冥銭戦略
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
むっふっふ、プレゼントボックスを開ける時っていうのは、なんとも気持ちが踊るもんなんだぜ。さあて、中身はっと……って、おい。保冷剤もなしにアイスを入れる奴があるか!
プレゼント交換で、よりにもよってアイスだぜ、アイス! この場で開けたからまだ原型は保っているものの、家に帰ってからだったら完全にアウトだったぜこいつ。
おのれー、嫌がらせか? それともガチで贈り物として突っ込んだつもりなのか? いずれにせよ底知れない悪意を感じるぜ。
開けてびっくり、じゃないが、今回は開けてみたことで「溶けかけのアイス」を観測することに成功したといえるだろう。もし開けなかったら、箱から染み出た「溶けたアイス」とご対面することになっていて、結果的にアイスを無駄にしなくて済んだんだ。
――なに? 「シュレディンガーの猫」みたいなことをいう?
色々と違うような気がするんだが……まあ、蓋を開けるまで何が秘められているか分からないという点では、共通していると思うぜ。
開ける者、閉じ込める者、昔からこの辺りをめぐっての研究、因縁は続いてきているようだ。ひとつ「密閉」に関する話、聞いてみないか?
長時間閉じ込めるものとして、有名なのは「埋葬」の手順だろう。
こいつは徹底しているぜ。暴かない限りは、中の者が自分をさらけ出すことはない。そして本人の遺体のみならず、殉葬や副葬品なんていうのもまた、永く閉じ込められてしまうものだ。
生前から亡くなった人物を慕っていた者が、再びあの世でお仕えできるように。愛用していたものを、あの世でも扱うことができるように、という意味合いが込められたものだと考えられている。
ご存じかと思うが、主君が死ぬと自分も続いて命を絶つことで、比類なき忠誠を世に示す例もあったとのこと。諸行無常の栄華や物品より、「死」という変わりないものに代えることが、何よりの名誉だったのだろうな。
おかげで死というものが蔓延した戦国時代。あまりに死が身近すぎて、その重さの感じ方がいささか倒錯している人物が現れることもあったという。
領内の開発に着手し、大きな富を手に入れていた、とある領主。しかし彼はすでに、他の大大名に従属していた。あまりに軍備を強化したりすると、要らぬ不和の種を招くかもしれない。
そう考えた彼は、死者の懐に、三途の川の代金と言われる「冥銭」を入れる慣習に目をつけた。一部の熱心な仏教徒やもののふにのみ、実行されていたこの行いを、彼は領民が死ぬたび、用意することにしたんだ。
「もはやわしに、天下を狙うだけの時流が巡ってくることはあるまい。しかし、死したのちならば別だ。あの世には脱衣婆あり、閻魔大王あり、向かうべき相手にこと欠くまい。
詰まるところが銭だ。あの世でも銭があれば、これまでの死者が成せないことが成せるかもしれぬ。すなわち冥界統一だ。
皆、わしらが作った銭を抱き、逝け。そして叶うのならば脱衣婆にすべて渡さず、服と引き換えにしても、銭のひとつは残しておけ。誰よりも多く銭をあの世にため込んだ時が、我らの興りよ。
死した後の極楽浄土。あの世に持っていった金を使い、我らの手で築いて見せようぞ」
あの世いちの金持ちとなる。
気まぐれと称するには、あまりに遠大な、領主の計画の始まりだった。
彼はまず亡くなった者に対し、葬儀が行われる数日の間で徹底的に生前の素行を調査。それに応じた冥銭を、懐に差し入れることにした。紙に描いた代用品などではなく、その役目を請け負ったものが、手間暇をかけてこさえた実物だ。
悪人ならば多めに。善人ならば少なめに。これは罪を計られる時に、罪が重い者ほど、金がかかるだろうという考えからだった。つまりは、地獄の鬼たちに対する「ワイロ」であり、免罪の意味を込めたお金だったわけだな。
しかし、「たとえ一銭であっても、手元に残しておけ。絶対、彼らにすべてを渡すな」と領主は厳命し続ける。そして彼らの懐に入れられた銭たちは、遺体と共に埋葬される。
当時は土葬が主流だったから、土の中に組み上げられた石の檻をもうけ、その中に遺体を入れて蓋をする。その後、加工が施されたりして、外から二度と取り出せない状態に置かれたという。
生者が蓋を開けない限り、これらの金は死者のもの。引いては冥府における、領主の資産となり、死した後に作られる第二の極楽浄土の資金となる。
「安楽を望む者、墓と死者を汚すことなかれ。さすれば死後、我が築く楽土へ皆を導かん」
そのような触れ込みでもって、領主は盗掘を戒めたという。
この方策、罵る者の数も多かった。
「楽土を築くと言いながら、どうして自分が真っ先に命を絶たない。先だって道を作ることが、上に立つ者の使命のはず。
所詮は自分の死を恐れ、他人の死ばかりに注文をつける、臆病者の卑怯者だ」
影ではこのように、領主を罵る声が蔓延していたらしい。
それを聞きつけた臣下たちの告げ口を受けても、領主は笑っていた。
「遅かれ早かれ、人は死ぬ。しかし死が絶対であるように、そのような口を叩く者たちの生もまた絶対。紛れもなくここに存在しているものだ。
いかに優れた力を持っていようと、方向を間違えたならば、たちまちのうちに無力と化す。わしのせいはその方向を正すためにある。先んじて死んだところで、それは後に残す者を無力へと誘う、指導者としての怠慢なり。
いかに蔑まれようと、生の延長にある死の道程。その標を刻むよう、動かねばならぬ」
それを聞いた臣下たちは、感じ入る者もいれば、腹を立てる者もいたという。
領主は自分の事業は、自分にしかできないと宣言したも同然なのだ。ここに居合わす誰一人、領主の代わりに正しき道程の標を示すに、足りない連中である、と。
――自分たちは信を置かれていない。自分たちの真価と忠誠を分かってくれない。
そう感じた者たちの一部は、離反や出奔をしてしまったそうだ。それでも領主はかつて自分に仕えていた彼らの最期を知ると、彼ら一族の墓の中に、死んでしまった彼らの分の金銭を、律儀に入れて回っていたとか。
そして時が経ち。領主にもいよいよ最期の時が訪れた。
遺言に従い、彼の葬儀は領民の誰よりも質素に執り行われたそうだ。そして葬儀に回す予定であった金を、すべて懐にねじ込むように、という要求もあったという。
その額もまた、領民の誰よりも上回る最高額。領主自身も生前、自分こそが一番罪深い人間であることを、自覚していた証だろうと、人々はうわさした。
体がぎりぎりで挟まる、石の檻。その中へあふれんばかりの銭で、懐が膨れ上がった領主の遺体が入れられる。これもまた外からは開かないように細工が成され、いよいよ死後の楽園の構築が始まるかと、計画に賛同していた者たちは思ったそうだ。
しかし、領主の初七日が済んだ時のこと。
墓前で経をあげる僧と、集まった人々の前で、不意に領主を弔った墓の地面に、ひびが走った。目を見張る人々の前で、大きく口を開いた地割れから、あるものが飛び出した。
石の蓋。埋葬の際、誰も外すことができないように加工し、完全に密閉空間を形成したはずのそれが、鞠のように軽々と空へ舞い上がったんだ。
そして領主の遺体が入っているはずの地中からは、紫色のもやが一気に吹き出してきたんだ。人の走りを上回る速さで迫るそれに巻かれた人々は、老若男女を問わず、着ている衣服がどんどんかき消えていく。
もやが晴れる頃には、そこにいた一同が裸体をさらすことになったという。同じことは、かつて領主が冥銭を入れて、葬った者たちの墓でも起こったんだ。そしていずれの墓にも、葬ったはずの遺体は骨一つ残っておらず、冥銭も見つからなかったという。
きっと、銭を渡さないことに腹を立てた脱衣婆が、服を取り立てて、なお足らぬ分を現世から巻き上げにかかったのだろう、とうわさをしたんだ。
第二の極楽が、冥土にいった領主の下で築かれたか否かは、誰も知らない。