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プロローグ

かちかち、かちかち。



何だかどこかで聞いたことがある音が聞こえる。



どこで聞いたんだっけ?



ああ、時計だ。秒針が時を刻む音。それが静かに淡々と聞こえてくる。



狂うことなく、乱れることもなく、ただただ正確に時を刻み続ける音。



どこから聞こえるんだろう?



ふと真っ暗だった視界が突然開けた。



視界が開けた先は暗い森の中だった。



すぐそばにお城と思われるような立派な建物が見えて、その城壁のすぐそばに誰かが立っていた。



黒い外套に黒い服。靴や手袋に至ってまで黒一色で統一されている。




そんなに黒と言う色が好きなのだろうか?



そんな格好をしてるくせにその髪は目が覚めるような白銀で黒一色の中、それが際立って見えた。



かちかち。



また時計の音だ。



音の出どころはすぐに見つかった。



先ほどからかちかちと音をたてていたのは男の首にかけられている古い懐中時計だ。



普通の物より二周りくらい大きいそれは黄金のように輝く金色のボディーで作られていて、細部に渡って美しい装飾が施されている。



一目でそれが安い物ではなく、特注で作られた高価な品物だとわかる。



それほどに手のこんだ立派な時計だった。




彼が持っていたのは時計だけじゃない。



両手には長い剣が一本ずつ握られており、異様に長い刀身が闇の中、ぎらぎらと輝いていた。



ふと輝きの中に別のものが見えた。



刀身にべっとりと染み付た赤。



それはかなり生々しく、赤い滴が刀身から地面へと滴り落ち、赤い水たまりが彼の足下にできていた。



それが何か少し考えればすぐにわかった。



血だ。真っ赤な真っ赤な血。



よくよく見ると、彼の黒い服にはところどころ赤いしみができていて、すぐそばにはおそらくその剣で切ったと思われる数体の人の死体が転がっていた。



あまりおぞましい光景に思わず言葉を失う。




死体の周りには赤い血だまりができ、ばらばらにされた人の四肢が散らばっている。



間違いない。彼は人殺しだ。



そのわりに彼は罪のかけらなど全く感じていないのか、平然とした様子でそこに立っていた。



かちかち、かちかち。



規則正しく秒針が進む音。



その音が僅かに乱れたかと思うと冷たい空気が風もないのに震えた。



しばらくして突如闇の中からまたしても黒一色に統一された服をきた男が現れた。



そんなにみんな黒という色が好きなのだろうか。こんな真っ暗闇の中でそんな服を着ていたら全くわからない。



白銀の髪の彼もそうとう変な奴だと思ったが現れた男はそれ以上に奇妙に感じられた。




男は黒い大きなシルクハットをかぶっていて、それが目元まで男の顔を隠している。



どうしてそんなサイズの合わない帽子をかぶっているのだろうか?



現れた男は白銀の彼と向かい合うように立つ。



男の手にはやはりと言うべきか白銀の髪の彼よりも一回り大きな剣が一つ握られている。



「そんな恐い顔してどうしたんだ、帽子屋」



男の顔を見ずに彼が言う。



帽子屋と呼ばれた男は空いてる方の手でシルクハットのつばを軽く持ち上げ、白銀の髪の彼を見る。



隠されていた目がちらりっと見える。



帽子のせいで奇妙に見えていたが顔はいたって普通だ。




顔をよくよく見れば、思ったより年齢が若いのがわかった。



顔はなかなか整っていて、顎に生えてる中途半端な無精ひげさえそれば、きっともっとカッコ良く見えるだろう。



しかし問題はそこではない。



男の茶色みがかった瞳にはやや影が落ち、そうとう怒っているのがわかった。



その目を見ただけで何か冷たいものが背筋に走る。



明確な殺意。この男もまた、何かする気なのかもしれない。



救いがあるとしたら帽子屋と呼ばれた男の剣にはまだ血がついていないことだ。



しかしそれも時間の問題かもしれない。



「白ウサギ……お前は自分のしたことがわかっているのか?」




白ウサギと呼ばれた白銀の髪の彼はわざとらしく首を傾げる。



その表情にはうっすらと余裕の笑みが浮かべらている。



「私が何をしようと私の勝手だ。貴様には関係ない」



「白ウサギ…」



「これで良かったのさ。文句があるなら、ここに転がる彼らのように貴様も私を斬ればいい。もっとも、斬られる前に斬り殺すがね」



白ウサギは笑う。彼の目もまた冷たく、握られた剣がまるで獲物を求めているかのように光る。



「あの子はもうこの世界にいるべき人間じゃない。この世界にあの子はいるべきじゃない。これはあの子が望んだ事だ」




白ウサギは淡々とした口調でさらに言う。



「彼女の為なら私はなんだってやる。私はそういう人間だ」


帽子屋は何も言わない。しかしその目は明らかに納得していなかった。



「あの子の望み? 違うだろう。これは全てお前が勝手にした事だ。あの子が本当に望んだ事ではない」



「どうとでも言えばいい。今さら、どうにもならない。あの子は既にこの世界にはいない」



白ウサギはそう言うと少しだけ嬉しそうな笑みを浮かべた。



「大丈夫、変わりならすぐ来るさ。私達にもこの世界にもアリスが必要だからね」



そう言って白ウサギは赤い瞳をゆっくりと細めた。

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