13
セインの目前に迫る大樹、けれども大樹が反応を示すことはなかった。ただ外から入り込む風によって葉がそよそよと音を立てるだけ。
「……歓迎されていないのでしょうか?」
「大樹はいつもこういうものだ。私が声を聞いたのも一度だけだしな。歴代の王も、即位の時にその声を聞いたのみ。だから、お前が姿を見せても反応を示さないのはおかしいことではない」
セインがやっと眠りに落ちてまもなく、使用人によって起こされることになった。
ぼんやりとしながらも、身支度を終えると王から呼び出しを受けた。そして聞かされたことが、大樹との対面だ。
魔族の三人は、騎士団長フェンデルが相手をするということで、セインは王トールについて、大樹の元へ向かうことになった。
トールの他、王妃ジョセフィーヌと共に、大樹が鎮座する城の中心へ足を運ぶ。
中庭のずっと置くに大きな門があり、そこの扉の鍵を開けて、王が彼を案内した。
空を覆うのではないかと思われるくらい、枝を張った大樹が座を占めており、セインは恐る恐る近づく。
けれども大樹が反応することはなかった。
「お前が、即位する際には何かしら言葉がかかるだろう」
「即位……。陛下は本当に僕を王にする気なのですか?」
セインは彼の真意がわからなくてそう尋ねる。
「当然だ。……本来ならば、きっと兄上カイルが王になっていたかもしれないしな」
トールは近くにいるセインのみが聞こえる程の小さい声で答えた。
――それはそうだ。お前が追い出したんだ。父さんを。
苦渋の表情の王に対してそう思ったが、彼は顔を伏して思いを隠す。さり気なく横目で王妃を窺うと彼女もトールと同じような表情を浮かべており、セインは何か苦いものがせりあがってくる気持ちになった。
――罪悪感か。ふん。そんなもの今更遅い。母さんは殺され、父さんは死んだんだ。そして僕は……。
街に放りだされ空腹のあまり盗みを働き殴られた。
その痛みは未だに思い出せる。
――メルヒ。そう、メルヒが助けてくれなければ僕は死んでいた。彼女は僕に聞いたんだ。復讐をしたくないかって。メルヒが……。だけど、なんで今はあんな……。
昨日のメルヒはすべてを忘れており、とても純粋な顔をしていた。あんな無邪気なメルヒの顔など見たことがなかった。たった1年、それも小さい時の記憶。だけど、彼が記憶しているメルヒは復讐に駆られるもので。
「セイン?」
王にふと声を掛けられ、セインは顔を上げる。
随分長い間俯いたままだったようで、王トールの顔から気遣いを見て取れた。けれども彼はそれに気づかない振りをする。
――トールも、ジョセフィーヌも敵なんだ。
「何でもありません」
「そうか、それなら。さあ、今日からお前には王になるために色々学んでもらうぞ。大樹とは即位の際に何かしら対話ができるだろう」
トールの言葉で大樹との対面は打ち切られ、そのまま王室へ戻ることになった。
――メルヒはもう大樹に囚われていない。そしてトールは僕を次の王のするつもりだ。……魔王ザイネルの願いはなんだ? 彼は僕に王を殺してもらって、僕が人の国を支配することを願っていた。けれども、王を殺さずとも僕は次の王へなれる。だったら……。彼にとって王は殺さなくもいい存在なのか?だけど、僕は……。ザイネルは関係ない。僕は、僕の復讐を遂げるだけ。でも今はだめだ。王と王妃は殺せても、今のままでは僕は王にはなれないし、メルヒを救うことはできない。あの魔族の3人は戦力にならなそうだし。時期を見なければ……。
「セイン」
「申し訳ありません」
王室まで戻ってきたが、そこでセインはまたしても考えに取りつかれていた。
顔を上げると、そこには老年の男が立っており、彼を感慨深く眺めている。
「セイン殿下。本日より、殿下の教育係を承ったアルビスと申します」
「アルビスか。よろしくな」
こういう時はどういう作法だろうかと迷いながら、セインが手を差しだすと、アルビスは皺クシャな顔をますます歪めて朗らかに笑う。
「臣下とは握手などはなさいませんよ。殿下」
「そうなのか?」
「そうです。これは教えがいがありそうです」
アルビスの笑い声を聞きながら、セインは猫の魔族カリンの事を思い出した。
――やっぱり適当だったんだな。それはそうだよな。王族って言うのは人の国の頂点に立つものだ。それが巷の礼儀と一緒なわけがない。
礼儀などとは面倒なことと思いながらも、今は大人しく時期を待つ必要がある。
セインはしばらくアルビスに付き合って王族の教育を受けるしかないと諦めの境地に入った。




