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スペーストレイン [カージマー18]  作者: 瀬戸 生駒
第1章 火星へ
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密航者(3)

せっかくの拾いものだが……ハズレだったらしい。

それも、これでもか! と言わんばかりに全力でハズレだ。

俺の未来に「人生設計」などないが、「The END」の予定もない。

さて……どうしたものか。

バカヤロウ!

 気密室では、ガキが一番奥にちょこんと背中を向けてうずくまっていた。

 その第1印象は、「ハズレ」だ。背中一面に赤や青、緑や黒のタトゥーが広がっているように見えたから。


 宇宙で暮らすガキは、ノリと勢いでタトゥーを入れるヤツが珍しくない。

 もっともそれは、ワンポイントのシンボルマークとかが相場だ。

 ヤンチャなチームにいても、チームのエンブレムとリーダーとか兄貴分の名前、あるいは自分のポリシーを腕や肩に彫るくらいだ。

 背中一面に入れるとなると、そいつはマフィアかギャングのたぐいになる。

 だとしたら、俺はマフィアの密航に手を貸したことになり、火星の宇宙港についたあと愛しの船を没収されて鉱山に受刑者として送られる。

 やはり、宇宙に捨てるべきだったか。


 後悔を秘めてガキに近づくと、「タトゥー」が「絵」を作っていないことに気がついた。

 アザだ! 

 首から下の背中全体に、むしろ肌色の方が少ないほどのアザをつけられるとしたら、虐待しかない。

 これほどの虐待なら、いっそ! とばかり、一か八かの脱走&密航を試みても仕方ない気すらする。

「人道主義などくそ食らえ」とうそぶき、「自分さえ良ければ他は誤差」を気取ってみても、実際に目の前でこんな物を見せられたらやはり同情してしまう。

 俺はガキの肩に手をやり、ガキの体を半回転させてこちらを向かせて、肩に当てた掌に力を込めた。

「つらかったんだな」

 しみじみ呟く俺に、ガキは無言で、両肩に手を置いているためがら空きになっていたボディめがけて、しゃがんだままパンチを打ち込んできた。


 まともにパンチを受けたが、親指を握りこんだ素人の拳だ。

 さらに、無重力中では体重も乗せられない。

 ライトスーツのマグネットブーツで床にしっかり立つ俺に対し、殴ったガキの方が吹っ飛んで後頭部を壁にしこたま打ちつけた。

 それでもガキはひるむことなく、俺に怒声をあげた。

「おっちゃんのせいやんかぁ!」 

「何が!」 

 つられて怒鳴り返すと、ガキはまくし立てた。

「おっちゃんがデブリに突っ込んでったから、俺がこんな目に遭ったんやんかぁ!

 今のは首がちぎれるかと思うたぞ!

 助けるふりしてホンマは殺すつもりやろ!」 


 そうか。

 ガキの叫び声に、俺は幾ばくかの安堵と納得がいった。

 このガキが着ていたのはライトスーツで、ダメージを吸収することはできない。

 惑星間航行速度で巡航するこの船は、その速度でデブリ群に突っ込んだ。

 デブリから受けるダメージは、何発何十発と喰らえばヘビー級の格闘家さえKOする。

 リングでKOされてもリングサイドには医者がいるが、宇宙空間で人知れずKOされれば人間サイズのデブリが増えるだけだ。

 それでこのガキは、そのダメージから逃れようと強引にハッチをこじ開け船内に避難したんだ。

 ハッチはコクピットからの操作で開閉が可能だし、制御部が故障したときに修理に行くため物理キーでロックを解くこともできる。

 それすら不可能な事態に備えて、さらに火薬を使った強制オープンの機能もある。それが今回使われたのだ。


「さて……」

 ハッチの弁償と制御室の内部破損、さらには何度となく繰り返された排気により本船は姿勢を崩している。

 再計算しないとわからないが、おそらく航路にも誤差が出ただろう。それを修正するためにスラスターを噴かさなければならない。

 それらのコストをこのガキが弁償できるとはとうてい思えない。

 が、金は出せなくてもパンチは出せた。

 さっき見たとおり、背中一面にアザはできていたが骨は折れていないようだ。


 一般に、宇宙空間を生活拠点とする者は、低重力の影響で骨や筋力が弱くなる。

 唯一の例外が木星エリアで、木星本星はもちろん衛星ですら火星よりも大きいものがある。

 この船の出発地と今までの航路、それにさっきのパンチを勘案すれば、このガキが木星エリアからの密航者なのは間違いない。

 パンチ……低重力下の格闘戦で放たれるパンチは、スナップをきかせて回転エネルギーをダメージにして相手体内に蓄積させるのが基本だ。

 が、さっきのパンチは「突き」だった。

 かくいう俺も格闘技は座学でしか知らないが、このガキも十分に重力のあるところのパンチしか知らない。


 俺は倒れたまま唸り声をあげて、せめてもの威嚇をしようとしているらしいガキに歩み寄った。

 ガキはかすかに後じさろうとしたが、今は閉じている外殻がそれを許さない。

 俺はガキの首筋に鼻を押し当てた。


「バカヤロー! ロリコン! ヘンタイ!」 

 わめくガキに俺は怒鳴った。

「うるせー! 俺はノーマルで、孫みたいなガキに欲情するヘンタイじゃねー!」 

「ガキじゃねえって言ったろ!」 

「ああ、リンドバーグ様でしたっけ。お外に馬車がお待ちでございますよ」

 見たことも聞いたこともないが、リンドバーグ家なら「宇宙馬車」が随行していても……そこまで考えて、また笑いがぶりかえした。


 咳払いして素に戻って。

 俺がこのガキを助けたのは自分の息子と面影がかぶったからで、それも10年前だから、ひょっとしたら今頃は孫がいるかもしれない。

 猫じゃあるまいし、その孫がこの外見になっているとは冷静に考えればあり得ないが、脳裏を息子と孫がよぎったのは事実だ。

 そもそも俺はノーマルで……はっとして、今更ながらにガキの股を見た。

 ……ない……。


 坊主頭と口調、さらに真っ平らな胸で男児だと思い込んでいたが、コイツはガキはガキでもメスガキだ。

 まずい! 

 火星に着いたら入管に引き渡し、そのあとガキの人生がどうなろうが知ったことではないと思っていたが、メスガキとなると人ごとですまなくなる可能性が急浮上する。

 もしこのガキが入管で「誘拐された」とほざいたら、俺は最低でも体内にGPSを埋め込まれた「性犯罪を起こす可能性のある人物」に登録され、移動の自由も制限される。

 船は没収され、鉱山衛星で一生を終えるハメになるかもしれない。

 最悪の場合、「ロリコン性犯罪者」に認定され、4.7光年先にコロニー宇宙船で飛ばされる。


 人類が死刑制度を廃止して久しいが、凶悪犯罪はなくならない。

 そこで、スペースコロニーに初期加速を与えて「惑星開拓団」という名目で、凶悪犯罪者を集めて送り出している。

「人道的理由」とやらだが、すぐ隣の恒星系まででもゆうに1000年以上かかる。

 人類の寿命を遙かに超えているので「世代間宇宙船」と呼ばれ子孫の代ででも届けばということだが、凶悪犯罪者ばかりで「次世代」があるかははなはだ妖しい。

 なお、「凶悪犯罪者」には殺人犯はもちろん「児童に対する性犯罪者」も含まれる。

 俺は小さく舌打ちして、それでも臭いをかいだ。


 真空洗浄に紫外線洗浄をしても、やはり毛穴の奥にまでしみこんだクソの臭いは、残っていた。

 風呂かシャワーがあればいいのかもしれないが、カージマーにそんな設備はない。

 あえて言うなら、トイレの一角にヘルメット状の物があり、そこに頭を突っ込んで泡で顔もろとも髪を洗う、かえって髪を傷めそうな機械ならあるが、全身を洗う設備など贅沢を通り越して危険だ。

 俺は、気密室の壁に隠された引き出しを開けてチューブに入ったムースを取り出した。

 チューブから出した直後はムース状だが、ほどなく固まってゾル状になる。

 これを肌に塗るとムース状の時に毛穴にしみこみ、ゾル状になったのを剥がすと毛穴の奥まで洗浄が可能という、惑星間宇宙船では必需品だ。

 欠点というか副作用というか、その際に毛穴のゴミだけではなく毛根そのものもむしり取るので、宇宙空間を航行する者は多くの場合体毛を持たない。


 俺はガキの肩を強くつかみ、ムースを手にとって背中にこすりつけた。ガキの身体が硬直する。

「やっぱりヘンタイやんかぁ! それ何か変な薬やろ!」 

「バカヤロウ! 船の中をクソの臭いで充満させられるか! これはただの洗剤だ!」 

 言われてガキは、改めて自分の手に自分の鼻を寄せる。

 一般に自分の体臭は自分で気づきにくいが、ヘルメットとライとスーツによって隔絶されていたぶん、ガキにも自分の体臭はわかったようだ。

「くっさー!」 

「手の届きにくい背中や手足は塗ってやる。慣れたらオマエが自分でやるんだぞ!」 

 こくんとガキはうなずいた。


 実のところ、船内換気の出力を上げれば、こちらが慣れるのも手伝って臭いは気がつかないレベルになる。

 このガキくらいの年齢なら新陳代謝も活発で、ムースなど使わなくても勝手に毛穴から生まれ変わる。

 それを、あえてムースを使ったのは……足の裏や手首、あと腕や膝の関節裏を確認するためだ。


 このガキが薬をやっていたら、注射痕が残る。

 世間では針を使わない、浸透圧で薬品を注入する無痛注射が一般的だが、スラムの住民とかチンピラは昔ながらの安価な針注射を多用する。

 もちろん貧乏に起因するため針を使い捨てにすることはなくグループで使い回し、さらに保管して錆びるまで使おうとする。

 あるいはグループの結束を固めるという意味合いもあるのかもしれないが、感染症が一気に広がる。

 またはジャンキーにとっては注射の痛みすら含めて投薬のセレモニー、快感なのかもしれない。


 ニードルを使った注射は、なぜか同じところに打ちたがる。

 注射痕は集中し、肌の色が変わる。

 このガキはアザだらけでアザか注射痕かの判断が難しいが、薬物注射によく使われる関節の裏側は本能的にダメージを防ごうとするのか、アザができにくい。

 ここに肌の変色があったら、俺は自己の嫌疑を晴らすという意味も込めて船の修復材でガキをコーティングして、火星の入管に引き渡すつもりだ。


 ……ヤクはなしか。

 安堵を覚えつつ、手首と足の裏をチェックする。

 鉱山奴隷の場合、ここにナンバリングが刻印される場合が多いから。

 個体管理と言うよりも頭数把握程度の意味しかないが、刻印があれば奴隷で、俺は奴隷盗人として奴隷商人に殺されかねない。

 もちろん奴隷売買は重罪だが、法律の外側にいる奴らは法律とは違うルールで動き、法律とは違うペナルティを科す。


 奴隷商人にとって、骨格が丈夫で力の強い木星圏の奴隷には高値が付くらしい。

 そのぶん短命とも言われるが、はっきり言って眉唾だ。

 奴隷が天寿を全うすることはない。労働力と維持費のバランスが崩れたとき、奴隷は「処理」される。

 長生きして50才、たいていは40前後でその「処理」を受ける。

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