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スペーストレイン [カージマー18]  作者: 瀬戸 生駒
第1章 火星へ
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DD51(2)

マイクロデブリの「雲」に突っ込んだ。

バカみたいに頑丈な「船」だ。ドライアイスの「雲」なんか怖くもない。

……と油断していたところに響き渡るアラート。

いったい何がどうしちまったんだ?

 「管制室=コクピット」と「制御室=制御エリア」は、全く別のシステムだ。

 制御室が破損したら、管制室からどんな指示を出しても、スラスターの制御ができなくなることもある。

 そうなると航路を外れ、止まることもできないまま、この船の形通り弾丸として宇宙の彼方に飛んでいくこともあり得る。永遠に。

 一縷の望みを託してエラーを再確認した。ハッチが吹っ飛んだのはわかったが、それ以外の内部損傷を確認しようとして。

「……最悪だ」

 黄色やオレンジ、何なら爆散リスクを示す赤文字でも出ていれば、そこを修理すればいい。

 スラスター制御にしても、いくつもの迂回路が用意されていて、そちらに切り替えれば乗り切れる。

 が、エラーモニターは、オールグリーンだ。

 ハッチが吹き飛ぶような損傷を受けてオールグリーンはあり得ない。あるとすれば……センサーの基幹部が死んだときだけ。

 ならばと予備センサーに切り替えを指示しても、エラーモニターには全く変化がない。

 とすると、コクピットと制御部を繋ぐコアユニットそのものが死んだとみるべきだろう。


 いや!

 それならそれで、コアユニットをバイパスすればいい。

 ただ、管制室から指示したところで直接指示信号を受けるコアユニットが死んだ以上、切り替えは人の手でやらなければならない。

 俺は立ち上がり、薄水色のライトスーツを引っ張り出した。

「簡易宇宙服」とも訳されるが、バイクライダーのツナギをイメージした方がわかりやすいだろう。

 当たれば米粒サイズのデブリでも内出血ができるし、最悪骨折もあり得る。

 が、これから着込むハードスーツでは、船内活動はできない。

 まずはハードスーツを着て吹っ飛んだハッチまで行き、手頃なフックにハードスーツを引っかけて蓋代わりにして、俺自身はライトスーツで船内活動をする。

 修理が終われば、ハードスーツはそのままにして、ライトスーツで戻ってくる。

 デブリで多少のダメージは喰らうだろうが、言い換えれば死ぬようなことはない。

 頭は、ハードスーツと兼用の頑丈なヘルメットが守ってくれる。


 コクピットに備え付けてあるライトスーツをトランクスの上から身につける。

「スーツ」と呼ばれているのは、上下ワンピースで船乗りがコロニーなどでの外出着にも流用しているためだが、着心地も考慮された柔らか素材の水色のウエアだ。

 股まで開くファスナーで着るのは簡単。そのファスナーをマジックテープで覆うという20世紀中期の技術だが、洗練を経てインナーウエアくらいの気軽さが売りだ。

 事実、軍ではこれに若干の防弾性能を持たせた物を、インナーウエアとして兵士に常用させている。


 船体のほとんど真ん中、横っ腹に気密室はある。

 コクピットから後方に繋がる唯一の通路を経て、後部隔壁手前で真横に折れたところだ。

 ここも分厚い、ただし可動する隔壁で区切られているが、DD51型では唯一の、外部への通路となっている。

 「気密室」とは言っても所詮は「通路」で、何枚かの隔壁で区切られているに過ぎない。

 それでも、エアシャワーや紫外線シャワー、さらに気圧の操作ができるのはここだけだ。

 普段は与圧をしていないが、今は大至急で加圧中だ。


 加圧が終わるまでの暇つぶしに、小ネタでも披露しようか。

 映画などで、宇宙船の船内くまなく与圧していたりするが、あれはフィクションだ。

 与圧された状態で制御されていない不測の穴があくと、そこから船そのものが四散しかねない。

 真空中での空気漏洩は、水蒸気爆発のさらに数百倍に及ぶ爆発力を持つ。

 さらにドラマのように会話や呼吸、つまりは酸素を含む大気で与圧していれば、火災のリスクもある。

 というか船内全体を与圧するのはリスクしかない。

 そのため、宇宙船はいかに与圧エリアを小さくするかが設計の肝となる。

 軍の戦艦に至っては、与圧部分はブリッジと機関室、それと乗組員の寝室や食堂だけに限られ、それすら戦闘時には空気を排出して真空状態を作る。


 DD51型の場合、与圧されているのは前方の弾頭部分だけ、それもコクピットを含むライフエリアだけだ。

 センサーやコンピュータ本体がある部分には、与圧がされていない。まして後方の制御室には、与圧する理由がない。

 単に爆弾を背中に背負っているような物だから。


 お。与圧が終わったようだ。とはいえ、すぐに排圧するから0.7気圧だが。

 1気圧の通路からドアを横にスライドさせると、どん! と背中から押されるような引き込まれるような風が起こり、俺を気密室に投げ込む。

 そこでドアを閉め、気密室の壁……円筒形で無重力なのだから、壁も天井もなさそうに思うだろうが、しっかり平らな「床」はある。

 その床を取り巻くように紫外線のシャワー設備があり、船外活動で汚損した場合の殺菌を行う。

 床は磁石になっていて、安全靴のように金属板を仕込まれたライトスーツのブーツのソールと相まって、歩くことも立ち止まることもできる。

 DD51型は、船本体の直径が13メートルもない。

 ライフエリアから船殻を突き破るように作られている気密室は、直径・奥行き2.4メートルの円筒形だ。

 これにしても、精一杯キャパをとって絞り出した奥行きで、さっきは馬鹿にしたが設計者の努力は褒めていいとも思う。


 この壁のアールに沿うような形で、ハードスーツが塗り込められたように半分壁に埋まった形で固定されている。

 堅い外皮を持った、昔のSFで言うところの「パワードスーツ」をイメージしてもらえれば、形がわかりやすいかもしれない。

 全体は卵形をしていて、それに手足がついている。

 卵のへそ、上から2/3のあたりからフロントが大きく開き、足を入れて乗り込む。腕を通し、開いたフロント部を閉めて上の穴からヘルメットを出し、視界を得る。

 パワードスーツとの唯一最大の違いは動力がないことだ。無重力の宇宙空間で、人力で動かすという前提になっている。

 補助動力があるものはとんでもなく高価で個人事業主程度では手が届かないし、機動性を高めるスラスターをつけたり腕力や脚力を強化した本物の「パワードスーツ」は軍用オンリーで、民間人は所持しただけで重罪だ。

 あと、そもそもこれは「外皮」であって、生命維持は薄っぺらいライトスーツに任されている。

 根性や気合いがあれば必要ないかもしれないし、船外活動そのものを放棄して覚悟を決められるのなら、やはり必要ない。

 構造がシンプルなうえにともかく丈夫なので中古も大量にあり、新品にこだわらなければ比較的ではあるが安価だ。


 ハードスーツに手足を入れ、フロントカバーをおろしただけで、「減圧」のボタンを押した。

 今入ってきたドアと前方のハッチ、その両方にあるサイドのランプが赤くなる。

 これはロックがかかっているという意味で、どちらの扉も開かない。

 危険なのは「制御されていない減圧」で、「制御された減圧」なら、船にダメージはない。

 程なく前方のランプがグリーンをすぎてブルーになった。

 気圧はゼロ。

 俺は真空の宇宙空間に体を浮かせた。


 管制室からは雨音くらいにしか感じなかったが、ハードスーツ越しだとバシバシ! と、大粒の雹が降り注ぐほどの衝撃を感じる。

 出てきたハッチを手早く閉めて……0.1気圧でも与圧が残っていると、これに手間取るから、まさに急がば回れだ。

 ハッチを開けっ放しにして外に出て、戻ってきたらデブリでライフエリアが壊滅していたら、笑うに笑えない。


 問題の破損したハッチは、このハッチからだと、120度ほども回らなければならない。

 もちろんそれにも理由があって、ハッチを1カ所に集中させていると、整備性は向上しても強度が落ちるから。

 今回のような破損事故がもし1カ所に集中したハッチで起きていたら、そこで俺の人生は終わっていたかもしれない。


 降り注ぐ雹の中、俺は這いつくばるようにして、あるいはロッククライミングのように移動した。

 そのための「にぎり」は、これでもかというくらいに植えられている。

 大気圏突入を全く考えないからできた割り切りではあるが、それに助けられているのも確かだ。


 破損ハッチを目視して、俺は自分の不運を呪った。あるいは逆に宝くじを買っておくべきだったかもしれない。

 というのは、ピンポイントでハッチオープンのボタンがある場所だけにダメージがあったから。

 ほんの10センチずれていたら、こんな苦労は必要なかったんだ。


 強制排除させられたハッチ開口部を覆うようにハードスーツをかぶせて、手頃な「にぎり」に引っかける。

 へその部分をわずかに開き、頭と足を抜いて、身をかがめた。

 幾分自由になった足と背筋を使って、ハードスーツの開口部をさらに開き、頃合いを見て吹っ飛んでなくなったハッチの中、制御室に滑り込んだ。


 ハッチ脇にある照明のスイッチを入れると薄青く明かりが灯った。

 この色は波長が短く、遠方からの目視を困難にさせる効果がある。

 もちろん一刻を争う事故の場合は目立った方がいいが、些細な事故の場合だとヘタに目立って救難隊を呼び寄せたりしたら、その費用で破産しかねない。

 事故の現状確認をして手に負えないとき、生存に直結すると判断したときにのみ、照明の色を波長の長い赤とか目立ちやすい黄色にするのが通例だ。


 照明がつくということは、やはり制御室そのものは生きている。

 コアユニットが本命だが、ユニットだけ交換してコクピットに戻ったら黄色や赤の警告灯がならんでいたというのは間抜けすぎる。俺は他の装置類をチェックした。


 ハッチに近いいくつかの機器は、デブリの影響かかなりの凹みが見られたが、パイロットはグリーンだ。

 ……。

 そんなはずはない! 周辺機器をすり抜けてコアユニットだけを破壊するような、器用なデブリがあるはずはない。

 凝視していたパイロットモニターを離れ、あえて距離を取った。

 あり得る可能性としてはコアユニットを含む制御ユニットそのものが、ブロックごと動いたというのが一番大きい。

 床と天井、壁の構造材と制御ユニットブロックのずれを見る。

 平行や直角がずれていれば、アタリだ。

 ……わからん。

 さらに広い目で見ようと壁まで後ずさり、部屋の周囲を見渡す。

 ……わからん。

 部屋の隅に脱ぎ捨てられた予備のライトスーツにも異常は見られない。

 タイトルから、有名な「機械の身体を貰うために銀河を旅する鉄道」をイメージされた方には申し訳ございません。

 むしろ、同じ作家の別作品の影響を受けていますが、私の芸風(?)で、はるかにミニマムスケールです。

 なお、ネタバレになりますが、船の型式「DD51」は「D51」(いわゆる「デゴイチ」)ではなく、まんま旧国鉄の貨物機関車から、ヒネリも何もなく拝借しています。

 そんなマネをしておきながら、私には「鉄分」が皆無ですので……ホント、すみません。


 考証の矛盾などに気づかれた方は、お知らせいただけると幸いです。

 また、誤字脱字も気づかれましたら、ご教授いただけましたら幸いです。

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