表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/12

そもそも、なろうテンプレは「物語の型」ではありません。

 と、ここまで長い前書きとちょっとした一言をお読みいただき、まずはありがとうございます。というわけで、ここからようやく本文です。最初はアレですね、なろうテンプレから行きましょうか。


 えっと、私の感想欄にも書かれた「好きに書く=読み手のことを考えていない」という類の物凄く雑な風説ですね。


……いや、なろうテンプレでない作品を書いたら読み手のことを考えてないって、ビックリする主張なのですが。でも、どう考えてもそう主張してるとしか思えないのですよね。


 ランキングに載らないような「流行りから外れた」作品を書く人のことを言っている可能性もありますが、実質的には同じことだと思います。だって、なろうテンプレって、「なろうで流行っている型」という意味の言葉ですし……


――第一、なろうテンプレって、テンプレでもなければ型でもないですよね、どう見ても。


  ◇


 要するにステータスとかナーロッパとか、そういった「なろう系特有の舞台装置」の総称を「なろうテンプレ」と言うと私は思っているのですが。この「なろうテンプレ」、やっぱりどう考えても「型」ではないと思います。


――なろうテンプレが「型」じゃないなら何だって? いや、そりゃあ「舞台装置」じゃないですか? だって、ステータスオープンとか、型というよりは小道具じゃないですか。


 ナーロッパは時代考証の済んだ、そうですね、時代劇におけるロケ地みたいなもので、スキルはその人なりの特殊技能、天井裏に潜む才能とか剣の腕とか。もっと大がかりなチートはアレだ、印籠とか桜吹雪みたいな、問答無用で敵がひれ伏す何かだと考えると、やっぱり型じゃないよねと、そう思うのです。


 物語の型って、普通は勧善懲悪のような「物語の序盤に悪役が事件を引き起こす。その事件に主人公が被害者に肩入れする形で介入して事件を解決する」みたいな、開幕から終幕までを規定した物を言うよね、と。


 時代劇の舞台装置を使って物語を作れば時代劇は作れます。でも、時代劇の舞台装置を使ったって「物語を作ること」は保証してくれないと思うのですが、どうでしょうか。


  ◇


 とまあ、こんなことを書いてしまいましたけどね。実のところ、なろうテンプレに、完全に型がないわけじゃないと思います。たとえば異世界転移や異世界転生だと、初めに異世界に召喚なり転移なりして、その次に主人公の生い立ちみたいなものが紹介される。まあ、順番は逆かもしれませんが、基本的にこの二つは真っ先に書くはずです。


 これを後の方にまで引っ張ると、多分なろうテンプレから外れます。なろうテンプレというのはあくまで異世界に転移/転生した人が「その世界の人として」生きる物語であって、「現代人がその世界で」生きる物語ではないはずですから。


 つまり、異世界転移や異世界転生における「なろうテンプレ」とは何かを一言でいうと「現代人という特別な存在が異世界人と同じように生きる物語を紡ぐための型」ということになります。で、なろうテンプレを使って異世界人となった主人公がその後どう生きるのか、そこは「作者の自由に書けば良い」、そんな構造になっているのかなと。


 小説を初めて書く人にとっての一番の難関は何かというと、物語の最初の一文を書くことなんですよ。で、その次は最初の段落で次は最初の大段落。それらを超えて、ようやく一話にたどりつく。このハードルを越えるのに、なろうテンプレというのはとても強い助けになります。


 そして、そうやって序盤を終えたあとには、「現代人の知識を持った異世界の主人公」が物語のスタート地点に立っていると。物語はほぼ白紙、だけど主人公は読者と同じ知識を持っているという、作者にとってとてもやりやすい状態で物語をスタートできます。なので後は、自由に物語を紡ぐだけでいい訳です。


――なろうテンプレって、基本的にはこういう構造なんですよ。物語全体は規定しないで物語の冒頭の形を整えてくれると同時に、その後の記述を楽にしてくれる、いわば「スタートダッシュのための型」としての側面が強いのです。


  ◇


 なので、ええ、ストレートに言いますよ。非なろう系のことを「型を守らないからつまらない」なんていう人は、基本的になろう系には手を出さない方が良いと思います。なろうテンプレって基本的に「スタートダッシュのための型」で、それは同時に「スタートダッシュ以降は自由に書くための型」ですから。


 なろうテンプレは物語の、冒頭から完結までを定義した型ではないのです。そんなことは、「物語の型」に対する知識があればわかることです。


 物語の型に対する知識がない、だからなろうテンプレを「物語の型」だと誤解する。で、もっと普通の型、そうですね、「行きて帰りし物語」や「ボーイミーツガール」を型だと認識できない。そんな人がなろうテンプレに手を出したらまあ、正直結末は一つだと思います。


――ええ、ちゃんと「物語の型」を理解していないのに書き始めるからエタるのです。そりゃそうです。物語を完結させるって、物語を完成させることに他なりません。そんな一大事業、型を知らなきゃ苦労するに決まってます。


 だから、なろうテンプレという「スタートダッシュのための型」だけでは、物語は完結できません。なろうテンプレとは別に、もっと一般的な「物語の型」がどうしても必要になります。エタが多発する最大の理由は、なろうテンプレという「スタートダッシュのための型」を「物語の型」だと誤認しているからに他ならないと思います。


 スタートダッシュが終われば「型なし」になる。そのことに気付かずに人の作品を「型なし」だとけなす。……じゃあその人はどうやって、序盤を終えて型なしになったなろうテンプレの続きを書くのでしょうね。非なろう系の、「物語の型」も見えていないのに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ