第八話「神の使い”からあげ”」
馬車での移動は俺が想像していたよりもずっと辛いものだった。
「ロロット、一回止めてくれ」
もうこれで三回目になる。俺はふらふらと茂みに入り、最早水分のみとなった熱い液体を吐き出す。二回目からは学習し水筒持参は忘れない。俺は水で口を濯ぎながら馬車に戻る。
「なんでロロットは平気でいられるんだ?」
馬車に戻った俺はこの状況を打開するため全く酔っていない様に見えるロロットへ質問する。
「私は馬車で酔ったことはないので分かりませんが、慣れじゃないですか?」
元々酔わないタイプか、羨ましい。
これでも着々と王都に向かって進んでいて、あと二時間もかからずに到着する様だ。
俺は少しでも酔わないようにと外の景色を見るため、馬を引くロロットの横まで移動する。そこで雑談しながら進んでいると大きな石の塊が目に入ってきた。
「あれが王都ローシェルですよ~」
「あれが全部?」
「そうですね~。私は城下町を少し歩いたくらいですけど村が何個も入りそうでした~」
近づいてみると王都の大きさがよくわかる。城下町に繋がると思われる門だけでも圧巻だ。門の奥に見える宮殿らしき建物は、さらに大きい規模になるのを思うとまさしく王都といった印象だ。
「馬車があるので門で許可を取ってきますね」
ロロットがそう言うのと同時に鎧と兜を付けた兵士と思われる門番がロロットへ止まるよう合図する。馬車を止めると、どこから来たか、目的、招待状の有無の確認後、荷物検査を済ませ、俺たちは城下町へと入る。今度は祭りへの出店出店の手続きだ。
「アリエットの雑貨屋、出張店舗担当のロロットです。出店の場所取りと受付をしに来ました」
「招待状は、確かに。希望の出店場所はございますか?」
「去年と同じ、大通り手前がまだ空いてればそこがいいですね」
「畏まりました。ご希望に添えない場合はランダムでの割り当てとなりますのでご了承ください。受付終了までまだ時間がありますので、後ほどまたいらしてください。それまで馬車はこちらでお預かりします」
俺たちは案内に従い馬車を預けると、時間を潰すための散策に出かける。
ロロットに祭りで賑わう大通りから左右に伸びる大道芸が所狭しとパフォーマンスをしている小道と城下町本来の料理街を案内してもらう。二人並んで歩くその姿は、傍から見ればくっつききれない初々しいカップルにでも見えているのだろうか。
「ユウタさん、お腹空いてます? 美味しいパフェを食べれる処があるんですけど寄ってみません?」
「へえ。」
女の子とパフェを食べに行くなんてまるでデートみたいだな。前世の俺ではあり得ないイベントに自然と鼓動が高まっていく。
「前に王都へ来たときに食べた、ここのパフェが美味しかったんですよ~!」
ロロットは溢れんばかりの笑顔で喫茶店へと歩みを進める。
喫茶店の中はカップルであふれていて、少し気恥ずかしい。
「なあ、ロロット。ここってカップルばっかりじゃないか?」
「はい、カップルさんが多いですね~」
ロロットはだからどうしたと言わんばかりに返事をする。俺のことを異性として意識していないみたいだ。なんか俺だけロロットを意識しているのも悔しいので、俺も平静を装う。
「ところで、この店のおすすめはなんだ?」
おしゃれな店とは縁のなかった俺は何を頼んでいいか分からず、メニューの決定権をロロットに委ねた。
「そうですね~、王都名物の宮殿パフェは……食べ切れなそうですし。フルーツパフェがおすすめです!」
「そうか、じゃあ俺もそれを頼もう」
ロロットはウェイトレスにパフェと紅茶を頼み終わると、ふと俺の方を見つめた後に俯き口元をもごもごさせる。
<ちょっとデートみたいかも>
俺は飲んでいた水を思わず吹き出しそうになり、思いっきりむせてしまった。
「大丈夫ですかユウタさん?」
ロロットはハンカチを出して俺の顔を拭いてくれる。
「ああ、大丈夫だ。それよりデートって」
「えっ? 私そんな事いってましたっ!?」
<えっ、どうしよう。心で思ってたつもりなのに口に出ちゃってた!?>
若干パニックになったロロットを落ち着かせるため、俺は運ばれてきた紅茶を飲むように勧める。
「多分、俺の聞き間違えだ。それより紅茶が来たから飲もう」
ロロットは、紅茶を飲むことで少し落ち着いたみたいだった。
俺は運ばれてきたパフェを食べながら、ロロットの言ったデートという言葉を反芻し一人でニヤニヤしていた。
「ユウタさん、ごちそうさまでした」
店を出ると、ロロットがお礼を言ってきた。
「いつもお世話になってるし、そのお礼だよ」
俺は若干軽くなった財布をしまいながら答える。
「そろそろ出店場所が決まったと思うので、私が行ってきますね。ユウタさんはもう少し王都を観光しててください」
「いや、俺も一緒に行くよ」
「ただ話を聞くだけなので一人で大丈夫ですよ~。ユウタさんは出店に立つ時のために、すこし街を見て回って雰囲気を掴んでください」
「わかった」
確かに、他の店や街の状況、道を知っておいたほうが良いだろう。
多分、王都に店を構えている店舗も祭りの時は出店としても出すだろうから、ライバル店になりそうな店の視察もしておこう。
街を探索していると、何やらいい匂いをさせている出店を見つけた。店主はパチパチと音を立てながら揚げ物をしている。前世で見慣れたこの料理を異世界でも見られると思わなかった。
「唐揚げ」
神が遣わしたであろうこの至福の料理は、俺の大好物だ。そう言えば、前世では学食で毎日唐揚げ定食を食べていたおかげで、学食での俺のあだ名は唐揚げ君だったな。今ではもう懐かしむようになってしまったことを思い出しながら、この世界での唐揚げの名称を尋ねる。
「親父、この料理の名前はなんて言うんだ?」
「ん? 唐揚げのことか?」
どうやら『唐揚げ』はこの世界でも『唐揚げ』らしい。
「そうそう、唐揚げ。親父、揚げたてを一パックくれ」
「あいよ、銀貨二枚だよ」
「親父、いくらなんでも高くないか?」
村で過ごした俺の感覚では、銀貨一枚あたり日本円にして約千円だ。
いくら祭り価格とはいえ高すぎる。俺を田舎者だと思ってぼったくってるに違いない。
「高いと思うなら買わなくて良い、買ってくれるお客さんは他にもいる」
せっかくの楽しい祭りに水を差された気分だ。
「ぼったくられなう! 唐揚げが一パック二千円とか正気か? どうがんばっても、千円くらいが限度だろ、ツイート」
前世の俺なら間違いなく晒し上げていた。唐揚げであくどい商売をする人間は許せない。
俺の正義感が再び火を吹きそうになると、ふと、以前見たような青い鳥が俺の頭上を飛んでいるのが見えた。全身青の鳥とかやっぱり見慣れないな。あれを唐揚げにしてもうまくなさそうだな。そんな失礼なことを考えていると、突然唐揚げ屋の親父が俺に唐揚げを差し出してこう言った。
「冗談だよ冗談。お前、王都に出店を出しに来たヤツだろ? ライバルが俺の店の味を盗みに来たかと思って値段を吹っかけたが、お前のその目は真に唐揚げを愛しているやつの目だ」
俺に唐揚げの入ったパックを持たせると、親父はジェスチャーで食ってみろと合図する。
「うまい、今まで食べたどんな唐揚げよりもうまい。からりと揚がった衣は、唐揚げの持つ肉汁を余さず包み込み、唐揚げ自体の下味も完璧だ。そして何より肉質が良い。適度に運動した鳥だけが持つ上質な油と筋肉が絶妙に混じり合い、なんとも言えないハーモニーを醸し出している。決して硬すぎず、柔らかすぎず、健康的な鳥しか出せない歯ごたえはどんなに称賛を送っても足りることのない。そして、この鳥を扱うためにどれほどの研鑽を詰んだのか、適切な揚げ温度、タイミング、このどちらが欠けても――」
「ストップ、ストップ。褒めてくれるのは嬉しいんだが、若干周りがドン引きしてるぞ。でもよく一口食べただけでここまでこの唐揚げの魅力を語れるな。やっぱり俺の目に狂いは無かったみたいだな」
正直、この唐揚げには銀貨二枚の価値は充分ある。最初にこの魅力を見抜けず高いとだなんて抜かした俺に説教をしてやりたい。
「親父、良いものを食べさせてもらった。銀貨二枚だったな?」
俺は、親父に銀貨を差し出す。
「さっきも言っただろ冗談だって。唐揚げの定価は銅貨六枚だ。ほら、銅貨四枚のお釣りだ」
親父は俺から銀貨一枚を受け取ると、お釣りとして銅貨を返してくれた。
「兄ちゃんになら、俺のスペシャルを食わしてやりてえ。祭りの期間は忙しすぎて出せないんだが、普段はちゃんと仕込んでるから、祭りが終わったあと王都に来る機会があったらぜひ俺の店に寄ってくれ!」
俺に唐揚げフレンズができた瞬間だった。
親父におまけで一個増量してもらった唐揚げを食べながら王都を探索していると、さっき見た青い鳥が上空を飛び回っていた。唐揚げをもう一口、口に運ぶと突然青い鳥がこちらに向かってきた。
「おい! 唐揚げはやらんぞ! こっち来んな! あっち行け!」
鳥が唐揚げを欲しがる訳がないのに、俺は必死に唐揚げを守ろうとする。
鳥は俺の周りを三回転半すると、俺の肩に掴まり羽を休める。
なんか、モンスターでマスターになる国民的アニメの主人公みたいだな俺。
「おい! 降りろって! おいってば」
俺は必死に鳥に語りかける。しかし、鳥は全く気にすること無く俺の肩に居座り続ける。
俺は鳥の意図を図りかねていると、鳥は俺の持っている唐揚げに全視線を集中させていた。
「お前やっぱり唐揚げを食べたいのか?」
鳥に言葉が通じるわけ無いと思いつつ尋ねてみる。すると、俺の肩に乗った鳥は大きく何度も頷いていた。
まじかよ。言葉通じたよ。しかもこいつが唐揚げを食ったら共食いじゃね。
俺は若干この世界の食物連鎖に恐怖したが、よく考えたら世界は弱肉強食、唐揚げにされるような鳥は食べられても仕方ないと納得した俺は、唐揚げを手に乗せ、鳥に対して食べるように合図すると、手のひらに乗り移り貪るように食べだした。
「痛て! 俺の手のひらまで食ってるから! 血出てるから!」
鳥は唐揚げと俺の血をすすり満足そうにしている。
「食ったんなら帰れよ」
手のひらまで食われた俺は若干不機嫌になり、鳥に帰宅を促す。
「からあげごち! もっとたべたい!」
今、なんか聞こえたような。
「ねーねーからあげ、からあげ」
こいつ喋った!? 鳥なのに? 俺は目の前の光景が信じられずに呆然としていると、鳥は更に唐揚げを催促してくる。
「からあげーからあげー」
「お前……話ができるか? 鳥なのに」
「できるよ! ねーねーあるじー、からあげもっとちょーだい!」
「誰が主だよ」
正直こんな鳥になつかれても困る。しかも喋るし。
「あるじがあるじだよー。あるじの血でけいやくしたもん!」
まじかよ、唐揚げをたかりに来てついでに契約していくとか、ヤクザもびっくりだわ。
「だから、ぼくのなまえを決めてー」
「それは強制なのか? それとも任意か?」
なるべく面倒なことは避けたいし、そもそも契約とかしたくないんだけど。名前を付けなければ勝手にクーリングオフとかされないかなと、一縷の望みをかけて聞いてみる。
「んー、つかいま? になまえをつけないとめがみさまにおこられるよー。てんばつ? がくだるみたい」
めちゃくちゃ面倒なルールなものだ。俺は仕方なしにこの鳥に名前を付ける。
「じゃあお前”からあげ”な」
「からあげ! いいなまえ!」
適当につけた割に結構気に入っているようだし、からあげでいっか。
「めがみさまからおつかいをたのまれてきたよ! なんか、すきるのせつめい? だって」
あの女神、結構気が利くじゃないか。まあ最初から説明しとけって話だけど。俺はからあげにスキルの説明を促すと、からあげは俺のスキルについて説明を始めた。女神から与えられたスキルを要約するとこんな感じらしい。
・ツイート:〇〇、ツイートと言うと現実になるように世界の力が働く。ただし、あまりに非現実的な事は不可。また、回数制限等があるらしいが詳細は不明
・フォロー:誰かを注目すると脳内に直接聞こえるように鮮明に聞き取れる
・フォローワー:自分を信頼してくれている人。多く集めると良いことがあるらしいが、現状はまだ不明
・リツイート:フォローで聞いたことをフォローワーの脳内に転送することができる。ただし、どの程度の効果が出るのかは、対象者次第
・いいね:その人と目が合う
そういえば、ツイートと口ずさんだときに、確かに俺の口に出した言葉が現実になった事があった。何度か思い当たる節がある。しかし、どこまで出来て、何回くらいできるのか不明な点は多い。また、他のスキルもそこそこ便利だが、超強力とまでは言えないだろう。使い所をしっかりと考えなければいけない。
俺の見立てだとツイートに関しては、十分チート級に当たる。グッジョブ女神! 俺が今やるべきことは、このツイートがどの程度使えるのか調べることだ。
取り敢えず俺はツイートの練習をすることにした。
「来たれ、漆黒の闇、ツイート」
何も起こらない。
「太陽よ、今すぐ沈め、ツイート」
何も起こらない。
「雲よ、太陽を隠せ、ツイート」
何も起こらない。
……どうやら天候等は操作できないらしい。
「そこの女、俺に告白しろ、ツイート」
何やら痛い奴を見る目で見られた。当然告白などされない。
「そこの男、欠伸をしろ、ツイート」
あ、欠伸した。このくらいなら行けるのか。
俺は更にツイートの効果を調べるべく、出店で商品の値引き交渉をしてみた。
「お姉さん、この指輪まけてくれない? ツイート」
あ、おまけしてくれた。
「あるじー、今のはツイートの効果じゃないよー。かいすうせいげんにひっかかったよー」
そこまで使い勝手は良く無いな。俺は思ってたよりも効果の範囲が狭いこのスキルの現実に肩を落とす。
「なんかー、すきるれべるがあがればもっともっとよくなるよーってめがみさまが!」
「スキルレベルの事か? どこで確認するんだ? そして、どうやって上げるんだ?」
「んー? わかんなーい」
こいつは肝心な事を聞いていないな。そのうちレベルは上がっていくと信じたい。取り敢えず現状を確認した俺はそろそろ祭りの時間が近いことに気づき、店に戻ることにした。
「これから店に戻るけどもう喋るなよ」
「わかったよーあるじー」
「だから喋るなって」
この先が大分不安だが、まあなんとかなるだろ。俺はからあげを肩に乗せ、ロロットの待つで店へと歩みを進めた。
俺が出店に戻るとロロットは既に店を開き販売を始めていた。
「お帰り。ユウタさん」
「すまない、遅くなった」
もうすでに出店には三人ほどの客が各々、好きな雑貨を手に取り選んでいた。
「ちょうど今開店したばかりなので大丈夫ですよ~」
俺は店の中に入り、仕事を始める。
さすがは王都の祭りだ、客足は途絶えること無く用意した雑貨はどんどん売れていく。次から次へと商品を求める客の対応にロロットも俺も少し疲れ気味だ。客足が落ち着いてきたのは夕方になってからだった。
「やっとお客さんの数も落ち着いてきましたね~」
「毎年祭りはこんな感じなのか?」
「大体こんな感じですね~。でも今年はいつもよりお客さんが多い気がします」
ロロットは向かいの出店で売っていたジュースを飲みながら王都の祭りについて、説明してくれる。
「この後は、ショーをやったり、花火を打ち上げたりするんですよ」
ロロットは、毎年楽しみにしている花火のことを嬉しそうに話す。
夜は店を閉める予定だから、もしかしたらロロットと一緒に花火を見れるかもしれない。そんなことを期待しながら、俺は接客を再開するのだった。
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