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「地球」へ(第4章 完)

 俺はコンソールデスクの引き出しを開けた。

 黒い鉄の拳銃がある。

 船に戻ったとき、備品と必需品の過不足をチェックしたら食料庫に置かれていた。

 たしかに船を出る前に、引き出しの物を全部食料庫に入れたが、そのまま戻されたらしい。

 拳銃の隠し場所に食料庫を使うのは定番だが、必要になったときに間に合わないので、バカしか使わない隠し場所だ。

 俺もバカの一人にカウントされたかと思うと悔しいが、それよりもこのガキだ。

 末恐ろしい。

 俺は引き出しの中で拳銃を握り、そしてすぐに離した。

 俺にガキが撃てるはずもないし、本物の極悪人になるのも、それはそれで見てみたいという好奇心が勝ったから。


     ◇     ◇     ◇     ◇


 木星から火星へ向かうルートは、メインベルトを突っ切る最短コースにした。

 よっぽど運が悪くなければ小惑星に当たることもないし、当たったところでこの船は大丈夫、後ろに引っ張っている船はカージマーよりさらに頑丈だ。

 脆弱に見える平甲板ですら、この船の正面装甲よりも分厚く堅い。

 さらに無数の隔壁と防壁構造も採用されている。

 拳サイズの小惑星なら、たとえぶつかっても、気がつかないレベルの強度を持つ……らしい。


 120日、距離にして21光分ほど飛んだところで、メインベルトからの通信も入るようになった。

 トップニュースとして飛び込んできたのは「コロニー爆散 テロの疑い」だ。

 どちらの兄貴かまではわからないが、「リンドバーグ家の特使」を名乗って宇宙桟橋に入港してきたクルーザーが、船内に満載していた爆弾もろとも自爆したらしい。

 いくらコロニーの外殻を固めても、中から吹っ飛ばされてはたまらない。

 死者・行方不明者220万人。死亡が確認された被害者のトップ写真は、笑顔のアンドリューだ。

 

 もちろん抜け目のないアンドリューだ。

 襲撃は当然予想し、あの館も要塞のように固め、ボディーガードも「私兵」と呼べるほどに、装備も練度も高いのをそろえていただろう。

 が、切れすぎるからこそ見えないものもある。

 まさか数百万人の市民もろとも、コロニーそのものを爆散させるとは思いつかない。

 こうなると「一族の相続争い」ではなく「戦争」だ。

 第三者の介入を招きかねない愚行を誰が行うというのか。

 なまじ賢すぎるからこそ、バカの暴発までは読めなかったのだろう。


「始まりやがった!」

「うわー。コロニーもろとも吹っ飛ばされたら、あの装甲車みたいな車も、シェルターみたいなお屋敷も、あんま意味ないな。

 てか、即死するんと、何時間も恐怖におびえて絶望してから死ぬんと、どっちがマシなんやろ?」


 ……俺は一息ついて、ガキの目を正面から見た。

 ガキが何事かと、ゴクリと生唾を飲み込む。

「ネタまいて、何百万人も被害者が出てから言うのもアレだが……こうなったら、オマエも知っておいてもらいたい」

 俺の目をまっすぐに見返して、ガキが頷いた。

「たぶんリンドバーグ家の幹部連中、リンドバーグの姓を名乗っている奴らは、最後まで、ひょっとしてだが今でも、おまえの母親に『仕送り』していると思う」


 ガキがリンドバーグ家を恨むのは筋違いで、アンドリューは誤解ととばっちりで殺されてしまったと、その仕込みをしたのはオマエだと、重い現実を突きつけたつもりだった。

 アンドリューは、確かに俺たちを侮り見下しはしたが、自分に牙を剥くとは露ほども考えていなかった。

 リンドバーグ家の実務担当をして、生活援助をしていると。

 だからガキは恩義を感じて、手駒として動くと油断していた。

 貧困のどん底に落とし込んで悲惨な末路に追い込んでおきながら、そう考えるほどのお花畑脳なら、そもそもあの地位まで上がれない。


 が、ガキは「やろな」と、あきれるほど軽く言った。

「あの車1台で、母ちゃんの一生分の仕送りより高いわ。

 アンドリューのオッサンにしたら、そんな小銭をポケットに残す理由があらひん」

「気がついていたのか?」

 ガキはこくんと頷いた。

「たぶん……『たぶん』は使いとうないけど、『たぶん』しかないからゴメンな。

 それでたぶんやけど、実際にポケットに入れてたんはホンマの下っ端で、ひょっとしたら事務の姉ちゃんくらいかもしれひん。

 けど、部下の責任は上司の責任や。

 おっちゃんがアホやらかしたら、私が頭下げるみたいな」

 少し下げて見せた頭を、コツンと殴る。

「頭下げた事なんてないだろう!

 この船のオーナーは俺で、俺が謝る係だ。

 置物代わりの雇われ船長がいっぱしの口をきくな、バカヤロウ!」

 そうして、久しぶりに顔を見合わせて笑い合った。

 心につかえていた黒い靄が、すうぅと軽くなった。


     ◇     ◇     ◇     ◇


 メインベルトは、一番薄い部分を突き抜けても、30光秒ほどの幅がある。

 火星への最短コースを突っ切るコースをとると、カージマーの速度なら3週間ほどだが、その間は惑星や衛星の表面ドーム以上にチャンネルと番組が多い。

 ニュースも途切れなく入ってくる。


 そこを抜ける3週間の間に、木星の混乱はどうしようもないレベルに拡大していた。

「やられたらやり返す」と「やられる前にやる」が同居し、合従連衡が何パターンも繰り返された。

 リンドバーグの一族でないものも、和解・仲介の名目で、漁夫の利を狙って介入しようとし、誰が敵で誰が味方かもわからなくなっている。

 落ち目とみれば、部下が主の首を取って手土産にし、有力者の元に走る。

 リンドバーグ家の本拠地がある衛星エウロパに限らず、混乱は木星圏全体へと拡大していた。

 いや。リンドバーグという後ろ盾を失ったメインベルトの鉱山コロニーさえもが、テロと略奪におびえ始めている。


 木星の特産である、木星重力を利用した、船の外殻にも使われる堅い合金は、需給バランスが崩れて高騰し、本来は代替え品のハズが、オリジナルのタングステン以上の値をつけることもおきるようになった。

 が、普通の船は、混乱に巻き込まれることを恐れ、木星航路を躊躇する。

 それが更なる品薄を招き、価格の天井を突き抜けている。

 となると、腕に覚えがあったり、追い詰められて一攫千金狙いのヤケクソになった「普通でない船」ばかりが集まり、さらに混乱に輪をかけるという悪循環に陥っていた。


「火星に帰っても、当分は木星への仕事は控えた方がいいな」

 呟く俺に、ガキはシートに座ったまま両手を伸ばし、大きなあくびをした。

「後ろの船やったら地球航路も使えるし、そっちで食べるんもアリやなぁ……」

「いっそ予定通り売っ払って、ちょっと早いけど隠居ってのもアリか……」

 木星の紛争が激化すれば、簡単に軍艦に転用できるDDH24は、より高値で転売できる。

 同型船を作ろうにも、その造船ドックはアンドリューとコロニーもろとも爆散した。

 今となっては、ちょっとしたワンオフのプレミアものだ。

 それだけのカネが手に入れば楽隠居もできるだろうし……ガキも、ちゃんとした「学校」に行かせてやりたい。

 学校で友達を作り、たわいないじゃれ合いで時間を浪費するのは、俺がこの歳になってわかる、人生最大の贅沢だ。


「ホンマ。おっちゃんて、すぐ近くやなくてアホほど未来しか考えられひんのやな?」

「なんだと!」

「火星に戻ったらしばらくぼけーっとして……そや。地球に行って見ぃひん? 仕事やなくて遊びに!」

 俺はパチンと指を鳴らした。

「それだ!」


 ガキは学校に入れさせる。

 本人が嫌がろうが、それは決めた。

 成績なんてどうでもいい。このガキに足りないのは「友達」と……「無駄な時間」だ。

 コイツはこの歳で、とっくに人生1つぶんくらいの経験をしてしまっている。

 あっちの「経験」もして、そのうち「お嬢さんを僕にください!」って言ってくるヤツに「まず、殴らせろ!」は、父親が一生に1度は言ってみたい台詞だ。

 それは10年も先になるだろうが、俺にも楽しみができた。


 その初手として、地球でバカンスを楽しむ。

 空に蓋もない、あのいい加減な惑星で暢気な時間をすごして、気分転換とリフレッシュだ。

 それからのことは、それから考えればいい。

 何はなくても、当面のカネと時間だけはある。

 20年前の自分と比べれば、余生は減ったが、それ以上の自由は手に入れた。

 選択肢が多すぎて選べなかっただけだ。


 ふざけるな、バカヤロウ!

 俺は船乗りだ。

 無限に広がる宇宙にある無数の航路から希望の1つを選び、臨機応変にやりくりするプロだ。

 ガキも学校に行かせたあとは……順番は前後するが、とっくに航海士で、半人前でも船乗りだ。

 自分のことは自分で決められるだろう。


「よし。とりあえず火星に戻る。その後地球で遊ぶ!」

 ガキがわざわざマイクのスイッチを入れて、スピーカーに声を乗せた。

『船長より訓令! 航路火星。そのあと地球!』

『航海士了解! 最短コースをとる!』

 言い終わると、俺たちは互いに斜め向かいの相手に向けて親指を立てた。

 細かいことはそれから考えればいいんだ。


 何を勘違いしていたんだ、俺は。

 この船には、もともとバカヤロウしか乗っていないんだ。

 それがこの[カージマー18]だ!

 わかったか、バカヤロウ!


                           第4章「木星」完

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