ささやかな野望
次はガキの番だ。
音声ガイドがあるから大丈夫だとは思うが、念のためにコツを伝授した。
「終わりと言われるまで目を瞑っていろ」
「わかっとぅ! ちゃんと実技も受けてるで」
それもそうか。「ちゃんとした船」なら標準装備で、実習訓練では必ず経験する。
が、軍用品は「使用者は指示を守る」という前提で運用されているため、好奇心に負けたら大惨事もあり得るし、事故予防のためのセーフティはない。
杞憂した悲鳴も上がらず、10分ほどでガキが出てきた。
が、やはり刺繍入りのライトスーツのサイズが大きすぎて、失笑を堪えきれなかった。
「軍装品のサイズは2つしかない。大きすぎるか、そうでなければ小さすぎるかだ」とは定番のフレーズだが、程度問題だ。
もっともこの船は軍艦で、着用者も軍人を想定している。
女性兵士であっても、身長の最低ラインは160cmで、ガキの想定はなかったのだろう。
「ククク……」と嗤う俺の脇腹に、ガキは頬を膨らませて肘を打ち込んできた。
2人ならんで問診を受ける。
30代後半らしい医官と向き合うが、俺の身体はフェアバンクス艦長にも言ったとおり加齢による衰えと考えるし、ガキは成長期で何が異常か自分ではわからない。
俺は自分のことよりも、ガキの成長というか性徴について尋ねたが、さすがに軍医と言うべきか「専門外でわからない」とぬかしやがった。
そもそもガキの年齢ですら、「身長と質量から11才から13才と思われるが、幼児期の栄養状態や環境による個体差が大きく、9才から15才」だとか。
それを世間では「わからない」と言うんだ。
バカヤロウ!
軍医がカルテをめくる。
俺もガキも正常値におさまっていた。
若干血圧が高いらしいが、すぐに処方が必要なほどではないらしい。
ガキに妊娠の兆候はないらしい。
当たり前だ!
どこかの大工の女房でもあるまいし、勝手に妊娠するはずもない。
外傷や骨折もなし。
さっき円筒内で浴びた光は簡易レントゲンのような効果もあったらしい。
血液検査の結果を待つほどの時間はないし、骨密度測定も間に合わないと判断された。
軍医といえども医者で、「定期的な健康診断をオススメします」と言われたが、トレイン乗りには無理な相談だ。
メディカルルームの外で、フェアバンクス艦長が待っていた。
紙パックを投げてよこす。
太めのストローをさして吸ってみたが、どろりとしたコーンスープともシチューともつきかねるシロモノで、問答無用で不味い。
艦長に、個室に案内された。
ドアの脇にあるゲートセンサーに艦長がカードを触れさせると、左右にドアがスライドして部屋の入り口が開いた。
廊下と同じ形状で、さらに部屋の幅も2.5mだから、サイコロの中に入ったような感じだ。
三方の壁がクッション材で、ベッドスペースになっている。
残った2面に、バキューム式の簡易トイレとロッカーがあるが、入れるべき手荷物は何一つ持っていない。
さいごの1面が今入ってきたドアだ。
色はやはり廊下と同じライトグレイで統一されていて、角をとった立方体の辺にライトが仕込まれている。
モニターのたぐいはない。
俺たちが独房のようなこの部屋に入ると、ドアが閉まった。
部屋の内側にもゲートセンサーはあるが、カードは渡されていない。
流れで体よく収監されてしまった。
仕方がないので、船乗りの性というか、艦の構造を想像する。
まず、先頭部の武器管制エリアと艦橋はトップシークレットで想像するだけ無駄だ。
艦尾の機関部も同じ。
通ってきたルートだけで判断するなら、おそらく廊下がカージマーでいうところのセンターチューブだ。
廊下の4面に同じようなドアがならんでいたから、それを5本束ねて十字を作り、デッドスペースに構造材を詰めてブロックをまとめたものとあわせて、8角形の断面を持つキールとしているのだろう。
フェアバンクス艦長がこの艦を巡洋艦と言っていたから、おそらくサイズは200mほどか。
なら、乗組員は100人弱。
ドアの数から逆算すれば、この部屋は本来3人部屋、あるいは6人部屋かもしれない。
それを2人で使わせてもらえるのなら、VIP待遇と言えるかもしれないな。
そんなことを考えていて、ガキと目が合った。
おもむろにガキが話し始めた。
「リンドバーグの当主ってな」
「一応、結婚したり離婚したりで、籍を入れた奥さんが6人。側室さんも入れたらプラス30人くらいいてるんやけど、外にもう1人囲うててん。
子供は180人と1人。
認知ゆーの? 全部自分の子供って認めてたんはエライとは思うけど……」
「元気なオッサンだな。
って『と、1人』ってのはひょっとして……」
「あはは。私や」
笑いに紛らわせようとするが無理筋だ。話を促す。
「私もちゃんと認めてもろうたらしいんやけど……それだけ。
私が生まれた後も5年くらいはお手当とかあったらしいねんけど……そこまでやってん。
母ちゃんも働きに出てんけど、身体壊してもうてな」
リンドバーグ家の当主となれば、スーパーモデルでもトップアイドルでも、金と権力で好きにできる。
その当主に見そめられるほどだから、ガキの母親は、おそらく相当のルックスを持っていたのだろう。
まだ化粧1つしていないガキだが、この俺ですら、時折ぞっとするほどの色気を見せることがある。
このガキが成長して、化粧を覚える年齢になるまでには、あと2回か3回は絶対に化ける。
そのオリジナルが母親だ。
一方で、なまじリンドバーグ家の内情を知ってしまうと、まともな就職の道はなくなる。
リンドバーグ家が秘密を守るため、芽が出る先から摘んでしまうから。
となると、ルックスが飛び抜けていて就職口のない女がつける仕事など限られる。
いや。水商売こそあり得ないか。
酒の勢いで漏らした愚痴が高くつきかねないから、息のかかったマフィアを使ってでも雇えないようにする。
残るのは、「人類で2番目に古い職業」だ。
そうなると客から病気をもらうか、薬におぼれるかだ。
「急に黙ってしもうて、どうしたん?」
「いや。オマエがドレス着てお姫様をやっているビジュアルを想像しようとして、ちょっと迷宮入りしかけていた」
肩をすくめて見せた俺をスルーして、ガキは拳を2つ並べて腕を振って見せた。
「でな。私が働くことにしてん。
子供にもできて日当がもらえる仕事ったら、コレくらいやん?」
「今でもガキだろう! というか、オマエはツルハシじゃなくて削岩機だったはずだぞ!」
ガキは「あはは」と笑ったが、俺は話を促した。
ツライかもしれないが、一人で抱え込むには重すぎるし、ガキは幼すぎる。
このまま成長したら、心が曲がるか……壊れる。
話して楽になることもある。
「鉱山に働きに行くったら、母ちゃんに丸刈りにされてん。
岩より前に、頭と股に穴があくって。
素早く躱すから大丈夫! っても泣かれてもうたから、さいごは自分で坊主にした」
親は子供に自分を映す。
真っ先にガキの股を心配したって事は……俺の想像は間違ってなさそうだ。




