第三話 商店街
「忠雄さん、ちょっと買い物に付き合ってよ」
「いいよ、いくのはいつものスーパーだろ?」
俺たちが住む場所には二か所ほど買い物ができる場所がある。一か所目は昔ながらの商店街でここは一食分の材料をそろえようと思うと何件も店を回らないといけない上に見せ店に話の長い年よりが備えられているので、一度それらにつかまると下手をすれば何時間もその場から動けなくなってしまうのでとても非効率なので、普段は昔からここに住んでいるような人たちしか利用していない。そして普段俺たちが利用しているスーパーだがやはり時代の最先端を行っている。ここ一店舗で必要なものはそろうし店員は基本バイトかパートしかいないから必要最低限の会話しか発生しないため、大変スムーズに利用できるのが最大の利点だ。
当然俺たち夫婦も普段はスーパーを利用している。
「いいえ~今日は商店街に行きます」
「はあ、なんであんな面倒な方へ」
「いいから、いいから支度して~。早く早く」
妻に言われ仕方なく身支度をし、エコバックを下げて家を出て徒歩20分の商店街にやってきた。徒歩でそんなにかかるならどうして車を使わないのかというとここには駐車場がないのだ。ここもある意味不便な点だ。
ついて最初に思ことはやはりわびしい感じがするということだ。スーパーができたことで客のほとんどがそちら側に座れてしまったのでここにいるのはいわば残りのカスようなものだ。
「忠雄さん今日何食べたい?」
「別になんでもいいけど」
「もーそれが一番困るんだってばー」
口ではそう言っているが妻の足は迷うことなく八百屋のほうへ向かっている
「いらっしゃい、あら今日は旦那さんも一緒かい?」
「ええ、家で寝てたのを連れてきました」
「そんなこと言わなくていいだろ」
開口一番すぐに妻と店主の老婆は無駄な会話を始めだしたことに俺はすでに不安でいっぱいになりながら品物を見渡す、品数は圧倒的に少ないがそれでもスーパーに比べればほんの数十円ほど安くなっている。試しに目の前にあったトマトを手にしてみるがしっかりと手に重みが伝わってくるので品質には何ら問題はないようだ。
「忠雄さんそれが欲しいの~?」
「バカそんなんじゃあねえよ」
俺は手にしていたトマトをさっともとのかごに戻す。
「じゃあ今日の晩はそのトマトをスパゲッティにしよう」
「あらおしゃれじゃない~それならこのキャベツも付けるよ、これでサラダデアも作って一緒に食べるのはどうだい?」
「いいですねえ、じゃあそれももらいます」
「毎度、お会計はこれね」
老婆は電卓を取り出すと震える手で数字を打ち妻に見せる。妻が会計を済ませている間俺は老婆に絡まれないようにと目線をそれしていたが、会計に手いっぱいだったようで俺の努力は杞憂に終わった。
「よかったねすぐに晩御飯決まって」
会計をすました妻が野菜の入ったエコバックを手渡しながらそう言った。
「ああ、そうだなでも・・・」
「やっぱり無駄が多い。そう言いたいんでしょ」
「よくわかったな」
「まあ、一応妻ですから、でもねこの人たちから忠雄さんも学べることがあるはずだよ」
「そうかぁ?」
「そうなの」
いまいち妻の言っていることがわからないが、まだまだ買い物自体は続くので考えるのは帰ってからにすることにした。
トマトを使ったスパゲッティというとナポリタンかボロネーゼしか思い浮かばないが妻が今度は精肉点に向かっているあたりボロネーゼなのだろう。
「らっしゃい、あら若奥さんじゃないですか」
「今日は何肉をご所望で」
「牛のひき肉をください」
「あいよ、ちなみに今日の晩御飯は何にするんだい」
「忠雄さんの希望でボロネーゼを」
「そうかいなら、ならこの牛脂も付けるよ、これで肉を炒めるとおいしいよー」
「ありがとうございます」
ずっと妻と会話が進んでいるので俺はしばらくそっぽを向いているがふとした時に店主に声をかけられた。
「おい、あんたがこの姉ちゃんの旦那か?」
「ああ、そうだ」
店主はじろじろ俺を見たのち大声で笑いだした
「確かに話に聞く通り、不愛想な男だな」
「ええ、でもそんなところもかわいいですよ」
「全く姉ちゃんは物好きだなー」
笑いながら店主は牛脂を小さなパックに入れそっと袋に忍ばせる。彼は先ほどの老婆と違いテンポよく会計を済ませていくので先ほどと比べては感じるストレス量は少ないもののそれでもやはりお世辞にも効率的とは言えなかった。
結局へとへとになるまで歩き回った上に昼食もコロッケ一つなのでおなかもすいている、家についてすぐにエコバックをテーブルに置き床に座り込んだ、
「待っててねすぐご飯にするから」
「おう頼むわ」
妻の作るパスタが出来上がるまで、そんなに時間がかからずすぐに食べることができた。やはり妻の料理はおいしかったということだけがきょう一日過ごして感じたことだった。
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「忠雄さん、ちょっとお使いに行ってきてくれる?」
次の休日の時妻が急にそんなことを要求してきた。特別忙しいわけでもないので俺が承諾すると妻はいつも使っている買い物袋を渡し、その中にメモを忍ばせた。
「忠雄さん今日のお使いには一つ条件を付けます」
「条件?」
「はい、リストにある食材をすべて商店街で買ってきてください」
「はあ?」
「ちなみに不正をすれば絶対にばれますので、発覚したら何度でもやり直しをしてもらいます」
「くっ」
妻がそういうのだからおそらく本当にやり直しをさせられるのだろう、なのでここは少々納得がいかないが妻に従うことにした。
「オッケー?」
「ああ分かった」
俺はしぶしぶ出かけることにした。幸いにも今回は二店舗まわれば終わるのでさっさと済ませて妻のご飯にありつくことにした。
歩いて20分例の忌々しい場所が姿を現す。俺は数少ない人込みをかき分け目的の店の前で足を止める
「いらっしゃい、あれこれは珍しい今日はあんたひとりかい?」
「どうでもいいだろ、それより牛肉を一パック頼む」
「どうでもいいて、それはねえぜ」
「ちっ、関係ないだろ。それよりも早くしてくれほかにもお客はいるはずだろう」
「けっ、言われなくてもわかってらあ」
肉屋の親父が乱暴に牛肉パックを渡し来たのでこちらも乱暴にお金をカウンターにたたきつけ、店を去った。
次に立ち寄った雑貨屋では店主が高齢だったためおしゃべりはなかったが一つ一つの動作が遅かったのが気になったが何とかこらえ無事買い物を終えた。
そう思っていたが、カバンの底にもう一枚メモ書きが入っていた
『ついでにお花があると嬉しいな、愛しの妻より』
何分達成感を味わっていたので少々面倒ではあったがまだ商店街を抜けていなかったのでもう一度引き返し花屋へ向かうことにした
「いらっしゃい、お兄さん」
「妻にプレゼントする花を探しに来たんだが。いいものはあるか?」
「そうかい、そうかいならちょっと待っておくれ」
そういって店主は店の奥へと消えるとしばらくして買い物袋に入るくらいの小さな花束を持って戻ってきた。
「こんな感じになったけど予算は足りるかい?」
計算機を見せられたが大した値段ではないので俺は財布から金を出して渡す。店主は花束をすぐに渡すかと思ったがなぜか間をおいて
「渡すときに、なにか感謝の言葉か、愛の言葉かどちらかをかけてあげな。そうすればあんたの奥さんも喜ぶだろうさ」
「具体的にはなんて言えばいい」
「そんなの自分で考えな」
「っち、まあ何とかするか」
「せいぜい頑張りな」
「余計なお世話だ」
うちに帰ると妻がニアニアしたまなざしで待っていた
「お帰り、無事ズルせずに買い物できたね」
「なんでわかるんだよ」
「だって忠雄さんを信じてるから」
「根拠はねえのかよ」
俺は買い物袋を机の上に置き椅子に腰かける。妻は買ってきたものをせっせと冷蔵庫に詰めている。さすがに何もしないのは気が引けてきたので買い物袋をもとの位置に戻そうとすると、まだ中に花束が残っていることに気が付いた。
「まだ、これ残ってるぞ」
俺は妻に手渡そうとするが妻は胸の前でバッテンを作って
「それは晩御飯のあとがいいかな」
そういって妻はエプロンを巻いた
結局それから夕飯が終わるまで妻と話す機会はなく、俺のすっかり花のことなど忘れていたが食器が食洗器に入る音で思い出した。
「ああ、そうだ」
いざ渡そうと思ったが、ここで先ほどの花屋の店主の言葉が引っ掛かった。べつに頼まれて買っているので特に言葉を添える必要はないのだがそれでもなぜか歯に物が挟まった時のように何かむずがゆい感じがする
「どうしたの忠雄さん」
「いいや、なんでもない」
「そう、ならいいけど」
妻は何か面白そうに振り返るとそのまま自室の方へと向かっていった。一方の俺はいまだにムンムンとしている。結局しばらくたって妻が戻ってくるまで考えたが何もいい案が思い浮かばなかった
「あの・・・」
「ん、どうしたの?」
「その、いつもありがとな・・・これお礼だから」
我ながらひどい言葉だと思う。小学生でももう少しいい感じに言えるだろう。全く一度この花を体で隠してもう一回トライしたい。次はしっかりと台本なりカンペなり用意して万全の態勢で臨もう、そう思っていたが
「わーうれしい、ありがとう忠雄さん」
妻は笑顔で俺の背中に隠した花束を引っ張り出すとにっこり笑って両手に抱えた。対照的に俺は何とか事なきを得たようでほっとしていた。どうやら頼まれたものを買ってきただけだがどうしてここまで喜ばれるのかわからないが今はそれは良しとしよう。
「ねえ、さっそく飾ってもいい」
「ああ、かまわないが、もう夜遅いぞ」
「いいのこの気持ちを忘れないうちにやっておきたいの」
妻はそういうと早足で自室に向かうので俺もゆっくりと追いかける。俺が妻の部屋の前に来た時にはすでにドアの隙間から明かりと楽しそうな鼻歌が聞こえていた。俺がドアを開けて中に入るとそこにはいつの間にか買ったのか花瓶が用意されていた、妻はそこに花を生けると笑顔で俺の方を向き
「ねえ、今日忠雄さんに商店街へ行ってもらったのか分かった?」
「いいや、まったく」
「そっか」
妻はベッドのふちにもたれるように座ると手招きで俺に隣に座るように促した。
「忠雄さんはたぶん納得してない感じだと思うけどね・・・私ね忠雄さんにありがとうって言われてすっごくうれしかったんだよ。でもね同時にそれは忠雄さんが自分で私を喜ばす意図をもっていったんじゃあないってこともわかってるんだ。あ、でもうれしかったことは本当だよ」
「やっぱりか・・・敵わないな」
「で、話を戻すけど。今日のことで分かったと思うけど言葉って意外に重要なんだよ。ただ一言ありがとうって言われるだけで、人を笑顔にできるし。頑張ったねって言われるだけで人の努力は報われるんだよ、あの時みたいにね」
「確かにな」
それはこの世界で二人しか知らない。気持ちの面でいえば俺一人しか知らない優しい記憶、暖かい感情、なにがあろうとも忘れることなんてありえない
「デスクワークが多い忠雄さんは、確かに必要最低限のコミュニケーションでいいと思うけど、でもね忘れただめだよ。思いは口にしないとわからないし。あんまり言葉を使わないと気持ちを伝えるのがへたくそになっちゃうよ」
確かに、子供ころは何も考えず気持ちを言葉にできた。とうぜんそれで誰かを元気にできたし傷つけることもした。しかし大人になってからはそのどちらもしていない気がする
「今日はそれを学んでほしくって行ってもらったんだけど、結局私が何もかも説明しちゃった」
「すまない」
「いいんだよ、少しずつ忠雄さんは変わっていってる。そのことだけで十分」
「・・・・」
俺は何も言えずそっぽを向く
「さて、講義も終わったところだし寝ることにしますか。忠雄さんどうする一緒に寝る?」
「いいや、いいじゃあなお休み」
妻の冗談を流し俺は部屋の外へと歩みを進める
「あの時はありがとう」
「何か言った?」
「いいや何もお休み」
「うんおやすみなさい」
そういえばあの時のお礼も言えてなかったな・・・・・いつかきっと言えるようになったらきちんと言わないとだめだよな
俺はそんなことを考えながらドアを閉めた