第五話「ブーンミード」
「疲れた、死ぬほど疲れた」
慣れない客商売で消耗した俺は、閉店後の静まり返った店内の片隅でダウンしていた。
「初めてにしては、なかなか様になっている接客だったよ」
隅っこでげっそりしていた俺に、ママンは優しく声をかけてくれた。
「やっぱり、接客は俺に向いていないと思うんですけど……」
ママンが褒めてくれてはいるが、どう考えてもバイト代を貰える働きではなかった。
お釣りの計算は間違えかけるし、声が大きい人の接客中にはどもってしまうし、思い出すだけで自己嫌悪だ。
「初めから何でもできる人なんていないんだよ。今日よりも明日、明日よりも明後日と少しずつできることを増やしていけばいいと思うよ」
そう言ってママンは俺の頭を撫でてくれた。
「それにロロが初めて店に立ったときは、もっとすごかったからね」
「もう、その話はいいじゃないですかっ!」
ママンとロロは、俺を元気づけようと普段よりも明るくじゃれ合いながら、笑顔で閉店後の片付けを進めている。
ママンとロロのやり取りは親子の様でいて、姉妹の様でもあり、深い絆を感じた。
「じゃあユウタには今日一日お疲れ様ってことで、今日の分のバイト代をあげよう」
そういってママンは俺に封筒を手渡す。
「本当だと給料日は月一回なんだけど、何か事情もあるみたいだし特別に日払いにするね。でも、無駄遣いしちゃダメだよ。一部は貯金すること」
俺は先ほど貰った封筒の中身を確認する。銀貨が八枚、銅貨が二枚入っていた。
俺は人生で初めて汗水垂らして稼いだ給料の重みを知る。この給料は前世で他人の炎上で稼いだ広告収入とは比べものにならない。
「大切に使います」
自然と出た言葉だった。
ママンは何故か嬉しそうだ。そして、突然思い出したかのようにママンが手を合わせる。
「そうだ、ロロとユウタは今日の晩御飯をシッポ亭に行って食べてきてくれるかな」
「シッポ亭ですか~。わかりましたけど急にどうしたんですか~」
「実は昼にメニルと会って、ユウタの話をしたら一度連れてきてって言われたの」
ママンは一体どんな話をしたのか気になるが、それよりもロロットと食事に出かけることデートのように感じてしまい、童貞の俺は今更ながらドギマギしていた。
「ママンは行かないんですか?」
「私は自治会の寄り合いがあって遅くなるから後でゆっくり食べるよ。それにロロはユウタとデートしたいんじゃないのかい?」
「もうっ、からかわないでください」
ママンはポケットから銀貨を二枚出してロロットに渡す。
「お小遣いあげるから二人で行ってきて」
「ママン、今日の食事代は俺が出すよ」
「ユウタさん、さっき貯金しろって言われてたじゃないですか!」
俺の初めての給料で、異世界に来た時ロロットに助けてくれたお礼がしたいというのは自己満足なのかもしれない。それでも俺は何かしたかった。
「大丈夫、『一部』はちゃんと貯金するつもりだ」
ママンはこうなることを読んでいたかのようにニヤつきながら、ロロットから銀貨を回収する。
「んー、じゃあユウタにごちそうしてもらいなさい」
雑貨屋を出た俺たちはどこも寄り道することなく、真っ直ぐにシッポ亭へと向かう。一定間隔で並ぶ大きめの窓から広がる淡い光が目を引き、食欲そそる肉の焼ける匂いを振り撒く建物の扉をロロットが開ける。
中は丸や四角のテーブルが大体二十はあるだろうかというくらい並び、客もウェーターも楽しそうな表情で会話を楽しんでいるようだ。客数も店いっぱいに近いくらいに入っていて町の人気店といったところか。
「メニ姉さ~ん、こんばんは~」
「ロロちゃん来たね。今日は珍しいお客さんも一緒だろ? あとで席に行くから取り敢えず何を食べるか選んでて!」
声しか聞こえなかったがメニルさんとロロットは仲が良い様で、ロロットは奥の厨房に近い丸テーブルを選んで腰掛ける。俺はロロットが引いてくれた隣の椅子に倣って座る。
メニューには炒め物が多い。疲れた体にはよく沁みそうだ。
「なあロロット。ここにはよく来るのか?」
「大体週に二日くらい来てますね~。メニュー、たくさんあって悩みますよね。因みに私のおすすめは肉肉野菜炒めですっ!」
肉肉? こっちの世界の料理は、どうやら俺の知っている料理と少し違うらしい。言葉はわかるようにしてもらったが、常識までは教えてもらってないしわからないことでいっぱいだ。まあ、ロロットがおすすめするのだからそこまで変な料理は出てこないだろう。そう思い、素直にロロットのおすすめを食べることにした。
「じゃあ俺はそれにしようかな」
それを聞いてロロットは手を上げ、ウェイターとアイコンタクトをとる。だが合図を受けたと思われるウェイターは来ようとしない。
「お、ロロってば今日は男連れか? さては、ロロのコレだな~?」
後ろから急に声を掛けられ俺は驚きながら振り返る。そこにはきれいな金髪サイドテールをたなびかせているウェイターが藍色の眼をキラキラさせながら立っていた。
「むー。なんでソルテまでそういう関係にしたがるのっ! ユウタさんは記憶喪失で森に倒れてて……」
ロロットがこれまでの経緯を説明し始めた。必死に説明しているロロットの話をソルテはニヤニヤしながら聞いている。
こいつ絶対ロロットのことをからかって遊んでいるな。焦っているロロット可愛さに癒されながら、俺はニヤニヤを隠さず二人のやり取りを眺める。
「もうっ、ソルテってば聞いてるの?」
「聞いてたからねっ。取り敢えず、ご注文は?」
たぶん聞いてなかったソルテは、誤魔化す様にオーダーを取るのだった。
「二人とも肉肉野菜炒めを定食で。あと、ブーンミードも二人分ね」
ソルテはご注文承りましたと奥に戻っていく。俺は突如湧いて出た注文の中身をロロットに尋ねる。
「ブーンミードってなんだ?」
「あれ、もしかして飲んだことないんですか? 簡単に言うと蜂蜜で作ったお酒ですね」
見た目的にロロットは明らか俺よりも年下だと思っていたが、まさか年上!?
「酒って、ロロット今いくつなんだ?」
「十五ですけど?」
「えぇ!?」
俺のリアクションに店中の注目が集まる。ロロットも未成年飲酒を堂々とするウェーイ系の一面があるのか。
「ゴホン、知り合いの店だから未成年でも特別に酒を出してもらってるんだよな?」
「私は成人の儀は済んでいますよ。成人したばかりだからなのか、皆はあんまり大人として扱ってくれていないですけどね。その成人の儀で飲むお酒が今注文したブーンミードなんですっ! とてもおいしいのでユウタさんの分も頼んじゃいました」
この世界では十五歳が成人ということは、俺も酒飲めるじゃん。
「へえ。他にはどんな酒があるんだ?」
「エールとか果実酒とか、それと火酒も人気ですね。」
酒の種類にはあまり詳しくないが、なんとなく聞いたことのあるような種類ばかりだ。異世界とは言っても、どうやら食べ物にそこまでの違いはないらしい。
「そういえば、ソルテとは随分仲良さそうだったが二人は昔からの知り合いなのか?」
「ソルテはメニ姉さんの娘だから、小さい頃から一緒に育ったんです。まあ腐れ縁みたいなところもあるのかな~って思います」
どうやらロロットとソルテは姉妹同然で育ったらしい。そう聞くとさっきのやり取りも納得がいく。
「聞いてたよ! 実際ね、大親友だからね!」
器用に両手で肉肉野菜炒め定食とブーンミードを運んできたソルテは、仕事そっちのけで会話に割り込んできた。
「ソルテちゃん! こっちエールおかわり!」
冒険者のような格好をしたおっさんが、ソルテにエールの催促をする。
「今とっても忙しいから、水でも飲んでて!」
どうやら、ソルテはエール一杯の売上よりもロロとのおしゃべりを取ったようだ。
飯屋としてそれはどうなのかと思いながらメニ姉さんの方を見ると、全く気にしている様子はない。当然メニ姉さんは注意すると思っていたから、思わぬ展開に面食らっていると、冒険者のおっさんが突然震えだした。
「いやーソルテちゃんに冷たくされると、酒が進むなあ」
おっさんは、どこから出したかわからないが、明らかに強そうな酒をグイグイあおっていた。
「おっ、でたでた、シッポ亭名物のソルテちゃんとおっさんたちの掛け合い」
「いや~、ソルテちゃんは、私達それぞれの性癖に合わせていろんなキャラで接客してくれるから、一週間に一回はこないと満足できない体になっちゃうんだよなー」
「とはいっても、俺ら大体Mだからソルテちゃんに冷たくされたら満足しちゃうんだよなー」
この店思ったより闇が深そうだが本当に大丈夫なのか。大人になるといろいろ溜まって大変なんだろうと思いながら、運ばれてきた食事を取ることにした。
「おっ、肉肉野菜炒めっていうから野菜がメインで肉は脇役かと思ったら、すごい量の肉が入っているんだな」
「それは肉しか食べない冒険者に、なんとか野菜も食べさせようと思ってお母さんが考えたメニューだからね。名前も”にくにく”野菜炒めだし」
いつの間にか自分の分の飲み物を持って俺たちのテーブルに着いていたソルテがそう説明してくれた。
「ソルテ、ブーンミードのおかわりが欲しいです」
いつのまにか、酒の飲み干していたロロットがブーンミードのおかわりをねだる。
「ロロってば相変わらず飲むの早いな~。じゃあいつもので持ってくるね」
そう行ってソルテは一旦厨房の方に戻っていった。なにやら不穏なワードが聞こえたような気がしたがそれはあまり気にしないでおこう。
「ユウタさんはもしかしてお酒苦手でした?」
あまり減っていない俺のブーンミードを見てロロットは心配そうに声を掛けてきた。
「いや、あまりに美味しい酒なので、味わっていただけだから大丈夫だ」
正直、酒なんて飲んだことはないので、恐る恐る口をつけていた。今のところは大丈夫だが、いつ酔っ払うのか、自分のキャパがわからない。ただ、初めて飲む酒はとても美味しく感じていた。それは酒自体が美味しいのか、それともロロットと飲んでいる状況に酔っているだけなのかわからないが、少しずつ飲むペースは上がっていた。
「ロロットおまたせー」
さも当然のように、ソルテはバケツのようなジョッキを持ってきた。
「でかっ。誰が飲むんだよそれ」
思わずツッコミを入れてしまうような大きさのジョッキを前にロロットは満面の笑みを浮かべている。
「しかしロロはよく飲むねー。そんなに大酒飲みだと男の人に引かれちゃうぞー」
「えー、このくらいで引かれちゃうのかな」
「大体このジョッキで酒飲む人なんてロロ以外に二人くらいしかいないぞ」
そんな話をしながら、尚もロロットはジョッキを空にしていく。
「ソルテ、もう一杯おかわりがほしいれす」
「えーもう酔ってきてるんだから、もう一杯だけにしなよー」
そう言って再びソルテは厨房に向かう。
「ユウタさんものみましょうよ~」
ロロットはだいぶ酔っているのかしきりに俺に飲酒を勧めてくる。
だんだん酔いが回り、飲むペースが上がってきた俺は、ついに自分のグラスを空にした。
「ユウタさんはつぎ、なにをのみましゅか~」
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