第四話「ヌルポノムポ」
本当にロロットには感謝してもしきれない。喉が渇き体力も限界の状態で、これでもかと傷を負った俺を見捨てることもせず、水を飲ませてくれた。
辺りはもう夕日に照らされ、辺りに人影は見えない。俺たちはロロットの村へと再び歩き続けていた。
「何度もすまない。俺は置いて行っていいからロロットだけ先に村へ帰ってくれ。俺がいると歩くのも遅くなるし、この袋はあとで店の前へ置いておく。それに村まではこの道をまっすぐで着くんだろ?」
「村までは確かにそれで着きますけど、こんな状態の人を放って置けませんよ。手持ちのポーションは今はないですけど、家の雑貨屋にはありますからっ!」
お礼としてロロットの荷物を村まで運んでいるのに、心配ばかりかけてしまっているようだ。せめてあと少しちゃんと役目は果たそう。
「あと、さっきの「裁いてやる」とかって何のことを言っていたんですか?」
「……忘れてくれ」
灯りが見えてきて、二人の表情が少し明るくなる。
体の痛みは我慢できる範囲をとっくに越えているはずなのに、ロロットと会話していると、一時的にでも痛みが和らいでいる気がしていた。
「見えてきましたね。あれが私の住んでいる村『アリエット』ですっ!」
ロロットが指さした先には、決して大きくはない、しかし寂れているとも言い難い村があった。
ロロットが言うには、この村は、三大都市へと続く街道の最初の起点らしく、雑貨屋、宿屋、そして飯屋と、生活するには十分な環境が整っている。
また、三大都市行きの旅人が適度にお金を落とすため、村人の生活も、豊かとまでは言わないまでも何不自由なく暮らせているらしい。
都市で祭りが開催される際はこの村も大いに賑わい、外部からDQNも流れ込むが、普段は治安もよく、まさにスローライフを送りたいならうってつけの環境だ。
「ユウタさんこっちです!」
ロロットは俺の手を引き、他の建物よりも少しだけ大きな、木造二階建ての建物へ俺を連れて入って行く。
「ママン、このポーション使いますね」
ロロットは雑貨屋に着くなり、棚に陳列してあるポーションに手をかける。
遠くてはっきりとは見えないが棚の上段にある取っ手までついた良さそうな瓶だ。瓶の中身の色は彼女の髪と同じ黄色で、キラキラと部屋の光を受けて輝いている。
「いきなりどうしたの、ロロ」
階段から降りてくる音とともに、ママンと呼ばれた一人の女性が顔を出す。ロロットと同じく金髪で三十くらいの美人だ。ロロットの親にしては若すぎる気がするが、聞かないでおこう。
「あら、随分と酷い怪我をした人を連れて来たのね」
そう言ってママンもロロットと一緒にポーションを手に取る。
「いや、そこまで世話になるわけにはいかない」
俺は、内心焦っていた。ロロットが手にしているポーションは明らかに高級感に溢れ、その他のポーションとは一線を画している。
この世界の事情に疎い俺でも流石にわかる。
あのポーションの代金を払わなければならないとなると絶望的だ。
「世話になるわけにはいかないって、その恰好を見るにどうせお金が無いとかそんな理由でしょ? 今はそんなこと気にしないで。ロロ、彼を座らせて」
ロロットは俺を椅子に座らせると、二人はポーションの蓋を開ける。
周囲にはエナジードリンクの様な匂いが立ち込める。
ロロットはポーションを俺の口元へ近づけると、容赦なく顔面にぶち撒けた。
「って、飲ませるんじゃないのかよ!」
ロロットは、一瞬何を言っているのかわからないという顔をしたが、俺の叫び声は気にしないことにしたらしく、ポーションを傷口にかけていく。
ママンも同様にポーションをぶっかけてくれたが、心なしか少し楽しそうに見えたのは気の所為だろうか。
「まあ、女性にこう、いろいろかけられるのも悪くないなあ」
童貞なので、心の声が漏れてしまった。
「ん?なにか言いました~?」
どうやらロロットには聞こえていなかったらしい。童貞らしい発言をロロットに聞かれなかったのは幸いだが、何故かママンがニヤニヤしている気がするが、まあ気のせいだろう。
体の傷がほぼ治り、軽口を口ずさめるくらいには回復した俺は、避けては通れない目の前
の大きな問題を解決することにした。
「治療してくれたことは感謝する。すまないが支払いはもう少し待ってくれ」
金のない俺は、支払いを待ってくれるようにお願いする。
「そんなこと気にしなくていいんだよ。見たところロロと変わらないくらいの年だし、ここはお姉さんに甘えなさい」
そういって、ママンは俺を後ろから抱きしめる。ママンの柔らかいところが背中に当たり、思わずニヤけてしまった。俺のクールなイメージを損なわないように、意識して表情を引き締める。
<なんか、ユウタさんニヤけてる?>
どこからか、そんな声が聞こえた気がした。いけない、いけない、俺は紳士らしく、キリッとした表情で、ママンの感触を楽しんだ。
「ところで、ユウタくんはどうしてあんな怪我をしていたの?」
俺はママンに、記憶が無いこと、行き倒れになっていたところをロロットに助けてもらったこと、湧き水を飲もうとしたらDQNに絡まれて暴力を振るわれたことを説明した。
「そうなんだ、じゃあ記憶が戻るまでウチに居ても良いからね」
「いや、そこまで世話になるわけにはいかない」
初めてあった人に、二度も助けられ、その上生活まで頼る事に疑問を感じ、親切を断ってしまった。この言葉を聞いてもママンは心配そうに声を掛けてくれる。
「でも、外も暗いし、今日は泊まっていきな」
正直、ありがたい申し出だった。無一文で外に放り出されてもどうする当てもない俺は、ママンの好意に甘えることにした。
「ありがとう、今日のところは世話になろう」
こうして俺は、雑貨屋の二階に部屋を用意してもらい、今日の宿を確保できた。部屋の用意が整うまでの間、一階の雑貨屋スペースの掃除をしていた時、一枚の張り紙に気づいた。
『祭りシーズンアルバイト募集! 勤務時間は応相談! 未経験者歓迎!』
これはチャンスだ。今日の感じだとこの雑貨屋は女性二人でやりくりしているのだろう。助けてもらった恩を返す意味でも、ここで働くのは正しい選択なのではないだろうか? 明日ママンに聞いてみよう。
慣れない世界で過ごした疲れからか、用意してもらった部屋に入るや否や強い眠気に襲われ、俺の意識はベットに入ると同時に途切れた。
「店の壁にあるアルバイト募集は、まだ募集しているのか?」
俺は朝起きて直ぐに、一階で店開きの準備をしているママンに尋ねていた。
「ああ、あの張り紙のこと? もちろん募集中だよ。アルバイトだとポーション材料の調達と売り子が主な仕事。今は両方ロロットが手伝ってくれてるけど、王都の祭りが近いからね。働いてくれる人は基本大歓迎さ」
「そうか、ではここで雇ってもらえると助かる」
「雇うのは構わないけど、ここは客商売だからその口調は何とかしたほうが良いかな。お客さんには丁寧な口調で接客してほしいし、そんな口調だとロロットと仲良くなれないかもよ~」
最後のは冗談だと思うが、確かに客商売をする以上丁寧な口調は意識しないとな。
「わかりました。これからよろしくおねがいします」
「うん、良い返事だね。この喋り方のほうが男前だよ」
そうして、フリーターにクラスアップした俺は、幸運にもロロットの家に住み込みで働かせて貰えることとなった。
都市の祭りが近いということで、丁度アルバイトを募集していたらしい。ポーション代は要らないといわれたが、さすがに恩を受けたままなのは、むず痒いというか落ち着かないのでアルバイト代から支払うつもりだ。おそらく二週間も働けばポーション代くらい十分返せるだろう、今後の路銀もある程度は期待できそうだ。
因みにアルバイト中の品物の説明でやっとわかったのだがポーションには大きく二種類あるらしい。俺が顔面にぶちまけられたのが塗るポーション。主に傷、火傷や打撲など外傷的な治療に効果が高いらしい。そしてもう一つは飲むポーション。これはよくあるポーションで様々な痛みに対し満遍なく効果があるためどこの家にも常備されている様だ。俺はこの分類をヌルポノムポと覚えた。
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