2話 魔術確立
「続いて、新入生入学の儀に移ります」
入学の儀。新入生の入学を認め、祝うという意味で行う、魔術士育成学園での恒例儀式らしい。
儀式なんてかっこよく言ってはいるが、透曰く、ただ魔力の粉を振りかけるだけらしい。
舞台袖から、ゴロゴロというタイヤの音と共に、キラキラと光る金ピカの大きな杯が台と共に運ばれてくる。
小学生くらいならすっぽり入りそうな程の大きさで、表面には細かい装飾が隙間なく施されている。
美しく、よくできたそれに新入生が目を奪われる中、速見先輩は教員とアイコンタクトを取り、小さく頷いた。
速見先輩は一度目を閉じ、大きく深呼吸する。
そして目を開くと、口を小さく開いた。
「……転身」
そう呟きが聞こえた瞬間。速見先輩の体は、どこからともなく現れた光に包まれた。
金の杯がその光を反射し、体育館全体を照らす。
美しい、と。そこにいる誰もが胸を震わせただろう。
まるで体育館が、天の世界に、夢の世界に変わったような。そんな気がするほどだった。
数秒ほどすると、先輩を包んでいた光が頭の方から消えていった。
意識がはっきりした後、初めてある変化に気がついた。
黄色メインで白い装飾の、ゲームのような服。
首には懐中時計が掛けられている。
それは紛れもなく、あの時の服だった。
呆然とする新入生を横目に、司会はかまわず話を進めていく。
「クラス代表。一年A組、相浦一樹」
「は、はい!」
いきなり呼ばれるとは思わなかったのだろう、ぎこちない返事で立ち上がり、早歩きで舞台へ上がっていく。
A組じゃなくてよかったとつくづく思いながら、次の自分の番に備えて小さく咳払いをする。
「一年B組、碧岐ジュン」
自分の名前が呼ばれると同時に立ち上がる。
返事をするべく、大きく息を吸う。
ここはかっこよく、バシッと決めよう。
そのままの勢いで、全力の返事を。
「はぁゲホッゲホッ」
むせた。
その瞬間、横で透が噴き出す。
あぁ、やってしまった。一番恐れていたことをしてしまった。
小さな笑い声がところどころから聞こえる中、肩をすぼめながら舞台に上る。
うるさいうるさい。むせることくらい誰でもあるだろう。
階段を上ると、速見先輩が微笑みながら待っていた。
それはまるで俺を励ましているような、そんな笑み。
「一年C組、赤羽永火」
「はい」
次の生徒が呼ばれると、再び体育館は静寂を取り戻す。
今すぐここから抜け出したい。そう思った。
その後、八人全員の名前が呼ばれ、クラス代表は大きな杯の前に一列に並んでいた。
そんな中、俺はどうにかして時間を巻き戻せないものかと思いを馳せていた。
「我らが日の本の国を護るべく、我らの学園に集まりし三百二十人の勇者達よ」
俺の考えはよそに、入学の儀は進んでいく。いいぞいいぞ早く終われ。
「神の恩恵を承りて、大地を駆け抜ける風となれ。熱く、厚く、篤く。燃え尽きても尚走り続ける汝らの勇姿で、未来を切り開くため」
速見先輩がおもむろに杯へと手をかざす。
すると手のひらが不意に輝きだす。
その光を握りこむようにすると、速見先輩はこちらにスタスタと歩いてきた。
「じっとしていてくださいね」
そういうと、A組代表の相浦一樹の頭の上で、こぶしを振る。
握られていた光は粉となって、相浦一樹の全身を渦巻いた。
「この国が、この世界が、再び平和を取り戻す時を。戦争という名の悪魔を打ち負かす正義の制裁を持つ時を」
そのまま今度は俺に光の粉を振りまく。
視界の中で輝くそれを全身に浴びると、なぜか体が浮かび上がるような、そんな感覚がした。
ただの魔法の粉。そう聞いていたはずだが、その粉には何か不思議な力があるのでは。そう思わざるを得なかった。
真っ白になっていく視界の中で、大きな金の杯だけが、ずっと視界の真ん中に居座っている。
なにか聞こえた気がしたが、わからない。
このふしぎな杯がなんなのか。
そうかんがえることも、だんだんめんどうくさくなってくる。
「君はどうしてここへ来たの?」
わからない。どうしてここへ来たんだろう。
「君は何を求めるの?」
わからない。なにをもとめているのだろう。
「君は誰なの?」
わからない。ぼくはいったい――
パチン
指が鳴るのと同時に元の世界へ連れ戻される。
いつの間にか、八人全員の儀式が終わっていたようだ。
「これで、入学の儀を終わります。代表は席に戻ってください」
その言葉に促されるように、代表八人は席に戻る。
そのぎこちない動きからも、全員意識が飛んでいたことがわかる。何があったかなんて、聞くだけ無駄だろう。
呆けた頭で考える。
この儀式にはどんな意味があったのか。
それを知ったのは、それからどれくらい経ってからだろうか。
☆
知らない顔ぶれが集まる教室の中で、知り合いというのは実に助かるものだと改めて思う。
透の巧みな印象操作のおかげで、先の俺の失態はみるみるうちに笑い話へと変わっていった。
知らないところで馬鹿にされるよりかは、笑い話にされたほうがよっぽどましだろう。
透にはあとでみっちり説教でもしてやろうか。
「おーっし、お前ら席につけよー」
いかにもやる気なさげに生徒に呼び掛けたのは、うちのクラス、一年B組の担任となった神愛悠喜先生だ。
見た目は完全に幼j……とても若く見える。身長だけで言えば130cmくらいに見える。
その上服装はなぜかゴスロリで、銀髪の髪と無駄にマッチングしている。
教室で傘を突いているし、まさにアニメのキャラクターみたいだ。
しかし、そんな大人に見えないような彼女だが、本人曰く研究所長も兼ねているらしい。
入試で多少面識があるのだが、その時はとても驚いたものだ。今でも半信半疑なのだが。
「この後、お前らがお待ちかねであろう魔術の確立を行う。その前の予備知識としてお前らにいくつか教えておくことがある」
魔術確立。
それはつまり、神聖石の力で魔術を扱えるようにするということ。
とうとう夢だった魔法術士になれると、きっと誰しもが心を躍らせているだろう。
中にはガッツポーズする者もいるくらいだ。
「知らない奴はいないと思うが、まずは魔術について簡単に教える」
すると、先生は黒板に簡単な人の絵を描いた。
トイレのあのマークのような簡単な絵だ。
「魔術というのは、人間が生まれながらにして持つ"魔素"を引き出すもの。いわば、才能を無理やり増幅させると思ってもらえればいい」
先生は人の絵の心臓辺りを、ぐるぐると丸く塗りつぶす。恐らくは魔素を表しているのだろう。
そして出来上がった白い丸を、タンッと叩く。
「先に知っておいてほしいのは、こいつは簡単に操れるものじゃない。無理に扱う事は、そのまま自身を傷つけることと知れ」
何を言っているのかわからない、という生徒の顔を読み取ったのか、神愛先生はため息をついて話を続ける。
「遠回しに言い過ぎたな。順に説明しよう」
神愛先生の説明はこうだった。
魔術というのは自分で決められるものじゃない。
例えば、火を操る魔術が使いたいからといって、火を操れるとは限らない。というか、ほとんどの場合そうはならない。
自身を強化する魔術を使いたいからといって入学した奴に、相手を弱体化させる魔術が身につくことなんてしょっちゅうある。
自分の望み通りの魔術じゃなかったからといっていちゃもんをつけるのはやめろ。
その説明が終わると、生徒がざわつき始める。何人かは、そのシステムを知らなかったのだろう。
いや、知っていても尚、期待をする生徒もいたのかもしれない。
「まぁそんなことはどうでもいいな。問題はそこじゃない」
生徒の人生に関わる話を「そんなこと」で済ませる辺り、やはり見た目よりも大人ということなのだろうか。
「確立する前に、このバンドがお前らに配られると思う」
そう言ってカバンから取り出されたのは、小さな画面の付いたリストバンドのようなものだった。
そのバンドをみんなに見せるように持つ。
「MagicRunawayController。通称MRC。言葉の通り、魔術の暴走を抑えるための装置だ」
実際に神愛先生が腕に着ける。
ピロンという音と共に画面が光り、いくつかメーターやら数字やらが映し出される。
「これは体内に循環する魔力・魔素の流れる速さが一定の数値を越えると、流れを抑制するように出来てる」
抑制と先生が言った時、クラスの一部が嫌な声をあげた。
そんなのいらねぇよ。自由にさせろ。
次々と文句を投げかけるそいつらを睨みつけるようにしながら、先生は言った。
「付けたくなければ付けなくていい。ただ、私は職業柄そういうやつを幾度も見たことあるが……」
一度息を吐き出し、吸い込む。
一度閉じ、再び開かれた瞼が見せたのは、鋭く、体の小ささを忘れるほど強い針の形をした視線だった。
「そいつらが無事に生き残るところを見たことはない」
空気が張り詰める。
今、先生はこう言ったのだ。
死ぬかもしれない、と。
それは魔術の種類がどうとか、そんなことどうでもいいと思えるほど、深く胸に突き刺さった。
もちろん、「そんなわけないだろ」と笑うことも出来ただろう。
馬鹿馬鹿しいと吐き捨てることも出来ただろう。
しかし今、それをする生徒はいなかった。
全員信じてしまったのだ。
一時的にせよ、この先生の目を。
「まぁMRCを付けていて、魔術暴走で死んだやつはいない。私みたいに魔術をマスターしてるやつはいいが、学生の内は付けておいた方がいいってことだ。さて、次は……」
ピピピピピピ
突然鳴り出した音に話を止め、先生は携帯を取り出す。
少し話すと電話を切り、その旨を伝える。
「もう少し話しておきたかったんだが、まあいいか。さぁ、魔術の確立といこう。全員廊下に並べ」
行きたくないと思った生徒もいるだろう。
魔術なんて要らないと言う生徒もいるだろう。
中には魔術を使えることに喜びを隠せない生徒もいるだろう。
そんな生徒達の先頭で、別の思いを胸に立っていた。
可哀想に。
☆
魔術確立後、集められたのは体育館だった。
入学式では二三年生もいたのでそれほど広くは 感じなかったが、こうして見るとそれは圧倒的だった。
やろうと思えば野球だって出来てしまいそうだ。
一年生全員が入ってもなお、だ。
魔術を確立しそのまま集められたため、腕にはMRCが装着されている。
MRCを着けていない者を見かけないことからも、一年生全員、魔術の確立が終わったようだ。
点呼が終わったのか、先生同士で合図を出し合い、頷く。
「よし、それじゃあ今から行うことを説明する」
舞台の上で神愛先生が喋り出す。
生徒達はざわつきをやめ、舞台に視線を集中させる。
わざわざ教室ではなく、体育館に集まったのだ。それこそ何か魔術に関することでもするのだろう。
先生の言葉を聴き逃しまいと、全員が息を呑む。
静寂が体育館を飲み込んで数秒。神愛先生はゆっくり口を開く。
「今から班に別れて、それぞれ自己紹介をしてもらう。以上」
……それだけ?
一斉に生徒が喋り出す。
そんなもの教室でやればいいのでは。
舞台から降りようとした神愛先生を、他の先生達が止める。
そうではないと、軽く怒られているようだ。
だるそうに体を持ち上げ、再び口にマイクを近づける。
「あーわかった。じゃあ自己紹介する前に、お前らに魔術の使い方を教えてやる」
再び舞台に集中。
なんだこれコントみたいだな。
「使い方、というと語弊があるな。使えるようにする方法、といったところか。
丁度お前らも入学式でみたろ、速見が変身するところ。あれのやり方を教えてやる」
生徒の所々で歓喜の悲鳴が上がる。
気持ちは分かる。速見先輩のそれは、はっきりいって超かっこいいから。
それを今度は自分が出来るというのは、やはり興奮するものなのだろう。
明らかにB組の生徒の顔が暗いままなのは、恐らくあの担任のせいなのだろう。
「魔術というのは、内に秘めたる力、というものだ。そのままでは扱えない。
それを表に出し使えるようにするのが、"転身"だ。速見がやっていたのを丁度今日見ただろう」
入学式での速見先輩を思い出す。「転身」と、確かに言っていた。
しかしそれだけだ。転身、と言った後、すぐに速見先輩は光に包まれた。
方法なんて、そこからは何も分からなかった。
「速見は特に動かずに転身していたが、初めのうちはこのMRCを使い、特定の動きをする必要がある」
初めのうち、ということは、速見先輩のように転身するためには時間が必要、ということだろうか。
すると先生は左手首にMRCを付ける。
画面はついていないようなので本当に転身しようとは思っていないようだが。
というより、そもそも先生は転身出来るのか?
「まずは動きだけ見せる。よく見ておけ」