第四話 遭遇
「今日は楽しもうね、忠雄さん」
「ああ」
久しぶりの夫婦水入らずのお出かけ、普段はあまり感情を表に出さない俺も今日ばかりは少しだけテンションが上がっていた。ちなみに今日の目的は季節の変わり目に伴い新しい衣服を買いに来ていた。それが済めばあとは自由にすることができる。
「忠雄さんこれどう似合うかも」
「そうか。俺はもっと地味な色がいいけどな」
「でも、忠雄さんおんなじ色の服ばっかり持ってるから。たまには違う色も買おうよ」
「分かったよ」
妻に勧められるまま、今まで一回も買ったことのない緑のジャンパーを購入する。俺たち夫婦の服のセンスが噛み合うことはほとんどない。しかしながら今こうして隣に立っている妻の服装はとても似合っていてきれいだと思う。
「どうしたの忠雄さん」
「別になんでもない」
「ええ、もしかして私に見惚れてた?」
「そんなわけないだろ」
「ええー、それはそれで少し残念」
何とかその場をごまかしたが、妻には完全に内心を見抜かれ安易に口を開くことができなくなっていた。そんな中無言で買い物袋を受け取り、店を後にする。もうこの段階で俺の腕には買い物袋が合計で四つかかっていた。これ全てが今後俺が着ることになるであろう服なのだからさすがに俺も驚いた。あまり女性と一緒に遊びに行くという経験がなかった俺はこの量が当たり前なのか判断がつかないが、これがもし通常ならばかなり恐ろしい。
「なあ、もうそろそろいいんじゃないか。こんな量さすがに着きれないぞ」
「そうだね~少し休憩ましょうか」
俺たちはフードコートに一度足を運び、荷物を降ろし椅子に腰かける。思いきり背もたれにもたれ息を吐く。時刻はすでに午後三時、俺たちは朝十時には買い物をはじめ、一度食事休憩を挟んだとはいえ四時間近くこの重い荷物を持ったまま歩き続けている。これがもし他人の荷物なら吹き抜けになっている場所から一階まで真っ逆さまに投げ込んでいただろう。しかし後々自分が身につけるかもしれないのでそうするわけにはいかない。
「忠雄さん疲れた?」
「当たり前だろ、まったくどんだけ買うんだよ。どうせほかの誰も気にしてないだろうが」
疲れていたこともあり、少し強めの口調になってしまいハッとしながら妻の方を見るとつい先ほどまで買い物をしていた時にはきはきとした笑顔は消え、今は少し不安になるくらい落ち着きはらった顔をしていた。
「確かにそうかもしれない。ううん少なくとも忠雄さんの会社の人は気にしないと思う。でもね。これはそう私の趣味。毎日しっかり着飾って、最高にかっこいい旦那さんを朝お見送りしたいの。それにねかっこいい服を着ると自信がつくらしいの。だから忠雄さんにはもう少し自分に自信を持ってもらいたいなとも思って」
確かにテレビで見るモデルは皆自身満々にそれこそこの服と私きれいじゃね、見たいなオーラ―を出しながらランウェイを歩く。まあそうしないと売れないというのもあるだろうがそれを差し引いても彼らがバラエティー番組で見せる緩やかな表情とは明らかに違う物を舞台で披露している。そこにはきっと先ほど妻が言っていたよくわからない原理が関係しているのかもしれない。
「あれ、忠雄さん汗かいてる。待って今拭いてあげるから」
妻は肩にかけているカバンからハンカチを取り出すと前かがみになりながら俺の額の汗を拭い始めた。
「ごめんなさい、そんなになってるなんて思わなくてここからは半分持つよ」
「いいや、いいただ暖房が効きすぎてて熱いだけだから」
正直周りからの視線が気になって仕方がなかった。いくら夫婦とは言え公衆の面前でこんなことをすればさすがに彼らの中でバカップル認定されかねない。それはさすがにあまりにも屈辱的すぎる。だって俺結婚する前街角でイチャイチャしてカップルにそんな視線を向けたことがあるから。その時はこんなきれいな奥さんを持てるとは夢にも思っていなかった。たぶん宝くじ一等当選の方がよほど現実的だと思ってた。
「もう大丈夫だから、もうやめて」
「うん分かった」
以外にも素直に俺から離れた妻はハンカチをしまうとニヤニヤと笑いながら俺のことを見つめていた。
「何だよ」
「別に。さっきの忠雄さん少しかわいかったなって思って」
「うるさい」
「ごめんごめん」
「まったく」
俺はため息をつきながら、気味悪くも楽しそうに笑う妻の顔を見ているとその後ろに小さな影が見えた。俺は目を凝らしその陰に意識を集中してみるとそれは俺にとってはある意味見てはいけないものだった。俺はすぐさま視線をそらし妻の顔を真正面から見つめる。そうすれば今何を見たのかを妻に悟られずに済むと考えていたからだ。うかつにも注視してしまったのでその時の顔が少し変化したことはごまかしようがないが、それでも何を見ていたか、その一点においてはまだなんとでも誤魔化しがきく。
「どうしたの、私の顔に何かついてる?」
「いいや、別になんでもない」
「もう何?気になるでしょ」
「そうだ、さっきのやり返しをするつもりだったけど。一つも汗かいてないからつまらないなって思って」
「えー何それ。ひどーい」
「こっちのセリフだよ」
よし、このままいけば何とかごまかせる。俺は今度は妻の肩越しにそれの現在地を確認する。それは先ほど見た時よりも俺たちの方から距離が離れていて、このままいけば完全に目視できなくなる。そのことに安堵し少し気を抜いた時だった。完全に油断していた。それは大きく口を開くと辺り一面に爆音を響かせた。
「おかあさ~ん、どこにいったの~」
その大声は俺たちのいるフードコート一体に響き渡立ったため、当然妻もその声に反応した。こうなるともう完全に詰みだった。そう長いこと連れ添っているわけではないがそれでも次に妻が言うこととやることは俺には簡単に予測がついた。
「僕大丈夫?もしかして迷子」
俺が頭を書かている間に妻は席を立ち、そこにいた小学校低学年くらいの男の子に声をかけていた。当然目線が合うようにしゃがんだ状態で頭をなでながら朗らかにその子を見つめている。
声をかけられた子供は何か話すわけでもなく、ただ小さく首を縦に振った。
「そっか、寂しかったよね。もう大丈夫だよ、お姉さんたちがお母さんを探してあげる」
そう言ってもう一度子供の頭をなでると妻はゆっくりと立ち上がり今度は俺の方を向いた。その顔は先ほどとは少し違い少し険しいものだった。
「忠雄さん」
「はい」
「気づいてたよね。それでいて無視しようとしたよね」
バレていた。いやおそらく今この瞬間にバレたのだろう。なので俺も又先ほどの子供と同じように何も言わず頷いた。
「やっぱり、めんどくさいなって思ってたでしょ」
「はい」
「もういけません。この子は真剣に困っているんだから。それなのにめんどくさいだなんてこの子に失礼ですよ」
「はい、すいません」
「そのことは後でお説教するとして今はこの子の親を探しましょう。ということで忠雄さんこの子から母親の特徴を聞き出してください」
「え、なんでそんなことする必要がある。インフォメーションに連れて行けばあとは館内放送なり使って解決してくれるだろ」
「確かにそうかもしれませんが、今ここは三階。そしてインフォメーションがあるのは一階。今下手にこのフロアを離れるとこの子のお母さんから遠ざかることになるでしょ。そうなったらきっとこの子さらに不安になるよ」
そう話す横でちゃっかり手までつないでいるので妻はこの子供から多少信頼を得ていた。しかしあくまで多少の信頼だ。いうなれば自己紹介が終わって最初に抱く印象くらい変わりやすく失いやすい。そんな状態で下手にこのフロアを離れて誘拐犯みたいな扱いを受けるくらいならおそらく近くにいるであろう母親を探したほうが楽であるという結論にどうやら妻は至ったらしい。
「分かった。そうしよう」
俺は先ほど妻がやっていたように目線が合う高さまで屈むと子供の眼をまっすぐに見つめて問う
「あ~お母さんの特徴について教えてくれないか」
「忠雄さん。分かりにくい」
頭上から小声でのダメ出しを受け、少し頭で考えもう少しわかりやすく言い換えてみる
「その、お母さんはどんな服着ていた?色とか柄とか、わかるか?」
「・・・・・・・」
あれ、おれなりにわかりやすく言ったつもりなのに、何も返答がない。もしかしてこれでもわかりにくいのかと思いさらに言葉を嚙み砕こうとしていると子供は俺から顔そらし妻の足に顔をくっつけると俺を指さし
「この人、顔怖い」
と一言言い放った。俺がその一言にあっけに取られていると再び頭上から
「忠雄さん、笑顔笑顔」
という妻の声がかすかな笑い声とともに聞こえてきた。
「あの~ちょっとお話させてくれないかな~」
「いやだ」
一瞬で断られてしまった。この子のためにやっているのにこれでは無理やりにでもインフォメーションに引っ張っていった方がいいような気がしてきた。さすがに無理矢理にはしないけれども。それでも段々と怒りがわいてきた。それにこの状況を妻は楽しんでいるようにも見える、それが余計に腹が立つ。おそらくギリギリ顔には出ていないがもしかしたら漫画みたいに額のあたりに怒りマークが出ていてもおかしくないほど腹が立っている。
「大事なことなんだ。少しだけだから。ね」
念のためもう一度語り掛けてみたが今度は完全に無視してきた。その様子を見ていた妻がもはや俺では聞き出すことは不可能と判断したのか。子供の手を離し俺と同じ高さまで屈む
「ねえ、おやつ食べよっか」
「おやつ」
「ほらあそこアイスクリーム屋さんあるでしょ、お姉さんがご馳走してあげよう」
「食べたい!!」
「決まりだね」
妻は子供の手を引いてアイスクリーム屋の方へと歩き出した。それを見て子供相手に向きになっていた自分がばからしくなり、よっこいしょと年寄りくさく立ち上がるとにこやかに歩く妻の後ろを追いかけた。その時の妻の笑顔がおそらく今日一番の物だったと俺は思う。きっと俺たちに子供ができたらこの喜びを妻は毎日味わえるのかもしれない。それでも俺はもし俺たちの間に子供ができたとしても、俺がまだこんなだからその子は決して幸せにはなれない。だから今は子供を持たないようにしている。
「忠雄さん、何味がいい?」
「俺は別にいいよ。その子にたくさん食べさせてやれよ」
「・・・・・・忠雄さん。変わったね」
「どういう意味だよ!!」
「あはは。ごめんねでも忠雄さんもこの子も頑張ったから二人ともご褒美」
ご褒美といっても俺はただその子を怖がらせただけで、あとは全部妻の功績だ。それなのにたとえ安いアイスとはいえ、対価を要求するなんて図々しいにもほどがある。なので俺は妻の申し出を辞退したが
「いいの、確かにこの子の母親のことは何もわからないままだけど。それでも子供の心に寄り添おうと必死に頑張った忠雄さんには私からご褒美をあげます、なので何味がいいか選んでください」
「じゃあ、オレンジで」
「了解すいません、オレンジとバニラとチョコミントを一つずつくださーい」
「かしこまりました」
時間が時間なのでさほど混雑しておらず、注文したものはすぐに俺たちのもとに提供された。それを受け取ると適当に空いていたところに座り、いただく。だんだん肌寒くなってきたとはいえ、暖房の利いた室内で食べるアイスは格別においしい。
「おいしい?」
「うん、お姉ちゃんありがとう」
「いいよ~気にしないで」
口の周りにアイスをつけながらもおいしそうに食べる子供を見て、妻はずっとニコニコしながら時折子供の口元をハンカチで拭っている。いったいどこでそんな技能を身に着けたのかすこし気になるところではあるが、今はそんなことを考えている場合ではないので、一度思考の隅から追いやる。今は一刻も早くこの子の親を探すことを優先すべきだ。
「ねえ、君のお母さんについて教えてくれないかな」
「えっとね。白色の服を着てて、青色のズボン履いてた」
「なるほどね、そのお洋服は真っ白?それとも何か柄がついてた?」
「まっしろ~」
「そっか、じゃあこれ食べ終わったら一緒に探しにいこっか」
「うん」
初めて見かけた時とは比べて明らかに穏やかさと元気を取りもどした男の子は俺たちに向けて満面の笑みを浮かべ続けている。もう母親の存在など忘れてしまったのかとも思えてしまったが、たぶん違うのだろうなと頭の中で自己解決する。
「正樹、やっと見つけた」
突如女性の声がしたと思うと俺たちの輪の中に声の主が割り込み椅子に座ったままの子供手を握った。
「あ、お母さん」
「もう、あそこから動かないで言ったでしょ。心配したんだから」
「ごめんなさい」
この親子は俺たちのことなど完全に無視し二人だけで会話を成立させようとしている。というかそんなに大事なら一人きりにするなよというツッコミを何とか口から出る前に飲みこみ妻に見つかったな的なアイコンタクトを取ると、よかったねという意図であろう微笑みが帰ってきた。
もうお役御免ということで席を立ちその場を去ろうとしたが、突如妻でもない子供でもない、この二人なら絶対にしないであろう圧を持った視線を感じ、その方を見ると先ほどまで安堵に包まれていたはずの母親が今度は俺たちのことをまるで威嚇しているかのような目でこちらを見つめている。
「あなたたち、私の息子に何してたんですか?」
「はぁ?」
「はぁじゃないですよ、勝手に人の家の子供を連れまわすなんて非常識でしょ」
子供を両腕で包み込むようにしながらもしっかりと俺たちへの敵意を丸出しにしている。
「いえ、私たちはこの子が一人で泣いてたので。どうにかしたいなって思っただけで」
「私はこの子に待っているように言いました。それを無理やり連れ去ったのはあなたたちでしょ、これ下手したら立派な誘拐ですよ」
「いいえ、そういうわけでは」
普段俺に対し押し押しの態度をとっているが、今は母親に圧倒され完全に押されている。然しもう一度事を最初から整理すると一番悪いのはこんな年の子供を一人放置した母親のはずだ何をしていたのかわからないが、親としての業務を放棄しそのうえその責任を俺たちに擦り付けようとしている。そんなことが許されるはずがない。
「あんたさ、そもそもこんな年の子供を放置して不安な思いを味合わせ、その上それを助けた俺たちに八つ当たりするとはいい身分だな」
「あなた何を言ってるの?」
「俺たちがこの子に声をかけてなかったらいったいどうなっいただろうな、もしかしたら本当に誘拐されていたかもな、そうなったらあんたどう責任を取るつもりだ」
「・・・・それは」
「まあ、まず一番に声をかけたのはここにいる俺の妻だがな。あんたはそんな相手を誘拐犯扱いしたんだぞ、その意味が分かってるのか?」
親からすれば子供というのは確かに手のかかる生き物だ。それでも目を離すとどんどん自分勝手に進んでいってしまう。その結果親が持っている我が子への勝手なイメージと本人が知っている実像が噛み合わなくなり。親から見れば世間知らずで自分勝手な人でなし野郎が完成する。しかし当の本人は誰にも助けられることなく、見守られることもなく自分の身に降りかかる火の粉を自分で払ってきたという戦いの歴史が確かに刻まれている。これは俺しか知らない俺の体験談だ。そしてこの物語のオチが今の俺そのものだ。俺は自分が人でなしという自覚はない。しかし世間の目が作り上げたイメージでいうと人でなしらしいので一応そう認識しておこう程度に思っている。ゆえに今目の前にいる子供が俺と同じような人生を歩まないよう大人である俺がどうにかする必要がある。それに何より自分の妻が犯罪者扱いされいい気分の旦那いない。
「子供は一度目を離すとすぐに自分勝手な行動をする。それはいくつになっても変わらない。勝手に決め、勝手に進み、勝手に傷つくんだよ。だからしっかり見守るのが親の責務だろうが、それを安い欲望に負け放棄してんじゃねえよ」
今思えば俺もそれなりに傷つきながら育ってきたのだ思う。しかし俺にはそれを痛みを分かち合う仲間も、癒してくれる存在もいなかった。だから自己治療で何とかするしかなかった。しかしそれには限界があった。それでも折れることは許されず。心から大量に血を流しながらほかの人たちと同じように人生を歩んできた。そうしているうちにその痛みに次第に慣れてきた。そしていつしか痛みを感じなくなった。だがあくまで痛みを感じないだけで、傷は開いたままだし、血も流れてままだという事実には変わりない。それはきっと今でもそうなのかもしれない。
「要するに、今回は目を離したお前が悪い」
「忠雄さんお前はだめだよ」
「今はいいだろ」
俺がそう言い聞かせても、母親はずっと俺のことをにらんだままだ。おそらく下手に発言したせいで俺にヘイトが向いたのだと思う。
「あのね、お母さんこのお姉さんたちね。お母さんを探しそうとしてくれたんだよ。だから怒らないであげて」
「正樹・・・・・わかったわ。ごめんなさいご迷惑をおかけしました」
「おい、それだけかよ」
「忠雄さん。もういいよ。私はそれで充分」
「ちっ」
妻がそれで満足ならいいかとは思ったが実際はまだ煮え切れない気持ちを残したまま、正樹とその親は消えていった。この騒動のせいで一気に興が冷めた俺たちはまだ夕食には早いが家に帰ることにした。
「今日はいろいろあったな」
「そうだね」
今日のことはお互いにとってあまりいい思い出にはならなかったようで、あのフードコートからずっと気まずい沈黙が続いている。正直俺たちが悪いわけでもないのにどうしてこんなことになっているのかと思うとさっきの母親への怒りが再びこみあげてくる。
「あのね、忠雄さん。さっきはありがとう」
「ありがとう、って何が?ほとんどそっちがやってくれただろ」
「ううんそうじゃないの。さっき私が怒られてる時、かばってくれたから」
「それは、まあ当然でしょ。夫婦だし」
「まあ、うれしい」
「茶化すなって恥ずかしいだろ」
「えへへ~」
今日一の笑顔に比べればはるかに弱いが少なくとも、妻が笑ってくれたことに俺は安堵しながらも恥ずかしさで目をそらす
「それにね。私すっごくうれしかったんだ」
「どうして?」
「だって忠雄さんあの時、今日初めてあったばっかりの子供を気持ちを考えて寄り添おうしてたでしょ。言い方は・・・ちょっと悪かったけど。それでも忠雄さんがちゃーんと他人の気持ちを考えることができたんだってことに私ちょっと感動しちゃった」
そう言われてみると確かにあの子が不安がっていたということを言ったがその根拠をはっきりと説明できない。俺が正樹と出会い、泣いている姿、母親を呼ぶ姿この二つを見て勝手にそう決めつけていた。もしかしたらあの子にそんな気持ちがなかったかもしれないが、少なくとも俺はそう決めつけた。これが本当に他人の気持ちを考えるということなのか、はっきりとは分からないが、そういうのが得意な妻がそういうのだからそうなのだろう。
「あんなんで、よかったのか?」
「うん、わたしから見れば及第点だけど。忠雄さんから見れば大きな進歩だと思うよ」
そう言いながら妻は肩にかけた買い物袋ごと俺の腕に自らの腕を絡ませた。あまり意識したくないが、適度に膨らんだ胸が腕に当たり、その感触が全身に駆け巡る。
「何してんだ、恥ずかしいだろ」
「これはね。私のことを惚れ直させた旦那様へのご褒美です。なのでこのまま家に帰りましょう~」
「嫌だ、離れろ」
「ええ~まんざらでもないくせに」
結局妻に乗せられ、腕を組んだまま家に帰ることになった。