【ホットミルク】②
「実は、次期朝の王と夜の王の候補が決まったの」
私はヨルトに報告する。
「本当か?」
「日本人にも候補者はいたのだけれど、断られたんだ。まぁ、普通断るよね。時の国の住人の子供の二人が高い能力者だったんだ。快諾してくれたんだ、ヨルトに伝えようと思っていたの」
「これで時の国も安泰だな。夢香もアサトとの結婚は国が違うと色々障害があると思うけどさ、愛があればなんとかなるって」
「掛け持ちで時の国とこちらの生活ってできないかな?」
「できるとは思うけど、実質日本だとおまえは独身だよな。アサトは日本に国籍がないからな」
「今はまだ高校生だから大学に進学だってするし仕事もするし、結婚なんてずっと先の話だけどね、ヨルトは夢とかあるの?」
あれ、私、すぐにでも結婚って思っていたのに、将来のビジョンを描けるようになってる? 短期間で働く楽しさを感じられたからかもしれない。社会の一員として何かをすることは労働であり対価がある。自立した大人になりたいと漠然と私の中で描くことができたように思う。
「そんなこと言ってたらあっという間にばばあになっちまうぞ。俺は日本で勉強して仕事をするという夢がある。断固、時の国には戻らないという気持ちは変わらないけど」
「じゃあ、別な人が夜の王を継承することはOK?」
「大変だろうけれど、アサトが認めた子供なら大丈夫だろ。俺は継承権を放棄しているから今更意見する権利もないし」
強い意思を見せる瞳はきれいな透き通ったブルーのような色を放つ。長い手足に端正な顔立ち、つい見とれてしまいそうになる。私はうっかり見とれてしまった自分を正すようにとりあえず会話をはじめる。
「この服着ていると、ヨルトに包まれているみたい」
Tシャツの裾をつまみながら茶目っ気たっぷりに言ってみる。
「はぁ? 何言ってるんだよ。馬鹿かお前は」
意外にもヨルトは照れる。女性慣れしていそうなのに、変にピュアなところがある人だ。二人だけの空間はちょっと緊張と甘い空気が漂う。目と目が合う。Tシャツ姿のヨルトはいつもとは違って、部屋着という雰囲気が近い存在に感じられた。一定の距離を保ちながらおしゃべりを続ける。
「今は成り行きだけど、二人でいるんだから、楽しもうよ。だって……なかなか会えないし」
「そうだよな……俺たちって結構波長合うと思わないか?」
「アサトさんと一緒にいると緊張するんだよね。ヨルトは同級生みたいで壁がないんだけどさ」
「だいたい、彼氏にさんづけってどうかと思うぞ。なんで俺のことは呼び捨てなんだよ」
「アサトさんは年上だし、見えない壁があるの。デートも1回謝りたいと言われた時だけだし。優しいけれど、遠いんだよね。アサトさんは私に対しても丁寧語だし。まひるには丁寧語は辞めたみたいだけど。義理だとはいえ、妹だから近いのかな?」
「ああみえて18歳の美女だからな。まひるに妬いてるのか?」
「ち、違うよ。そういった感情にならないんだよね。アサトさんが聖人君子みたいな存在で」
「アサトってさ。小さい時は俺よりも悪ガキだったんだぞ。いつのまにか成人君子になったみたいだけれど」
「意外!!! 小さい時の話を聞かせて」
ヨルトの話は芸人並みに面白くて思わず聞き入ってしまう。もっと聞きたいと没頭していると、乾燥機の終了音が鳴る。これで帰りの時間が近づくさびしさが心の中で芽生えていたが、決して顔には出さない。
「乾いたな、着替えてこい」
「もっと話聞きたい!!」
「じゃあ今度店に来いよ」
「でも……彼女さんいるでしょ?」
「彼女は最近来てないんだ」
「うまくいってないの?」
「そうじゃなくて。彼女の部活が忙しいから」
うまくいってるんだ……。別に人の不幸を願っているわけではないのだけれど。甘く酸っぱい時が流れた。長いようで短い時間だった。時間の流れはその時によって早く感じたり長く感じるもので不思議だと思う。そういった時をつかさどる国の王になる血筋なのはすごい人なのかもしれない。肩と肩が触れ合わない程度の距離で私たちは離れることもなくそれ以上近づくこともない関係を保つ。それは、とても心地の良い時間だった。
「制服も乾いたし、洋服貸してくれてありがとう。これ、洗ってくるよ」
「いいよ、俺が洗っておくから」
「じゃあ今度お礼するね」
「期待してるぞ」
私は、雨が少し弱くなってきたのだが、ヨルトの傘を借りた。そして、ヨルトは私のことを最寄りの駅まで送ってくれた。
「暗いから気ぃつけろ」
やっぱり優しい。私は浮足立っていたと思うが、それを悟られないように帰路についた。
♢♢♢
(ヨルト視点)
夢香が帰った。静かになった店で一人になった俺は……彼女が着ていたTシャツと短パンをを洗わずにそのままそれを着てみた。何か間違っているだろうか。でも、洗ってしまったら夢香のぬくもりとか全てがなくなってしまいそうで……。少しだけ味わっていたかったんだ。彼女との心地いい時間の余韻に浸りたかっただけなんだ。何も悪いことをしているわけじゃないぞ。ただ自分の服を着ているだけだ。




