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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

単発恋愛系

結界がチートだって思ってました?

作者: 柏いち

 私は生まれ変わったのだ。

 四年前のあの日、あの瞬間。

 少しの期待と激しい憎悪を引き換えにして、代わりにうつくしく崇高な願いを手に入れた。

 ああ、と呻く。

 舞う雪はまるで祝福のように思えた。

 かじかんだ手だって気にならない。

 このお方のために長く無駄な人生を生きていたのだと、一筋の涙が頬を濡らした____。


 ***


「ほんとうに、無様なねえさま」


 扇で口元を隠してくすくすと笑う妹に肩で息をしながら辛うじて立っている私。勝敗は明らかだった。しかし妹__メリアーデは加虐の喜びを隠すこともせずにパチン、と指を鳴らしてみせた。

 それに合わせ地面から大きな蔦が飛び出し私の首に巻きつこうと一直線に向かってくる。


「そこまで!」


 目前まで迫ったところで審判の声が響いた。ぐしゃりと膝をついてメリアーデを見上げる。


「あら、つまらない。もっとねえさまと遊びたかったのに……」


 くすくすとメリアーデの声に続くように嘲笑とひそひそとした声が耳に入る。

 きっと、メリアーデとは大違いだとか祝福を授からなかった貴族だの好き勝手に言っているのだろう。ついこの前も言われたばかりである。正直なところ、レパートリーが少ない。


 私はラストニア王国で一番の学校、フランチェ学園の実践の授業がきらいだ。この授業では主に試合形式で実践での戦い方を経験する。

 そのなかで祝福をもっていない私は圧倒的に不利なのだ。祝福というものはこの国にしかないものだ。しかし、世界においてさえ圧倒的な力をもつ。

 基本的に貴族しかもたないこの力は魔法が使えるようになったり、鍛冶や料理などの日常スキルが格段にあがったりなどさまざまなものがある。


 私の家、アルストニス公爵家では代々強力な魔法の才能を祝福として授かってきた。

 兄はすべてを燃えつくすような炎の力を。

 妹はすべての植物を操れる緑の力を。

 弟はすべてをのみこむ水の力を。


 だが、私に祝福がもたらされることはなかった。

 父は母の不貞を疑いなんども私にそれ専用の魔法をかけて血の繋がりを確かめたようだったが結果はいつも変わらずに父を落胆させた。


 父はアルストニスに祝福をもたない人間が産まれたことをひどく嫌悪し私を呪った。

 母はそんな子供を産んだことに対してひどく後悔し私を恨んだ。

 兄妹たちは私を出来損ないと嗤った。

 まわりはそれをなにかの小説を読むように楽しそうに眺めていた。

 と、まあ私に味方などいないのだ。

 祝福がない私が妹や弟に勝てることはないし、なんなら他の貴族にも勝てた試しがない。


 先生が手を叩いて解散の合図をした。メリアーデも取り巻きを連れてくすくすと帰っていく。

 私も保健室に寄ってから屋敷に戻ろう。





「お前など産まれなければよかったのに」


 軽い治癒の魔法をかけてもらった身体を引きずり学園から屋敷に帰れば廊下で母に会ってしまった。

 母のこれはもはや病気だ。過ぎ去るまで俯いて聞き流すしかない。


「ここまで育ててやったことを感謝しなさい」

「はい、お母様」

「母と呼ぶなと何度いったら理解するの? ああもうお前が十八になるのが待ち遠しくて仕方ないわ」


 十八になったら私は縁を切られることになっている。十八で一般的に成人と扱われるからだろう。祝福なしの私を嫁に貰おうとする貴族はいない。祝福持ちの子が生まれるのは両親が祝福持ちであることが条件だとわかっているからだ。



 母の話を聞き流し、やっとのことで自室の扉の前へとたどり着いた。小さな音を立てて扉が開いた。

 またか。溜息が漏れる。

 目前には虫の死骸やらが散らばっていた。集団心理とは恐ろしいものだ。

 主人が厭う娘ならばどんな扱いをしても良いと使用人たちは思っているらしい。

 溜息を吐きながら処理をする。このあとは父に呼ばれているというのに困ったものだ。


 処理が終わり、軽く自室を掃除したがまだ少し時間が残っている。


 椅子に座って休んでいると窓をコンコンと叩く音が聞こえた。開けると一羽の黒い鳥が手紙を咥えながら飛びかかってきた。驚きながら受け止める。見知りの鳥だ。


「ありがとうね」


 黒い羽根を撫でてとっておいたパンのカケラを渡すと、嬉しそうに羽根をばたつかせて彼は主人のもとへ帰っていった。


 逸る気持ちを抑えペーパーナイフで手紙を開ける。二つ折りにされた紙を取り出す。

 そして飛び込んできた文字に目を見開く。

 意図せずに口角がゆっくりと上がっていった。


「ああ、やっと……」


 存外つぶやいたひとり言は部屋に響いた。



 父の書斎に向かおうと長い廊下を歩いていると前から兄が歩いてきた。この美しい兄は私をいないように扱う。とはいえ、今の私の顔はあの手紙によって緩んでいる。欲を言えば誰とも会いたくはなかった。


「父上のところに行くのか」

「……はい。呼ばれましたので」


 まさか話しかけられるとは思っていなかったので一瞬反応が遅れた、がどうやら兄は気にしていないようだ。

 そうか、と呟くと去っていってしまわれた。

 なにかあったのだろうか。

 そういえば今日は家族によく会う日だ。なんとも珍しい。



 軽くノックをしてチョコレート色の扉を開ける。同時に書類の奥で座った父が顔を上げた。


「座りなさい」


 ふわふわとしたソファに座る。部屋の椅子とは大違いだ。


「お前が成人したあとについての話だが。そうだな……まとまった金をやるからどこへでも好きなところへ行くといい」


 よほど私と話したくないのか前置きもなく本題に入った話にコクリと頷く。


「ただ二度と私の領地には踏み入らないでくれ。それなりの金はやるからどこか他国にでも行って平民として働きなさい。マナーや教養だけはあるから家庭教師として働くのでもいいだろう」


 マナー、教養。聞いて思い出す。

 私は四年前まで第二王子の婚約者候補だった。

 まだ祝福が与えられるのではないかと希望を捨てていなかった時のことだ。そのなかの教育として様々なモノを詰め込まれた。それだけは感謝してもいいかもしれない。


 第二王子はいまやメリアーデの婚約者だ。彼と共に過ごした日々にまったく思うところがないと言えば嘘になる。だが、祝福をもたない時点で考える余地などなく私は除外されたのだ。最早、祝福をもたないことは罪なのかもしれない。そこまで考えて苦笑してしまった。


 父がそんな私を見て口を開こうとした時だった。大きな音を立てて執事が転がり込んできた。



「旦那様!」



 ***



 アルストニスの人間が全員、一つの部屋に集まった。使用人達も家族も全て。

 メリアーデはなんの集まりなのかとしきりに母に尋ね、弟のミシェルは兄の横で私を睨んでいる。ミシェルが一番私を嫌っているかもしれない。

 全員が集まったことを確認してから、父は王のごとく鷹揚に話しだした。


「……イデラース国が我が国へ攻撃を仕掛けてきたと伝言があった」

「そんな! 友好な関係を保っていたのではなかったのですか?」


 ミシェルが女のような甲高い声を上げて父に詰め寄る。息をのむものもいれば目を見開くものもいる。イデラースは隣国の内陸国で貿易も活発に行う友好国だ。海産物をこちらが輸出する代わりに富んだ土地を持つあちらから農作物を輸入する。そうやって何十年も関係を保ってきた。驚くのも無理はない。


「……ですが、イデラースは弱小国です。ラストニアが庇護しなければすぐに他国に吸収される程度に。戦を仕掛けたとしてあちらが勝てるはずがありません」


 兄が淡々と述べた。父はそれにうなづく。


「怖いですわ、なんだか不気味」


 母と支え合うように立つメリアーデはか細い声でつぶやいた。


「大丈夫だ。ラストニアがここまで発展できたのが何故なのか忘れたのかい? この国は祝福と結界によって守られている。怖がることはないよ」


 父が優しくメリアーデに言い聞かせる。

 結界、ね。大声で笑いたい気持ちだ。


「この国はドーム状の結界によって守られていることは知っているね? 正式な手続きを取らなければ我が国に入ることはできない。結界が邪魔をするからだ。その上、王城にも結界が張られている」


 母が思い出した、とでも言わんばかりに目を開き体勢を整えた。


「今から、祝福持ちは王城へと向かう。祝福持ちが生きてさえいればこの国はなんとかなるからな……」


 随分身勝手な話だ。誰が土地を耕したのだろうか。誰がその服を縫ったのだろうか。

 平民がいなければ貴族という階級すら生まれないというのに。

 愚かさにいよいよ無表情を保つのが辛くなってきた。兄がこちらに目線を向ける。どうか、見ないでほしい。


「だから、お前はこの屋敷を使用人達と守っていろ」

「はい、わかりました」


 体のいい厄介払いといったところか。まあ、その方が私にとっても都合が良い。





 その三日後、父は母達を引き連れて王城へと向かった。





 使用人達はいつも通りだった。よほど結界を信頼しているようだ。まあ、仕方ない。今までも結界によって守られてきたのだから。


 父達がいなくなった二日後の夜。私は屋敷から抜け出した。使用人達は父に言われて私を見張っていたようだったが詰めが甘い。簡単に馬に乗って領地から出ることができた。


 星々はおぞましいほどに光り輝いている。目指すは国境近く。ここから一番近い国境へと向かう。

 この国の人間がここまで盲目的に結界を信じられるのは無知だからだ。彼らは知らない。どうやってこれがつくられているかということを。

 知っているのは王族と上級貴族だけ。私が知ったのは婚約者となるための勉強のなかであった。



 結界は人間の魂から成り立っている。



 これが何を意味するかわかるだろうか。

 そう、結界とは生きたまま埋められた人々によって成り立っているものなのだ。国境には多くの直接的に言って仕舞えば、死体が地中深くに埋められている。王城のまわりも同様だ。

 一体、何千人の人が埋まっているのだろうか。いや、何万といってもよいだろう。これらは全て平民だ。差別意識はここまでおそろしく悍ましいモノをつくりあげたのだ。これを笑わずにどうすればいいのか。


 一時間ほど馬を走らせれば国境付近へとたどり着いた。

 薄黄色の触ることのできない壁がある。


 この結界を壊す方法は一つしかない。埋まっている死体を掘り起こす__それだけだ。

 ただ、たとえその方法を知ることが出来たとして掘り出しているうちにラストニアの軍にやられておしまいだろう。


 だが、私にならば出来る。

 ()()()()を使えば。


 目を閉じて祈る。

 ……起こしてしまってごめんなさい。



 何かが蠢く音がする。

 次に目を開けた時には結界は消え失せ、そして周りには____。




 ***


 圧巻の風景だった。

 ほぼ全ての貴族がこの王城に集まっているのだから。イデラースが攻めてきているのに皆呑気なものでワインを片手に談笑している。


「殿下」


 振り向くとアルストニス公爵がいた。常に共にいる息子のディルドは今日はいないらしい。二日前に到着したとの知らせを聞いたが、色々と忙しく挨拶は出来ていないままだったので丁度良い。


「挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」

「いや、気にしないでくれ。私もここ数日忙しくてな……。メリアーデは元気にしているか?」

「ええ、とはいっても少し怯えている様子ではありますが」

「そうか……。まあ、結界があるとはいえ用心はしておいた方が良いだろうな」


 メリアーデは私の婚約者だ。とはいえ私は彼女を好いていないが。メリアーデは甘やかされて育ったせいか傲慢だ。所詮は力のある貴族との政略結婚である。


 そういえば、メリアーデの姉はどうしたのだろうか。父上に言われ、交流は無くなってしまったが彼女の穏やかな雰囲気が好きだった。聡明な彼女と話しているのは楽しかったし、婚約者になるはずだったのは彼女だったのだ。

 ……祝福をもたないという理由で婚約者として選ばれることはなかったが、友人として交流をしていたい人物だった。私が婚約者を決められたならば良かったのにと何度思ったことか。

 その上、父上と母上は私と彼女が関わることを良しとしなかった。


「そういえば、公爵」


 彼女もここに来ているのだろうか。

 尋ねようとしたところだった。

 大きな音を立てて一人の騎士が入ってくる。何度か見たことのある顔だった。広間で談笑していた貴族たちが何事かと眉を顰めてそちらを見る。

 肩で息をする騎士は息を吸って叫んだ。






「____っ国境の結界が破られました!」










「…………は?」







 最初に呟いたのは私だったか他の誰かだったかわからない。だが信じられないことだった。


「どういうことだ」


 青い顔をした騎士に尋ねる。先程までの賑やかさが嘘のように静寂に包まれていた。


「結界が破れて、イデラースの軍がこちらに向かってきています」

「結界は破られることはないはずだ」

「何故破られたのかわからないのです!」



 ヒステリックに叫ぶ騎士を見ていくらかの貴族たちが血の気をひかせている。それはそうだろう。

 何故ならばあれは、あの結界は。


「ひとまず、城内にいる貴族たちをここに集めてこの部屋の周りを守れ。来ている貴族が全て入る程度にはこの部屋は広い。母上や父上もだ」

「はいっ」


 程なくして貴族たちが集まって来た。

 アルストニス公爵も家族を呼びに一度広間から出ていったが、戻ってきた一行の中に彼女はいなかった。


「殿下」


 ヨファンだ。ヨファンと私は同じ学園に通う級友でもある。私が言おうとしたことを察したのか、ヨファンは小さく首を振った。彼女はここに来ていないらしい。結界が破られていない時であれば仕方ないとも思えた。だが彼女が危険ではないか。何故こんなにゆっくりと公爵はしているのだろうか。


 どんっと衝撃を感じた。


「……メリアーデ」

「アルさまぁ、私おそろしいです……」


 メリアーデは私の腕に縋った。婚約者なために無理矢理離すことも出来ず困った顔をすることしかできない。父上の元に向かわなければいけないので離れてほしい。


 先程と同じように数人の騎士がばたばたと駆け込んで来た。

 嫌な予感がする。



「__王城の結界が破られました! 」



 目を見開く。悲鳴がそこら中で上がった。


「何故だ? 騎士たちで王城を守っていたのだろう?」

「それが……イデラースの王の周りにいる兵士たちに何度攻撃しても復活するのです。まるで生き返っているかのように。いくらこちらの方が数が多く、武器の質が高くても減らない敵には太刀打ちできません」


 ふざけているのか、と叫びそうになる。

 ありえない。人が生き返るなど。



「まさか……死霊使いか?」



 誰かが呟いた。死霊使い、はるか昔の資料に名前だけが乗る祝福。



 ざわざわと広間が動揺に包まれていく。

 しかし、話す余地など与えない、とでも言わんばかりに次の瞬間爆音が鳴り響いた。



「あら、皆さまお揃いなのですね」



 鈴のように美しい声が響いた。壁が壊れた衝撃であがった白煙が収まった中現れたのはイデラースの王と……その隣に立つ彼女だった。


「レイティア……?」


 彼女の名を呼ぶ。レイティアはそれに反応を返さずにこちらを見ている。


「なっ……どうしてお前がそこにいる?!」


 アルストニス公爵が吠えるような大声をあげた。レイティアの顔を知っている人間は多い。貴族たちもまた、困惑した表情を浮かべていた。


「やめてくださいな、お父様。耳が壊れてしまいます」


 ああ煩い、と耳を塞ぐ動作をするレイティアにイデラースの王が苦笑した。


「お久しぶりですね、ヘリウド王。お会いしたのは先月でしたか」

「貴様ッ」


 父上がイデラースの王に詰め寄ろうとする。

 だがそれは阻まれた。


「いやですわ。私の主にそのように汚らしく詰め寄らないでください」

「お前は……アルストニスの娘か?」

「ええ。昔の話ですけど」


 数人のおぞましい白骨の兵士がイデラースの王__エルレ王とレイティアを守る。肉が半分溶けているものもいる。メリアーデが悲鳴をあげた。


「昔の話とはどういうことだ」


 なるべく冷静にレイティアに問いかける。つい、と彼女の顔がこちらに向く。目が合った。

 ぞっとするように彼女は美しく成長していた。銀色の長い髪はきらきらと輝き、スカイブルーの瞳はこちらをじっと見ている。だがそこに、私への興味はない。私だけではない。驚くほどに彼女の瞳は何も写していない。


「ああ、殿下。お久しぶりですわね。そうですね。皆さまとお話しするのもこれで最後になるでしょうから少しだけお教えしましょうか。いいですか? エルさま」

「構わないよ。そこまで長い時間は困るけれど」

「はい、もちろんです」


 うっとりとしながらレイティアはエルレ王と話す。その瞳は先ほどとは打って変わって恋情のような、崇拝のようなどろりとした感情に満ちていた。エルさま、と呼んだ彼女の声は甘く艶やかだ。

 __この女性は誰だ? 姿形はレイティアなのに明らかに何かが違う。


「なぜ私がこちら側にいるかということをお話ししますと四年前まで遡らなければいけません」


 レイティアはゆっくりと話し出した。

 誰もがレイティアの話に耳を傾けた。いや、傾けざるを得なかった。いつのまにか沢山の白骨の兵士たちが貴族へと近くで剣を向けていたのだから。



 ***


 ぽかん、とした顔をする皆を見つめてから思い出す。

 さて、エルさまの素晴らしさを語ろうじゃないか。


「…….あの日、私の十三の誕生日。まだ私は家族に愛されると思っておりましたわ。」


 そうだ。愚かにも私はまだ希望を捨てていなかった。また、元のように愛してもらえると信じていた。

 こちらを心配そうにエルさまが見ている。でもやり遂げなければならない。これが私の復讐であり、過去との完全なる決別となるのだから。


「でも期待は裏切られました。出掛けた帰り道、私は国境近くの山へと置いていかれたのです。山賊が出た道で使用人たちやお父様、お母様は捕まった私を見捨て逃げていかれました」


 あの時の衝撃をなんと表現したら良いのだろうか。何度もお母様、お父様、と叫んだ。終ぞ馬車が戻ってくることはなかったが。

 もしかしたら、お父様が山賊に私を殺すように頼んでいたのかもしれない。

 今となってはどうでもよいことだが。


「とても恐ろしかった……。男たちの隙をついて逃げ出しましたが、知らない場所でその上雪が降っておりました。十三の体力などそこまでありません。

 寒くて、痛くて、悲しくて、憎くて仕方ありませんでした」


 希望は絶望へと変わり果て、激しい憎悪へと遂げた。何が悪かったのだろうか。勝手に産んだのはそちらの方だというのに。最初から産まないでくれていたらどれだけありがたかったことか!


 歩いて、歩いて足が動かなくてその場に倒れた。

 しんしんと雪は私の上に降り積もって行く。

 瞼が重たくて仕方ない。

 もともとそこまで厚くない服の上に男たちに破られたせいで一層寒かった。



 死ぬのか。

 雪のなかで。

 嫌だなぁ、と思った。死ぬなら全部壊してから死にたい。家族を皆殺しにして、ラストニアをめちゃくちゃにしてやりたい。私を見捨てたこの国をぐちゃぐちゃにしてやりたい。

 腹の底が熱かった。だが、身体は動いてくれない。目頭が熱くなった。ボロボロと溢れる涙が凍っていく。


 その瞬間だった。

 誰かに私は抱き上げられた。お迎えかとも思ったが血の匂いがすることからしてどうも違うらしい。


『どうして子供がこんなところに?』


 目を動かして声の主を探した。赤い、燃えるような瞳と目が合う。


 神さまだ。神さまが私を助けに来てくれたんだ。

 そして、私は安心して意識を失った。



「そんな山の中で私は一人の青年と出会いました。エルさまでした。私は歩いているうちに国境を超え、イデラースへと入り込んだのです」



 次に目を覚ました時には洞窟のような場所にいた。赤い瞳がこちらを心配そうに見つめている。私は飛び上がった。赤い瞳と髪を持つ男はエルと名乗った。エルさまは身体中に怪我を負っていた。立つのも辛そうな傷だった。



「エルさまもまた、満身創痍で至る所から血を流しておりました。エルさまは他国の貴族の娘である私を見捨てずに共にイデラースへと行こうとしてくださいました」



 私たちは止まないどころか激しくなっていく吹雪に数日その洞窟で過ごした。私にとってエルさまとの生活は幸せそのものだった。イデラースのことをたくさん教えてもらい、私もそのお返しにとラストニアのことを話した。


 だが、エルさまが倒れたことによって呆気なくその生活は終わった。

 浅く呼吸をするエルさまに駆け寄り呼びかける。エルさまは私の手を握って唇の端を少しだけあげた。

『ご、めんね、イデラースまで……連れて行って、あげたかったん、だけど』

 息も絶え絶えに喋るエルさまに視界がぼやけるのを感じた。


 それから数分して、私の手からエルさまの手が滑り落ち地面へと落ちた。

 呼吸がゆっくりとなっていき、やがて止まった。


 そうだ。



「エルさまは亡くなられたのです。短い間しか共にいなかったのにも関わらず私は大声で泣きました。優しかったのです。こんな優しさに触れたのは久しぶりでした」



 悲鳴に似た絶叫を上げて私はエルさまに縋り付いた。あっという間に冷たくなりゆく身体に涙がぽとりぽとりと染み込んでいく。

 いやだ。

 どうして。

 エルさまは素晴らしいお方だ。エルさまが死ぬくらいならば他の人間が死ねばいいと叫ぶ。

 強く、祈った。

 エルさまともう一度話したいと。

 叶えられるはずのない望み。でも祈らずに__願わずにはいらなれなかったのだ。



 その刹那だった。

 目を開けていられないほどの眩い光。驚いて瞬間、何も考えられなくなる。



『うそ……』

 そして、ゆっくりと光が収まっていく。目を開ければ赤い瞳と目が合った。

 エルさまの身体に抱きつく。嗚咽が止まらなかった。神さまは私を見捨ててはいなかったのだ。




「嫌でした。だから、祈りました。そして光を見たのです。ひどい倦怠感を感じ目を覚ました瞬間にエルさまの瞳が開きました。

 ええ、そうです。私は祝福を授かったのです」



 生き返ったエルさまは私のしたことだとすぐにわかったらしい。狼狽える私を抱きしめてくださった。




 思い出してうっとりとしているとうそよ、と主に殿下のいるほうから聞こえてくる。


「その先は私が話そうが」


 ……まだ全てを話し終わってないのに。そのあとどれほどエルさまが私を救ってくれたか、だとかエルさまの素晴らしさ格好良さ、だとか。

 エルさまの仕草だとかエルさまのくしゃっとした笑い方とか!

 でも私はできる臣下なので礼をとって下がった。



 ***



 淡々と話される内容に会場の温度が下がっていくのを感じた。

 それはそうだろう。人間が生き返る話など小説の類でしか聞いたことがない。

 それに祝福持ち、それも死んだ人間を生き返す力を持つ人間をこの国は逃したことになる。

 さらには非道な扱いをして他国に渡すなど酷い過ちだ。


 アルストニス家の人間は真っ青だった。かく言う私も手が氷のように冷たいが。


「まさか、結界を破ったのも」


 メリアーデがもともと上がり気味の眉を引き釣り上げて呟いた。


「そうだね、私がレイにお願いしてやってもらったことだよ」


 ……目眩がしてきた。



「話の続きだっけ?……私はね、その時にすぐに理解したんだ。目の前の少女がこの奇跡のような出来事を起こしたのだと。感謝はしてもしきれなかった」


 死んだということが嘘のように穏やかにエルレ王は目を細めて話す。佇んでいるだけで絵になる男だ。

 自分で言うのもどうかと思うが、私もそれなりの美貌は持っているつもりだ。

 しかしこの男には敵わないだろう。

 ゆるく纏められた長い艶のある赤髪、すっきりとした鼻筋にルビーのような色をした大きな目。薄いがふっくらとした唇に整った身体。まるで作り物のようだ。


 実際、この状況であるのに皆エルレ王から目が離せない。美しすぎるのだ。

 その視線も特に気にすることもなくにこやかに言葉を発す。



「何がほしいかとレイに聞けば居場所がほしいと彼女は泣きじゃくった。話を聞けばあまり良い待遇をされていないらしい。

 ……__なら、この少女を私のものにしてしまおうと決めた」



 雰囲気が数秒で変わった。

 温和な笑みを浮かべながら、穏やかに話すエルレ王が発した一言は傲慢な王そのものだった。

 何度か以前に会うことがあったがこのようなエルレ王はみたことがない。

 だがレイティアは頰を染めて恥ずかしそうに俯く。



「それからはレイティアと手紙でやり取りを続けた。その中でラストニアの内情も理解したんだ」

「この国は腐っています。貴方達は祝福を絶対的なものと捉えて、民を蔑んだ。民がいなければ国は成り立ちません。それを忘れてしまったのですね」


 顔をあげたレイティアは聖母のようにゆっくりと諭すように言葉を発す。誰も何も言えない。


「はるか昔に世界を救うために神からラストニアの初代が授かった祝福。それは民を救うための力でした。ですが今はどうでしょうか。民を苦しめるための力です。だから、私はエルさまにお願いしました」

「もともと、攻撃する機会をうかがってたんだ。随分ラストニアはイデラースを軽視してくれていたようだからね。そんなところにレイのお願いがあっては叶えるしかないだろう」


 かちゃかちゃと骨を鳴り響かせながら多くの骸骨が入ってくる。中には、完全な人間もいるしぐちゃぐちゃになったなにかもいる。


「一度全てを綺麗にしてしまいましょう。ヘリウド王。貴方の一族は間違えたのですよ」

「力の使い方を誤った祝福持ちはこの世界にはもういりません。全て燃やしてしまいましょう」


 愉しげにレイティアは笑った。


「レイティア! やめるんだ! 今ならまだ許してやる!」


 アルストニス公爵が叫ぶ。


「名前を呼ばれたのはいつぶりかしら。でもいいでしょう? 言ったではないですか。他国にでも行けば良いと!」


 彼女は歪んだ笑みを隠すこともせずにパチン、と指を鳴らした。


「もう、抉っていいの??」

「ええ」


 ひょっこりと出てきた眼が片方ない少女がぴょんぴょんと嬉しそうに飛び上がった。その手に持つのはスプーンだ。

 情けない話だが自分が震えているのがわかる。

 他にも首がない男や、皮膚が焼き爛れたなにか__のような者たちが少しずつこちらに迫ってくる。



「いやあああああああぁっ」



 メリアーデが絶叫しながら魔法を繰り出す。

 貴族たちも自分の祝福で戦えば良いと気づいたのか必死の形相で魔法を連発する。

 私も足掻こうとした時だった。


「貴方は、此方です」

「ヨファン……?」


 ヨファンがいつのまにか真横にいた。強い力で引っ張られレイティアとエルレ王の方に連れて行かれる。


「ありがとう、お兄様」

「ああ」


 どういうことかわからない。後ろからメリアーデやミシェルたちがヨファンを呼んでいるのが聞こえる。

 だが、ヨファンは少しの反応も返さない。


「どういうことなんだ」

「こんな血生臭い場所で聞いちゃう? 帰ってからでもよくない? まあ、いっか。あんたはねー、ラストニアの王となるんだよー。よかったねー」


 レイティアの横にいる奇抜な髪の色をした腕のない女が答えた。

 よかったね、と言われてもまったくもって意味がわからない。


「私も祝福持ち全員が糞人間だとは思っておりません。ですから、いくらかの罪のない祝福持ちは兄様の手によって保護しております」


 ヨファンをバッと見る。それで先程はいなかったのか。


「エルさまもこの国の民を苦しめたいわけではありません。よって、ラストニアはイルアーデの属国とさせていただき殿下に王となっていただきます」

「……父上や兄上は」

「殺します。あら? もう……まあ今、後ろは振り向かない方がいいでしょうね」


 見ようにも身体が固まって動けないのだが。


「殿下が私を気にかけていてくださったことはお兄様から聞いております。さしずめ、その御礼とでも思っておいてください」

「そちらの部下を王にすれば良いのではないか?」

「面倒臭いんです。監視役は付けますが自由にしてくださって構いません。アルストニス家の人間以外の民は無事ですから立て直すのも容易でしょう」


 以外、というところに軽い恐怖を覚えた。


「今ごろ、無数の虫によって……」


 ふふふっとレイティアは笑った。何も私は聞いていない。

 先程まで鳴り響いていた爆音が収まりつつあった。


「じゃあ、レイティア行こうか」

「はい、エルさま」


 二人は連れ添うようにして部屋から出ていく。


「あんたもこっちー。あたしとぉディルドが見張り役だからさぁよろしくねー。まあ、一先ずはーイデラースに来てもらうけどー」


 腕のない女がにしし、と笑った。




 ***



 その後、イデラースは発展を遂げ続け世界でも有数の大国となった。エルレ王のその王妃が政治の場から姿を消した後の行方は残されておらず、民たちの間では生きているのではないか__とまことしやかに伝えられている。

 属国となったラストニアは王と腕のない王妃によって再建されイデラースを支え続けた。

 ……ラストニアの王が腕なし王妃を口説き落とすまでに多くの苦労があったことはまた別の話だ。



気が付いたら第二王子が主人公みたいになってました。

おかしいな。

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