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火星入港

「夜」を意味するオレンジの「赤灯」に切り替わる。

 俺は目的の宇宙港の方向に信号を打ち、返信を確認してやはり目を閉じた。

 一瞬で意識がとび、次の瞬間には「昼」の白灯がついていた。

 壁面パネルには無数の光点が現されている。

 一瞥して黄色やオレンジ、あるいは赤がないのを確認して、こちらも信号をオンにした。

 光点は近くを航行している船で、衝突リスクがあれば危険度に応じて黄色やオレンジになる。

 至近距離を交差するルートでなおかつ信号を出していなければ「不審船(=UN)」として、場合によっては「排除」される。

 この船も今、他の船のモニターにはグリーンの光点の1つとして灯されただろう。


 間を置かず、宇宙港の管制に信号を送る。4秒後の返信を待って、操船をコンピュータに預けた。

 船の船籍確認信号と、それを受信したという返信でしかないが、この返信ルート上に宇宙港がある。

 それをたどるだけだから、ここからはむしろコンピュータ任せの方が確実だ。

 ただし、バカな宇宙バイクや未登録のデブリも多いから、目をこらしていなければならない。

「48時間眠れない」とは、こういうことだ。


 ガキはまだ起き出してこない。寝付きの良さは船乗りの必修でガキもこれはクリアできているが、起きるのは苦手なようだ。

 センターチューブに出て、メシを取る傍らガキの頭を殴って起こすのが日課となっている。

 センターチューブで2人で飯を食って、管制室に戻る。

 それから「デリバリー」を呼んだ。


「デリバリー」とは、長旅を終えて入港するにあたって、航海の無事を祝って乗組員で食べる、少し豪華な食事の意味だ。

 合成食料ではなく、現地の土からとれた新鮮な野菜や果物が運び込まれる。

 そのための船が「デリバリー船」ということになっている。


 が、「デリバリー」で実際に運び込まれるメインは「人」だ。

 法律の建前では、機関士と航海士、それに船長の3人の乗船が確認されないと、入港も出航もできない。

 が、DD51型のようなトレインはたいていが航海士のワンオペだ。

 そこで、資格だけ取って惑星にしがみついてる連中を見繕って船に届けてくれる。

 法律と現実の隙間産業だが、宇宙港の側も知っていて、あえて見逃すのが通例だ。

 俺がデリバリー船とメンバーと給料の話でもめていると……今回の航海もそうだが、火星は何か大きなプロジェクトが進められているようで、物価や人件費が急上昇しているらしい。

 とはいえ、資格の必要な機関士はともかく置物でしかない船長なんか、縫いぐるみでも大差ない! 


「呼ぶんは、機関士だけでええな」

 ガキが言った。

「最初におっちゃん言うたやん。飯代分は働けって。

 で、降りる直前の飯がごちそうやって。これの話やろ?」

 ああ。言われてみれば、そうもとれる。

「という訳で、今回は機関士だけでいい。

 ただし、これまでのつきあいもあるし今回は船長の分も払おう。

 そのかわり、信用できるのをまわしてくれ!」 

 もともと置物の船長だ。給料は機関士の2割程度でしかない。

 それを省くことで「信用できる」のを回してもらえるのなら、その方がたしかにコスパがいい。


 数時間して、小型ボートが気密室のハッチ横にとりついた。

 ハッチを開けてやると、ライトスーツの男がボストンバッグサイズの荷物とともに入ってきた。

 俺たちも気密室で、ライトスーツで出迎える。

 ハッチを閉め、与圧を始めた。

 ヘルメットのフェイスを当てて、自己紹介を求める。

 もちろん俺もガキも安全帯をして、ガキはハッチの強制解放ボタンの上に手を置いている。

 こいつがチンピラ崩れだったら、すぐにでも外にお帰りいただけるように。


 デリバリーは、就職活動中の学生らしい。

 機関士としてはペーパーもいいところだが、ここから先はその機関士も置物だし、下手なマネをして就職も資格もムダにするほどバカではないだろう。

 俺は人質にしても無意味な天涯孤独だし、船を奪ったところで販路を持たなければ、地上を走る中古自動車ほどの値段もつかない。

 最も高く転売できるだろうスラスター剤にしても、入港直前では空同然と普通は判断する。

 俺自身からして、まさかいまだ半分以上も残っているなど想像すらできなかったのだから。


 与圧ランプがグリーンになったところでフェイスを開けさせ、デリバリー機関士の人相を見た。

 ガキも覗きこむ。そうして頷いた。

 同意見だ。

 念のため、荷物も確認する。

 ライトスーツと同じ素材・構造を持つバッグの中には、カラフルな野菜や果物が詰まっていた。

 バッグを残して、内側隔壁、ドアのロックを開けた。


 3人で管制室に戻る。挨拶も省いて、それぞれが自分のシートに座ろうとするのを、俺がガキを制した。

「おまえは座るな!」 

「いじめや!」 

 どこでこんな言葉を覚えたんだ。

 聖書にはたぶん載ってない単語だぞ。

「シートの下に、船長の服が入っている。センターチューブで着替えてこい!」 

 白い服を見てガキがどんな表情をしていたのか、ライトスーツにヘルメットをかぶり、フェイスカバーを閉めていてはわからない。

 ともかく頷いて服を取り、センターチューブへ帰っていった。

 俺も普段着のトランクスとTシャツの上にライトスーツを着ている。

「機関士」の就活生は、着てきたライトスーツを脱いでいない。

 

 だいぶ時間がたったが、ガキが戻ってくる気配はない。

 少し気になり始めた頃、内線がコールされた。

「バカヤロウ! 何やってやがる!」 

「おっちゃん。この服、ライトスーツの上から着るん? 脱いでから着るん?」

「どっちでもいい、バカヤロウ!

 よくそんなんで船長やるなんてほざいたな!」 

 俺の怒声に、就活生が身をすくめた。


 ほどなく、手にライトスーツを抱えてガキが戻ってきた。

 脱いでから着たか。だいぶ我慢できるようにはなったが、クソスーツのトラウマは消えていない。

 が、ライトスーツに躊躇している間は、宇宙には出られない。

 ガキが着ているのは、詰め襟の白スーツに仰々しい金モールをつけた「らしさ」だけの船長服だ。

 場当たり的使い回しが前提で、小さい服に大きな身体は入らないが、逆なら着られる。

 とはいえ、身長190cmでも入るサイズにしていたのはまずかったか。

 袖もあまり、ガキの小ささが実際以上に強調されてしまう。

 ガキの顔を初めて見て、就活生の顔が引きつった。俺と見比べる。

「バカなこと考えてたら……宇宙デブリになるのがいいか、地上のデブリになるか、参考までにリクエストを聞いてやる」

 それにガキは声を上げて笑い、就活生は意識を失いかねて

「……はい」

 と、ようやく弱く応えた。

 こんな細い根性じゃ宇宙じゃ使い物にならない。

 少なくとも俺なら雇わない。

 残念だったな。


 宇宙港に通信を送る。時差は2秒、つまり1光秒の距離だ。

「こちら、スペーストレイン[カージマー18]。

 船籍は木星・イオ。鉱床を運んできて届け終わったところだ。

 俺は航海士のロック=クワジマ」

 つづいて機関士が名前を告げた。

 最後にガキが眉間にしわを寄せて、ようやく名前を絞り出した。

「俺は船長の……カ……ケイ。そう、ケイ=リンドバーグ!」 

 それまでつとめて真顔で事務的に対応していた管制官が、ついに吹き出した。

「失礼しました、姫様。27番ポートまでエスコート致しますので、ビーコンに沿ってお進みください」

 実際には、船籍をはじめとする船のデータや乗組員の資格等を記したカードの電子データは、別途船と宇宙港のコンピュータ同士で通信が交わされていて、顔を出してのセレモニーは、形式だけと言ってもいい。


 船名=カージマー18、型番DD51-54。

 DD51型惑星間宇宙船で、5番惑星(木星)から4番惑星(火星)に向かっているという意味だ。

 帰りは「DD51ー45」になる。


 たまにあからさまに人相が悪いのを弾く程度で、「面接」で入港拒否されることは滅多にない。

 最も重要そうに思われる「船長」に資格が不要なのは、しばしば「船長」に荷主や船のオーナーがなるためだ。

 彼らにも資格取得を求めるか、あるいは全く求めないかの二択で、後者を取っただけの話でしかない。


 ビーコンが放たれ、コンピュータが受信を確認した。

 これから宇宙港のポートにドッキングするまで、本当にすることがない。

 気密室に移動すると、ガキは着慣れない、ごわごわした素材の大きすぎる服をすぐに脱いだ。

 いつものTシャツにトランクス姿に戻ったところで、ついてきた就活生の顔がまた引きつる。

 俺は就活生に声をかけた。

「バカなことを考えてるんなら、またリクエストを聞くことになるぞ?」 

「リ……リクエストはありません!」 

 背筋を伸ばして気をつけの姿勢を取る。意外に背丈がある。

「ようし。じゃあ、このガキを連れて船を降りろ、ごくろうさん。

 あと、わかってるとは思うが……このガキにバカなマネしやがったら、俺も宇宙船乗りだ。

 オマエがどこにいても、そのあと俺がどうなっても、オマエサイズのデブリを宇宙に作る!」 

 就活生は慣れていない不器用な敬礼をして、背中をのけぞらした。

 ライトスーツとマグネット床じゃなかったら、とっくにバク転しているほどだ。


「おっちゃん、メシ!」 

 俺はガキにボストンバッグを投げつけた。

「これでも食ってろ!

 この兄ちゃんが地上まで連れてってくれるってよ!」 

 しばらくガキはきょとんとした顔をしていたが、ライトスーツを着てボストンバッグを抱え、床にすくりと立った。

「じゃあ兄ちゃん、俺と行くか。おっちゃん、ありがとうな」

 と言うとヘルメットを手に取って背中を向け、右手を挙げた。

 顎の先に手を当て、こくんと頷く。フエイスガードをおろしたというサインだ。

 俺は気密室のボタンに指をあて……それを押す前に、一言だけ告げた。

「『俺』はもう使うな。確実に仕事が減る」

 ボタンを押してドアが閉まる寸前、ガキがまた右手を挙げるのが見えた。


 あばよ、バカヤロウ! 

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