85話 伝言
作戦決行の日が来た。
朝食を済まして、宿を出る。
移動は【転移魔法】を使ったので、王都には一瞬で辿り着いた。
早速、城壁の中に入ろうとしたところで、門に立っている兵士に止められた。
「ここは子供の来るところでは無いぞ?」
俺は装備形態、つまり、はたから見れば、11歳の子供がノコノコとやってきたようにしか見えない。
まぁ、問答無用で追い返されて当然だろう。
それは、ただの子供の場合。
アリスは違う。
「そう言えば、お嬢さん、どこかで見た事が……。ま、まさかラントヴィルト伯爵の御息女……」
『はい、私の名前はアリーシア・ラントヴィルト。ガルシア・ラントヴィルトは私の父です』
「申し訳ございません!! 先の非礼をお許し下さい!!」
アリスが貴族の娘だと聞き、兵士が急いで膝を着き謝罪をする。
「頭をあげてください。私は別に気にしていません」
兵士はもう一度頭を深く下げ、謝罪の意を示し、言われた通り立ち上がった。
「そう言えば、ラントヴィルト夫妻、そして貴方様は行方不明と聞いていましたが、いつの間に戻られたのですか?」
完全に忘れていたが、一貴族の家族全員が行方不明になっているのだ。
噂になっていないはずが無い。
「何も報告を入れず、すみません。私の家族や使用人達は全員無事保護しました。近い内、家の者から連絡があると思います」
「わかりました。無事で何よりでした。事の成り行きは、国王に報告の方をお願いします。大層心配されているご様子でしたので……。それではご用件の方を伺ってもよろしいですか?」
話が戻る。
「王国軍三番隊の隊長に、話がしたいと伝えて下さい」
「オベス殿ですか?」
どうやら、今はオベスが隊長をやっているようだ。
よかった。もし他の人が隊長だったら、交渉は難航しただろう。
「はい、お願いします」
「一応伝えはしますが、オベス殿は少し変わり者でして、会談を断るかもしれません」
兵士は困ったように頬をかいて、そう答えた。
『兄さん、どうします?』
アリスから念話が飛んでくる。
『どうしよう』
会談を断られる可能性なんて考えてなかった。
何か、オベスの興味を引く事ができれば……。
良い話題は無いか考えるが、残念ながら何も思いつかない。
『兄さん、その人から恨まれてるんですよね?』
アリスが不意にそんな事を言い出した。
アリスの思惑は分からないが、取り敢えず肯定しておく。
『兄さんがいると知れば、向こうから会いに来てくれるのでは?』
たしかにアリスの言う通り、俺の存在を知れば無視される事は無いだろう。だが、
『問答無用で攻撃される可能性が……』
俺は、オベスの戦友を殺しているのだ。
完全装備で登場し、対面と同時に戦闘開始なんて事態が容易に想像できる。
しかし、他に良い案は浮かばないのも事実。
『その辺りは大丈夫だと思います。私はこれでも貴族の一人娘。私を巻き添えにしかねない状態で、戦闘を始めるとは思えません』
アリスが自信ありげにそう答えた。
しかし、アリスの考えは、言ってしまえば理想論だ。
確かに攻撃させる確率はかなり減るが、一貴族の娘の安否と、伝説の魔物の討伐を天秤にかけ、前者に傾いた場合の話である。
それに、オベスが他の兵士に言いふらせば、会談は困難になるだろう。
だが、
『その案で行こう』
アリスの案を採用した。
簡単な話だ。
アリスに降りかかる危険は俺が払ってやれば良い。
それに、伝言の中に『他言無用』を含めておけば大丈夫だろう。
オベスが約束を守る理由が無い? そんなの守らなかった時に考えよう!
他の案を考えるのが面倒になったとか、そういう理由ではない。
『伝言の内容はどうしましょう?』
『合成魔という単語を使わず俺の存在を主張し、他言無用も盛り込まなければいけないな』
うん、超難しい。
『兄さんとオベスさんしか知らない出来事を教えて下さい』
………
……
…
《隊長就任おめでとうございます。前任者からの伝言を伝えた者として、経緯が気になりますので、2人だけの会談の場を設けて頂けると幸いです》
2人で相談した結果、こんな文章が完成した。
他にもっといい言葉があったとは思う。
でも、そんなの「はい考えてください」と言われてすぐに思いつくわけが無い。
土壇場での思い付きの割には、なかなかの出来だ。
『これを伝えますね』
『ああ、頼んだ』
少し不安が残るが、まぁ、なんとかなるだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「テメェら! 気合い入れていくぞ!」
「「おーーーー!!」」
王国軍三番隊隊長、オベス・ツェルの声に続くように、隊員が声を上げる。
三番隊は絶賛訓練場で猛特訓中だ。
不幸な事故だったとはいえ、自分たちが不甲斐ないばかりに、前隊長が犠牲になってしまった。
そのことを自覚している彼らのモチベーションは、かなりのものであった。
「よし!! 良い返事だ!! まずは、城壁の外周ランニングだ!!」
オベスを先頭に、皆が列を組み走り出す…………事はなかった。
「オベス殿、ご報告があります!!」
城門の方から走ってきた兵士に、先頭を切っていたオベスが止められたのだ。
「誰からだ?」
邪魔をされたにもかかわらず、嫌な顔一つせず時間を割く、それはオベスの人の良さを表していた。
後ろの兵士達が何の不満も言わずに待っているのは、オベスの教育の賜物と言えるだろう。
「ラントヴィルト伯爵の御息女です!」
「ラントヴィルト家の者は、全員揃って行方不明と聞いていたのだが、見つかったのか?」
「はい、本人から、皆無事だと報告を受けています」
自分達も、何度か捜索にあたらされたが、全く手がかりがなかった。
迷宮入かと思われた事件が、いつの間にか片付いていたせいで、複雑な気持ちになるが、まぁ、解決してよかったという結論に至った。
「そうか、まぁ、何にせよ、無事ならよかったよ。で、その御息女様は一体どんなご用件で?」
ラントヴィルト行方不明事件の話題は、区切りの良いところで止め、話を戻す。
「ラントヴィルト伯爵の御息女曰く、オベス殿の話が聞きたいとの事です」
「はぁ、なるほどな……」
オベスは、その報告を聞きため息をついた。
時々いるのだ。兵士達の武勇伝を聞きたくて、親のコネを使いここまでくる貴族の子供が。
正直、付き合いきれない。
「その子にはすまないが、断っておいてくれ。まぁ、ただ帰すのも悪いし、城の食堂でおやつでも食べさせてあげてくれ」
そのまま無下に返さないあたり、オベスの人の良さが伺える。
「隊長優しいっすね!!」
隊員が口々に冷やかしを入れてくる。
うるせー、黙れ! といった具合に、鉄拳制裁で冷やかしを止めさせる。
「わかりました。でも、本当に断っちゃって良いんですか? あの子、セドル元隊長の関係者でもあるんですよね?」
セドル……、その言葉は、訓練に戻ろうとしていたオベスを止めるのに、充分な役割を持っていた。
「セドルと知り合いなのか?」
オベスがそう尋ねる。
ラントヴィルトの御息女の顔は朧げに覚えている。
だが、少なくとも、自分の覚えている範囲では、その2人が話しているところを見た事はない。
「私も、その御二方が話しているところは見た事がありません」
いつの間にか隣にいた、副隊長のカミルもそう話す。
「え? でも、本人が『前任者からの伝言を伝えた』と……。文脈はメチャクチャですが」
その言葉を聞き、オベスとカミルの顔つきが変わった。
「お前らは先に訓練していてくれ。内容は覚えているだろ? 俺とカミルは少し抜ける」
このまま、ただ立たせておくのはダメだと判断したのか、オベスが兵士達に訓練に戻るように命令した。
全員が返事をし、訓練に戻っていく。
「伝言の内容を、詳しく教えてください」
先に口を開いたのはカミルだった。
「わかりました! では……」
《隊長就任おめでとうございます。前任者からの伝言を伝えた者として、経緯が気になりますので、2人だけの会談の場を設けて頂けると幸いです》
伝言を聞き、2人は絶句した。
《セドルの伝言を頼まれた》存在。
なおかつ、その伝言の内容がオベスの隊長就任に関係する。
その条件に当てはまる者は、1人しか思い浮かばなかったのだ。
合成魔
その三文字が、2人の頭の中に浮かんでいた。
「隊長、私もついて行ってもよろしいですか?」
カミルが、その会談に自分も連れて行ってくれと頼むが、
「ダメだ。伝言で《2人で》と釘を刺されている。地竜と真正面から殴り合えるような怪物だ。暴れられたらひとたまりもない」
カミルの頼みは、バッサリ切り捨てられる。
だが、カミルにも譲れないものがあった。
「お願いします!」
土下座する勢いで頼み込む。
「はぁ、わかったよ。向こうが少しでも嫌そうな態度をしたら、即退場しろよ?」
カミルのまっすぐな視線と、折れる事のない強い意志が伝わり、オベスが折れる形となった。