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スペーストレイン [カージマー18]  作者: 瀬戸 生駒
第3章 小惑星「パラス」
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プロローグ+α

「おっちゃん……ごめんな。今までありがとうな……」

 弱々しくガキが呟く。身体を横たえて。

 無重力の宇宙船内だが、シートに座るポジションすら辛いのか、あるいはそのまま膝を抱えて丸まってしまうと動けなくなると思ったのか、センターチューブに出て。

 吐息が弱い。

「バカヤロウ! 何ほざいてやがる!」

「……あかんねん。もうあかんねん」

「だから何がだ!」


 もちろん、ガキの様子からただ事ではないのはわかるが、幸か不幸かここは宇宙船の船内で、感染症の心配はない。

 ただ、火星にいたときに罹患していたのが発症したとなれば、治療方法もない。

 外科分野なら応急キットはあるが、内科となればお手上げだ。

 だから俺は尋ねる。

 詳しい症状を。

 症状から病気の見当がつけられれば……ガキが嫌がっても荷物をパージして船を反転させ、火星に戻ってもいい。

 俺の信用や実績は霧消するが、それでガキが助かるのなら、そんなものは惜しくない。


 あるいは……考えたくないが、手に負えないのなら、航路を進む。

 ガキの遺体は気密室に浮かべて、予定通り木星を目指す。

 そして、イオの土に返してやるのが「保護者」の義務だろう。


 大昔の神話のように腐敗が進んだら?

 ライトスーツを着せてヘルメットをかぶせればいい。

 俺は船乗りだ。

 大昔のヘタレ神のように、腐った妻の姿におびえて逃げ出すようなマネはしない。


 ……「船乗り」か。

 自嘲が漏れた。

 本当の船乗りなら、航海中に死んだクルーは宇宙に流すのが本流だ。

 遺体を積んだまま航海を続け「土に戻す」なんてのは、船乗りのすることではない。

 それでも俺は「船乗り」であり、同時に「保護者」だ。

 それくらいは妥協してもらおう。

 誰に妥協を求めるのかは知らないが、この船のオーナーは俺だ。

 俺の決意が最終決定だ。


 だから俺はガキに尋ねる。症状を。

 それを船のコンピュータのライブラリで調べれば、見当がつくかもしれないから。

 所詮は航海用のコンピュータで病気についてのデータは乏しいだろうが……逆に言えばライブラリにある症例に合致すれば対策もわかるし、なければ……そういうことだ。


「ワビなんていらん! 症状をはっきり言え!

 オマエも船乗りなら軽々しく謝るな! 具体的に説明しろって習っただろう!」

 俺の怒声にガキは薄目を開け、右手で腹を押さえて……口ごもる。

「バカヤロウ! はっきり言わねえと、そのまま船の外に捨てるぞ!」

 その声にガキはようやく口を開いて、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。


     ◇     ◇     ◇


 太陽系を平面図で見ると、太陽を中心に水星、金星、地球……と同心円で描かれることが多い。

 事実、公転平面に多少のずれはあっても、「太陽系平面」の名前で通るように、ほぼ単一の平面上で公転していると言える。

 が、火星と木星の間には、アステロイドベルト、またはメインベルトと呼ばれる小惑星帯がある。

 この小惑星帯も、やはり太陽系の公転平面上にある。


「じゃあ、火星から木星に行くベストルートは?」

 俺の問いに、ガキはアッシュグレイの眉をしかめ、わしゃわしゃと同じ色の頭をかきむしった。

 あんな風に乱暴に髪をかきむしっても抜け毛の心配がないのは、正直うらやましい。

 なんとなく手櫛で前髪を掻き上げると、それだけで数本の抜け毛が指の股に残る。

 うち数本はせっかくの黒色が落ち、真っ白くなっていた。


 俺はロック=クワジマ。ガキは自称ケイ=リンドバーグで、スペーストレインと呼ばれる惑星間輸送船[カージマー18]で火星から木星を目指している。

 トレインというのは、いくつものカーゴを連ねた輸送船で、その先頭で舵とブレーキ、ついでに盾を兼ねているのがこの船だ。

「盾」というくらいだからともかく頑丈で、前方部分は7m、側面でも3mもの堅い合金で覆われているDD51型が俺たちの船だ。

 弾丸型をしていて全長は約30m、直径は13m弱で、一番後ろに長さ45mのスラスターポールという幅2.5m、長さ7.6mというこれまた丈夫なポールが4本伸びていて、先端部にスラスターと呼ばれる推進器がある。

 この船は火星を出発したので、火星の大気から抽出&圧縮した二酸化炭素を噴きだすことができる。

 もちろん、こんな物だけでは惑星間を渡ることはできない。

 スラスターはあくまで舵であり、推進力は火星を出るときに与えられた初期加速だけと言っていい。


 答えに窮して頬を膨らませるガキだが、考えすぎだ。

 実際には、小惑星帯にある1m以上のデブリは総てナンバーが振られている。

 その数は1000万個を遙かに超えるが、その分布エリアは火星の公転軌道よりもはるかにはるかに長い。

 つまりそれ自体も太陽を中心に公転していて、公転半径は22光分、それら総てを含めた公転軌道の長さは12億kmにもおよび、それぞれは数10kmから数1000kmも離れている。

 狙って突っ込まない限り、ぶつかることは皆無に近い。

 もっとも、この船の場合、トレインの長さは5kmもあるし、1m以下のナンバーの振られていないデブリまで考えているのかもしれない。

 このガキはほんの2年前まで文字も知らなかったのが、1年あまりで航海士どころか通信技師の資格まで取ってしまうほどに地頭が良かった。

 それが裏目に出ている。


 問いの答えは単純だ。

 100kmクラスの比較的大きな小惑星をアステロイドベルトから、つまりは惑星公転面から上下に引っ張り出して、「2次元の航路を3次元にする」だけでいい。

 最初にそれをやったのがガキが名乗っているリンドバーグ家で、小惑星エウノミアをメインベルトから引っ張り出し、中継小惑星とした。

 火星と木星の惑星間航海をするときはエウノミアでスイングバイを行うことにより、さらに加速ができる。

 もちろん、リンドバーグ家も慈善事業でこんなことを行ったのではなく、「スイングバイ利用税」を徴収する。

 その「税収」によってリンドバーグ家は単なる資産家から巨大資産家となり、さらにいくつもの小惑星を引っ張り出して「王家」と称されるほどになった。

 今では、木星の衛星エウロパを実質私有し、さらに100に近い国家を傘下に置く事実上の「帝国」だ。

 逆説的にだが、それでガキが名乗っている「リンドバーグ」が偽名だとわかる。

 こんな「姫」がいてたまるか!


 人類でもっとも有名な一族の名をとっさに名乗ったはいいが、引っ込みがつかなくなったというのが真相だろう。

 そこでやめとけばいいのに、公的資格の航海士に登録してしまえば手遅れだ。

 100年ほど前にスペースコロニーや惑星・衛星のドーム群で「独立ブーム」があり、人類世界は2000を越える国家に分裂した。

 その見返りに、人類は戸籍も住民登録も失った。

 本人確認は、独立ブーム前からある「法律」にのっとって発行される「資格登録」によってなされる。


 俺はガキの本名を知らないが、この船の中ではそんなものは意味がない。

「おっちゃん」と「ガキ」あるいは「オマエ」だけで不自由はない。

 この船の中には、2人しかいないのだから。


     ◇     ◇     ◇


 俺が目指しているのは、そんな太陽系交点平面の外にある小惑星「パラス」だ。

 パラスなのは、この小惑星が初めから公転平面の外にあって、初期投資がない分、スイングバイにかかる税金が安いから。

 スイングバイとは重力カタパルトの一種……というか重力カタパルトがスイングバイの応用だが、天体の重力に引かれて加速し、その天体の衛星軌道を回って円軌道を描くが、天体が公転によって移動するため、加速を得たまま方向転換もできるという魔法のような技術だ。

 理論上は、船の側はエネルギーも必要ない。

 もっとも、そんなパラスにもコロニーが浮かべられ、独立宣言後は「軍」も持って「徴税」を行う。

 余談だが、国家の下で税金によって運営される武装集団を一般に「軍」といい、武装集団が「国家」を養っているものを「海賊」と呼称する。主従関係が逆だ。

 ただし、海賊コロニーも「国家」の体裁をとっているうえに「輸入」コストがきわめて安いため、総じて住民からの税金は安く、商業コロニーとして繁栄している。

 その「人間の盾」によって、周辺の国家群との紛争はほとんど聞かない。

 自前のコロニーも宇宙港も持てず、逆に利用料を払っている海賊もどきが「私掠船」たちだ。

 もちろん連中は足元を見られて、相場よりもはるかに高い利用料を「徴税」されている。


 話がそれた。

 パラスというのはメインベルトでも有数の大型小惑星で、直径は530kmもある。

 太陽系水平面に対して30度ほども傾斜した公転軌道を回っているので、トレインが迂回航路を取るときには、たいていこの星を経由する。

 独立系のコロニー国家「パラス」が占有を宣言していて、スイングバイはもちろん、パラスコロニー自体も商都として栄えているため、立ち寄る船も多い。

 地政学的にも富の上でも列強が虎視眈々と狙っているので、軍事力にも力を入れている。


「したら、軍が威張ってるん? なんかイヤやなー」

 ガキのイメージはもっともだが、表向きは商都で、観光客が息苦しく感じるような軍の横暴はない。

 ただし、軍が警察や公安を兼ねているので、一線を越えれば容赦なく殲滅される。

 それがかえってパラスの治安を良好なものにして観光客を呼び込むという効果があるので、何が正しいのか俺にはわからない。


 パラスコロニーは、円筒形コロニーとしてはもっとも太陽系の外側にある。

 ここより離れれば太陽光線の恩恵は期待薄で集光板の効果はないし、メインベルトにより近い軌道にあるコロニーはデブリのリスクも高く、コロニー自体の機動性が期待できるドーナツ型コロニーが主流となる。

 最遠部にこそ巨大な建造物を作りたがるのは人類の本能なのか、円筒型コロニーとしては直径5km、長さ15kmと、もっとも巨大な部類に入る。


「……と。おっちゃんゴメン。トイレ」

 ガキは返事も待たず、管制室のテーブル中央に空いた穴に身体を潜り込ませた。

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