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スペーストレイン [カージマー18]  作者: 瀬戸 生駒
第3章 小惑星「パラス」
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宇宙軍

 パラスまであと5日。

 まだ3日以上の余裕があるにもかかわらず、パラスから矢継ぎ早に誰何が届いた。

「うまくねぇなあ……」

 俺のつぶやきにガキがいぶかしむ。

「とっくに入港許可ももろうてるし、ええんちゃうん?」

 こればっかりは説明のしようがない。

 これまでの経験で培った嗅覚というか、きな臭さを感じる。

 それでも、できるだけの説明はしてみよう。

「火星を覚えてるか? こういうのは入港2日前までに出せばいいんだ。

 それが3日以上前からピリピリしてるってのは、あんまり上手くねえってことだ」

「したら、やっぱりばっくれる?」

 深い溜息とともに、ガキに応えた。

「ここでばっくれたら、それこそ怪しいって自白するようなもんだ。

 船首ならともかく今はケツを向けている。

 そこにミサイルが飛んできたら、たぶんこの船でも危ない」


 そう言うと、俺はキャビネットの引き出しを開け、一番下の段に入れていた黒い塊を出した。

「おっちゃん。思うねんけどな」

「うん?」

 その様子にガキはおずおずと告げた。

「買い物はナマリ弾よりコインで払うた方がスムーズちゃうかなーって」

 腰を浮かせて手を伸ばし、ガキの額を軽く叩いて「バカヤロウ」と笑った。


 パラスまで0.5光秒。

 ただし減速しているので1日以上も距離があるのに、灰色のクルーザーが寄せてきた。

 点滅する赤い光が6つ。パラス宇宙軍の公船だ。

『臨検だ。相対停止する。ハッチを開けろ』

『はいよ。おつかれさん』

 ハッチを鈍く光らせた。


「やっぱヤバそう?」

 幾分声を潜めて問うガキだが、考えすぎだ。

「火星でデリバリーってあっただろう。

 パラスじゃ『臨検』って名目で機関士を送ってくれるんだ。

 もっとも、やっぱり有料だけどな」

 ガキは目を光らせて、感心して見せた。

「大人って、いろいろ屁理屈考えるんやなー。疲れそうや」

「それがお役所仕事ってヤツだ。覚えておいて……得もないけど、損もないぞ」


 カビの生えた規則だが、入港と出航には船長・機関士・航海士の3人がそろっていないと認められない。

 が、たいていのトレインはワンマンオペレーションいわゆるワンオペで、人間が足りない。

 そこで理由をつけて欠員を送ってくれる商売がある。

 そもそもコンピュータが今ほど進歩していない時代の名残で、資格さえあればペーパーでも、何なら置物でもいい。

 シートに座っているだけなのだから。


「と。おっちゃん! こっそり隠れてる船がいてる!」

「バカヤロウ! どこに目をつけてやがる! しっかりレーダー見てろって言ってるだろう!」

 怒鳴る俺に負けじとガキが怒鳴り返してきた。

 声変わり途中に特有の、妙にかさつきのあるメゾソプラノが頭に響く。

「灯火管制して通信管制してステルス塗装や! ちゃんと目視してたから気がつけたんや!」

 …………っち!

「位置は? 動いているのか? レーダーの照射はないな?」

 が、質問にガキは応えず、頬を膨らませて言った。

「その前に言うことがあるやろ?」

 クソがあ!

「あー、悪かった。バカヤロウ!」


 それで満足したのか機嫌を直し、諸元を並べた。

 潜んでいる船の所属は不明だが、おそらくパラス。

 サイズは遮る星から勘案して200m級というから巡洋艦か。

 位置は進行方向の前方、船首から見ればケツ側で、この船は弱点を晒している。

 赤色灯をつけた公船を囮にして、しっかり挟撃の形になってやがる。


 その公船が寄せてきて、直方体の箱形ボートを出してきた。

 ちなみに、惑星間航行能力を持つ船を「シップ」と呼び、それができない船を「ボート」と呼ぶ。

 イオン推進の超小型ボートはともかく、中型以上のボートは燃費がかさむので、通常の「臨検」ではチューブを伸ばすのが常だ。

 つまり、わざわざボート……モニターで見る限りでは12人以上が乗れるタイプを出してきたって事は、デリバリータイプの臨検ではなく、本気と考えていい。


「気にしても仕方ないか」

 溜息交じりに呟いた。

「そもそもこの船に見られて困るものは積んでないし、勝手にしやがれってか」

「そう言うたら、私掠船も盗るもんなくて私引っ張ってこうとしたくらいやしな」

 ガキが笑う。

 そして、俺が指示する前に自分からライトスーツを着始めた。

 まさかとは思いたいが、軍に趣味人がいないという保証もない。

 ホットパンツにTシャツで出迎えるのは、「客人」に対して失礼だろう。

 俺もライトスーツに袖を通し、キャビネットの引き出しにロックをかけた。


 ぐいん!


 かすかに船が揺れた。

 接触したか。

 ただ、本当に揺れは小さく、ボート操舵士の技量の高さがわかる。

 それが個人の資質か、パラス軍全体のレベルが高いのかは知らないが、なめていい相手ではない。

 外部からハッチが開かれ、気密室に4人が乗り込んできた。

 ハッチが閉じたのを確認して与圧を始める。

 隠しカメラに連動したモニターで見ると、リーダーの胸元には緑地のスーツに白抜きで「ー」のライン1本と、小さな点が2つ。

 まさか中佐様が来るとも思えないから、中尉さんてところか。

 それでも士官様をお迎えするんだ。失礼がないようにしないとな。


 与圧が終わったところで内部隔壁を開けた。

 それを待っていたかのように、すっと右手が差し出される。

 俺も右手を出して握手した。

 手のひらに忍ばせていたマスターキーとともに。

「歓迎するぜ。

 と。それでどこでも、好きなように見てくれ」

 相手はキーに繋がったストラップを腕に通すと、肩をすくめて両手を開いた。拍子抜けしたように。

 それでも、キーに刻印されたナンバーを読み上げた。

 おそらくはボートに残った連中に知らせるためだ。

 このナンバーは、この船が引っ張っているカーゴのマスターナンバーが記されている。

 それがわかればカーゴを開くことができる。

 本気で臨検するつもりか?


「艦橋、いいか?」

「管制室だ。こっちは民間船だぜ」

 2人して同時に苦笑した。


 管制室に入ってきたのは、くだんの士官ともう一人。

「ー」の上の点が1つ少ない。

 残りの連中はトイレや給湯設備の扉を開けて、ライトまで使って照らしている。

 やっぱり、本気の臨検だ。


 ヘルメットを取ると、やや年かさの顔があらわれた。

 と言っても、俺よりはかなり若いが、「青年士官」と呼ぶには無理がある。

「おっちゃん。ボートから降りた連中がカーゴ開けてん。かめひんの?」

 その声に士官の顔が向き、いぶかしむ表情を浮かべる。

「アンタの娘か? いや、さっき『おっちゃん』って言ってたな。誰だ? 関係は?」

「人身売買じゃねえよ。あれがこの船の船長だ。書類見るか?」


 が、士官は書類ではなく、ガキの全身と、管制室全体に目を走らせた。

 キャビネットの引き出しも全部開かされた。

「この引き出しだけはロックがかかっているな」

 口調に、かすかに緊張が走る。

「ああ。これが入っているからな」

 そう言うと、解錠して引き出しを開けて、黒い鉄の塊を取り出した。

 拳銃だ。


 拳銃を目の前に置かれて、かえって緊張が緩むというのは、軍人ならではだろう。

 笑みさえ浮かべて言った。

「アンタの趣味か。今時鉄のクラシックな銃なんて……キライじゃないぞ」

 そう言いつつ銃から視線を外し、引き出しの奥を探る。

 そして頷いた。

 もう一人からの声が響く。

「麻薬のたぐいはありません。タバコすら」

「そんなモンは成人する前にやめたぜ。ガキじゃねえし……てか、あんなガキまで積んでるんだ」

 そういう俺に、士官は引き出しをもう一度見て言った。

「タバコはともかく……ゴムもないな。男が、大人が気をつけるモンだぜ」

「バッ、バカヤロウ! あれはガキだ! そんなんじゃねえ!」

 年甲斐もなく赤面してしまう。

「枯れちまったのかねぇ」

 相手が軍人で、士官じゃなかったら殴っていたところだ。


 咳払いを入れて、士官は真顔に戻った。

「悪かったな。俺はパラス正規軍のグラントだ。あっちは部下のフーバー。

 今度はこちらが歓迎するぜ。ようこそパラスへ」

 そう言って右手を伸ばしてきた。

 それを受け止めて、俺も答えた。

「世話になるぜ。中尉殿」

 しかしその返事に士官はきょとんとして、一瞬の間を開けて、声を上げて笑い出した。

「ああ、このマークか。中尉にはラインが1本足りない。俺は軍曹だ。あっちは伍長」

「士官様かと思って緊張していたのが丸損だ」

 俺は小さく愚痴て、ガキを指さした。

「あのちっこいのが船長の、ケイ=リンドバーグ様だ」

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