奇怪なお茶会 その5
三月ウサギと眠りネズミは本当はとっても仲がいいんです。本当です。
「だいたい客人の目の前で寝るなんて、主催者の私の立場がないだろうが」
「そ、それは……」
眠りネズミは困ったような顔をし、帽子屋の方に救いを求めるような視線を投げかける。
ところが帽子屋ときたらその視線に答えるどころか視線をわざとずらし、無視して紅茶を飲み始める。案外、薄情な奴だ。
そんなあからさまな態度をしては、いくらなんでも眠りネズミがかわいそうだ……
私はちらりと責めるような視線を帽子屋にやる。帽子屋はわざとらしく咳払いして私の方を見る。
よほど彼らに関わりたくないのだろう。その目が無言で勘弁してくれと訴えかけている。
ふと眠りネズミが私の方を見て、不思議そうな顔をする。
「見たことない顔だな? 君が……三月ウサギの特別な客人かい?」
特別な客人……この扱いでそうなのだろうか?
「彼女は新しいアリスだ」
三月ウサギはそう言って私に笑いかける。
「私だけでなく我々にとって特別な客人だよ」
三月ウサギにそう言われ、眠りネズミは私の方をしげしげと見る。
始めて視線が合い、とりあえず小さく会釈する。眠りネズミは私の方を見つめたままゆっくりと歩み寄ってきた。
「君が……新しいアリスか。そうか……アリスが来ていたのなら確かに寝てる場合じゃなかったな」
眠りネズミは私の席まで来ると少し困ったように笑い、自らの手を差し出す。
「始めまして、アリス」
眠りネズミが差し出したその手を見て、私は強い感動を覚えた。
こんなまともな挨拶ができる人がこの世界にいるなんて……。こんなまともな挨拶、ひょっとしたらこの世界に来て始めてかもしれない。
やっぱりこんな世界でもまともな人はまともなのね。
私は笑顔で眠りネズミの手をとろうと手を伸ばす。
手が触れかけたその瞬間、がんっと鼓膜が痛くなるほどの大きな銃声音がする。私は驚き、差し出しかけた手を引っ込める。
驚いたのは私だけではなく、眠りネズミもで、目を丸くし、銃弾が発射されたと思われる方向を見る。
そこにはライフルを構えた三月ウサギが立っていた。
「な、何で……」
「眠りネズミ。君という奴は何をしようとしているんだ?」
「何って……私はただ挨拶を……」
「私より先にアリスに触れようとはいい度胸だな」
あきらかな誤解だ。どう見ても眠りネズミにはそんな気はない。おそらく本当にただ挨拶をしようとしただけだったのだろう。しかし相手が悪かった。
なにせ相手はあの三月ウサギである。
三月ウサギは爽やかな笑顔を浮かべ、ライフルの銃口を眠りネズミに向ける。
「や、止めろ! 三月ウサギ!」
「もちろん、安心してくれ。苦しまないように一発で仕留めてやる。あいにく私には人をいたぶって楽しむ趣味はないからね。私はとっても優しい人間なんだよ」
「どこが!?」
思わずそう聞き返さずにはいられない。
このどこが優しいと言うのだろうか? 危ないの間違いだろう……
「くそっ……」
眠りネズミは三月ウサギを必死に睨みつける。無論、相手がそんなもので怯む訳がない。
それを見て、ついに眠りネズミが行動に出た。
やられるならばやられる前にやっちまえ。
その言葉に従い、眠りネズミは懐からナイフを取り出すとそれを三月ウサギに向かって投げた。
すごい。思わず、その華麗なナイフ捌きに目を奪われる。
サーカスのナイフ投げぐらいなら一度くらい見たことがあったが、それだってこれほど鮮やかではなかった。
ナイフは真っすぐ、三月ウサギへと飛んでいく。
しかし刺さるその一歩手前で、三月ウサギは手に持っていたライフルを振って、それを払いのける。
ライフルを振るとは何て命知らずな奴だ。一歩間違えれば死にかけるかもしれないのに。
三月ウサギはにやりと意地の悪い笑みを浮かべ、眠りネズミに再び銃口を向ける。
「私に反撃するとは良い度胸だな、眠りネズミ。君がそのつもりなら私も本気で相手してやろう」
その言葉に眠りネズミは脅えたように後退る。
もはや勝負をする前から勝敗は目に見えている。
「帽子屋! 止めさせて! このままじゃ、眠りネズミが殺されちゃう!」
「大丈夫だ、アリス。ああ見えて、あいつらは仲がいい。本気で殺しあったりはしないさ」
三月ウサギはあっさりと引き金を引き、眠りネズミに向かって発砲する。慌てて、それを眠りネズミはよける。
「……」
「仲がいいはずなんだがな……」
帽子屋の嘘つき!
どう見たって三月ウサギは本気だ。
「止せ! 止めろ! 三月ウサギ、止めるんだ!!」
「何? 紅茶に砂糖を入れたいだと!? このバカが!! 私はストレート派だ!」
誰もそんな話はしていない。
そうこうしているうちに三月ウサギは眠りネズミに向かって2発目を発砲する。
これにはたまらず、眠りネズミは三月ウサギに背を向けて逃げ出した。
それを三月ウサギは素早く追いかける。
「お茶会の最中にどこに行くんだ! 眠りネズミ!」
「ふざけるな! これのどこがお茶会なんだ!!」
確かに。少なくともこれは私の知っているお茶会とは全然違う。
お茶会とは客人をもてなし、作法にのっとって優雅にお茶を楽しむものではなかったのか?
慌てて部屋から飛び出していく眠りネズミとそれを追いかけながら、ライフルを発砲しまくる三月ウサギを見て、私は大きなため息をつく。
どうやらお茶会というものの認識を改めなければいけないようだ。