第2部 巡洋艦「キャンベラ」
「通信は来ているか?」
ガキに問うが、首を横に振られた。
「通信機が壊れてるんやなかったら……ない」
クソ。本気で沈めるつもりだ。万事休すか。
いや。まさかとは思うが……俺は一縷の望みをかけて、スラスターの発光信号をあげさせた。
スラスター剤が尽きていて無用のオブジェ同然だが、残量が読めるということは、スラスターそのものへの通電はできている。
「船籍番号と通信用アドレスを送ってみろ。
指向性通信なら受けてくれるかもしれん」
つまり、秘匿回線で話が出来ればという……オープン回線では話しにくい内容を相手が望んでいるのならという、虫のいい希望だ。
実際には、これから沈める船の乗組員と話しても、脳裏に焼き付いて自分がうなされるだけだし、意味はない。
が。人間には好奇心という邪魔な感情がある。
「きた!」
ガキが声を弾ませた。
「出せ!」
「映像なし。音声通信のみ。時差は考慮しなくていいくらいの至近距離!」
ザザザ……というノイズが途切れ、無音になった。
『停船せよ。しからずんば撃沈する』
なめらかなテノールの定型文だ。
あまりにもなめらかすぎて合成音声かと思うほどに。
が、合成音声で定型文を、それもわざわざ指向性の秘匿回線で流す理由はない。
むしろオープン回線で流してこそ、「停船勧告はした」というアリバイ作りになる。
とすれば……こちらを試してやがる。
口の中がカラカラに乾くのをペットボトルの水を含んでごまかした。
「通信機まわせ。大人の時間だ」
航海士席の補助通信機にグリーンのパイロットランプが灯る。
『止まれないからメーデーを出して、精一杯の減速をしているんだ。
拿捕でも鹵獲でも、逮捕でも拘束でも無条件に受け入れる』
俺の申し出に、少しの間を置いて返事があった。
『事情だけは聞こう。拿捕のために接近したところで自爆テロなんてやられたら、とんだとばっちりだ』
『小惑星パラスを出るときに手違いがあって、かなり非常識な速度になってしまった。
タイミングを合わせるために無茶な操船をする羽目になったが、こちらに害意はない』
……返事はない。
外したか。
が、攻撃も来ない。
優劣が明確にある中での無言の時間は、なまじっかな攻撃や拷問よりも相手を苦しめる。
『こちらの船のルートは見てもらえばわかる。データボックスを開く。
それも信用出来ないっていうんなら、そちらの記録も残っているだろう。
俺たちが無差別テロリストなら、わざわざエララなんか行かないで、イオにでも突っ込んでいる!』
俺の必死の弁明にも、やはり返事はなかった。
たっぷり50分も過ぎてから、ようやく相手から通信が入った。
『パラスの記録を確認したが、この船の入港も出航もない』
なるほど。パラスの記録にアクセスして、裏取りをしていたのか。
ここからパラスまでとなると、光でも片道20分以上はかかるから、計算は合う。
『それは民間桟橋の記録だ! 俺たちが使ったのは、軍の桟橋だ!』
『パラス軍の関係か?』
よし、食いついた! チャンスの目が見えてきた。
『それは通信で話せるようなもんじゃない』
『気にはなるが、安全を最優先とするなら、聞かずに沈めた方がいいと判断する。
船と一緒に死ねるんなら、航海士冥利……』
『アホー!』
ガキが割り込んできた。
『この船のデータにアクセスしてるんなら、船長くらいは見ぃ!』
『女連れか。一緒なら未練もないだろう。
かなり声が幼いようだが、それで理由も納得できた。
生まれ変わって…………』
バカヤロウが! 年の差を苦にしての無理心中と思われてしまったじゃないか!
せっかくもったいつけて、「軍の秘密」をにおわせつつ、「秘密は守る」ってアピールしていたのが水の泡だ。
『うだうだ言うてないで、船長の名前を見ぃったら!』
ガキがまくし立てる。
『名前がなんであっても……たとえジョージ=ワシントンでもエイブラハム=リンカーンでも、そんなものが……あ!』
『本名か?』
かすかに焦りの色をにじませる問い合わせに、ガキがもったいをつける。
『偽名やったら、それから宇宙に捨ててもええと思う。
けど、本名やったら……自分、明日はともかく、明後日は来いひん思うよ?』
そう。あくまで手順の問題だが、リンドバーグに連なる一族を殺してしまえば、こと木星で明後日はない。
「知らなかった」は通用しない。
この船のデータにアクセスしたという記録は相手の艦に残ってしまっている。
それで船長名を、しかも「リンドバーグ」の名を読み飛ばすようなバカなら、最大限軽くすんでも失脚は免れない。
少しの間を置いて、通信が来た。
『拿捕、連行する。相対停止。抵抗の素振りがあれば、それだけでも大義名分は立つ!』
『気密室もセンターチューブも与圧は抜いている。これから管制室の与圧も抜く。
完全武装のハードスーツでも、ストレスフリーで入れるぜ!
ハッチを光らせるから、勝手に入ってきてくれ。
それと、管制室の与圧を抜いたらもう会話は出来ない。
無視してるんじゃなくて、できないって事は理解しておいて欲しい』
通信途絶とか言って沈められてはたまらないから、念には念を入れる。
「チューブ1本食ったら、水も飲んでおけ。喉が渇いただろう。
相手の手際次第だが、ヘボなら半日メシも水も抜きだ。
終わったらヘルメットをかぶれ! 急げ!」
そう言うと俺は自分も手当たり次第に口に入れ、水で流し込んで、ヘルメットをかぶった。
管制室の与圧を抜く。
ガツン!
船が真横に吹っ飛ばされるかのような衝撃がきた。
移乗チューブを、白兵戦よろしく打ち込んで来やがったか。
それでこちらにダメージが出ても、相手としては「マニュアルに従った上での事故」で、言い逃れが出来る。
リンドバーグ家が木星で強大な権力を持っているとしても、同程度以上にアンチがいる。
殺してしまえば言い訳はきかないが、半死半生ならなまじっかな健康体よりも、時間が区切れるだけ交渉カードとして有効に使える。
「容体回復のために尽力したが、努力の甲斐なく」というワケだ。
それがわかっていて無駄な抵抗をするほど、俺もマヌケではない。
とはいえ。
俺はヘルメットの中で顔がにやけるのを我慢出来なかった。
「リンドバーグ」の名前だけなら、覚悟があれば誰でも名乗れる。
が、ガキには特有の「ナマリ」があって、それが判断を難しくさせる。
名門旧家か、あるいはそれこそリンドバーグ家のような上流階級特有のナマリなのだから。
俺の目算とはタイミングがずれたが、狙いは同じだったか。
もちろん、メッキはすぐに剥がれるだろうが、今が凌げれれば、あとは……クソ。
さっき慌ててかきこんだメシのせいか、胃が痛くなってきやがった。
20年以上も前、火星でサラリーマンをやっていた時代に毎日感じていた痛みに似ている。
こんな走馬燈はまっぴらだ!
切り抜けてやる! 美味いメシをもう1度食う!




