くやれば良かったって後悔している顔。
誰も心配なんかこれっぽっちもしていない。
「アリス、私がいなくて寂しかったですか? 寂しかったでしょう? そうですよね心配で心配でたまらなかったですよね。もう大丈夫ですよ、貴方の白ウサギが帰ってきましたよ!」
誰が貴方の白ウサギだ。誰も待ってなかったし、全く嬉しくもない。
「もう一回殴られたいの? 今度は顔にする?」
脅すつもりでそう言ったのにあろうことか白ウサギは嬉しそうな顔をする。
「どうぞ、どうぞ! アリスになら私は何をされても平気ですよ。さあ、好きなだけ殴って下さい! 貴方のどんな愛でも受け止めてみせますよ」
この、マゾヒスト……。
満面の笑みを浮かべて、そう言う白ウサギ。それが色んな意味ですっごく恐い。
うん……?
先ほどの白ウサギの言葉がよぎる。
待って? 親友って? 誰と誰が?
「帽子屋って三月ウサギと親友だったの?」
とてもそうには見えなかった。
私がそう尋ねると帽子屋はやや嫌そうな顔をしつつ答える。
「……親友と言うほどのものではない」
嫌そうだが、はっきりとは否定しない。そんな帽子屋に白ウサギがからかうように言う。
「あれ? 親友だろう? だって、三月ウサギの名前知ってるじゃなか?」
帽子屋は渋い顔をしたまま何も言わない。そんな帽子屋に白ウサギは笑う。
「ほら、やっぱり親友だ。昔はあんなに仲が良かったのに今じゃお互い関わろともしない。変な奴らだ」
「……」
帽子屋は黙り込む。その顔がどこか暗いように見えるのは気のせいだろうか?
「名前って……呼び名じゃなくて本名ってこと?」
「はい。私達は普段呼び名で呼び合ってはいますが本名がない訳ではないんです。呼び名がありますからあまり名前で呼び合いませんが、公爵夫人なんかはよく公爵の事を名前で呼んでいますよ」
「公爵? このお城に公爵様がいるの!? 」
「呼び名が公爵なだけだ。まあ、それそうおうの地位もあるがな」
驚く私をよそに帽子屋は何とも気怠そうに言う。
「チェシャ猫と別れる時に言っただろう? あいつは公爵夫人の猫だと」
つまり、その公爵夫人とはチェシャ猫の飼い主ということになるのか。まあ、チェシャ猫は猫ではないけど……。
「我々にとって自分の名前を教える行為は相手に命を差し出すようなものだ。名前を教えた相手に刃を向けるのはこの世界の最大の禁忌で、破れば恐ろしい制裁が待っている。だから我々は普段呼び名で呼び合い、自分の名前をむやみに名乗ったりしない」
何だか変わった決まりだ。本名を教えちゃいけないなんて不便だろうに。
「ってことは白ウサギは帽子屋の名前を知らないってことなの?」
はっきり言って、仲が良いとは言えない二人だ。お互い、命を差し出すような関係だとはとてもじゃないが思えない。
「知ってますよ」
「ええっ!?」
完全に予想外だ。まさかそれほど仲がいいとは……。
「あ、違いますよ」
私の考えを読み取ったかのように白ウサギがすぐに否定する。
「名前は知ってますが名乗られたことはありません」
「それって何か違うの?」
どちらも同じに思える。
「名前を名乗るという行動に意味があるんだ。相手に名前を名乗られなければ相手を名前で呼ぶ権利は貰えない」
「何だかひどく複雑なのね……」
思わず言っちゃったら最後、名前を教えた相手に刃を向けられない。私みたいな刃を向ける気もない奴には大したことではないが、何かと物騒な彼らにとっては重大なことなのだろう。
それにしても何故呼び名なんてものを最初のアリスは作ったのだろうか?
はっきり言って呼び名ってやつはすっごく呼びにくい。
白ウサギとか帽子屋とか……アリスもまた何でそんなよくわからないものばかりを呼び名として彼らに与えたのだろうか?
「あ、アリス! 私なら喜んでいつでもアリスに名前を教えますよ? 本名だろうと何だろうと貴方に喜んで捧げます!」
「気持ち悪いからいい。知りたくない」
「またまた、そんなこと言って、本当は知りたくて仕方ないんでしょう?」
本当に知りたくない。
やっぱり、もう一度殴り飛ばした方が静かでいいかもしれない。
私は拳を握りしめながら、次こそは顔面を狙ってやろうと心に決めた。