84話 正義の使者
王国に蔓延る悪の掃討を引き受ける羽目になった。
「ひーちゃんのスキルがあれば、催眠術や呪術の類は退ける事は出来ると思いますが、万が一の場合があるので、私の加護を与えるのです!」
レイアがアリスの鳩尾あたりに触れる。
すると、アリスの身体が眩く光り始めた。
光はすぐに収まった。
「【神判の代行者】。私のお願いの時限定で、死や異常状態などを無効化、スキル、ステータスを強化されるのです!」
レイアが、そう自慢げに説明した。
「凄い……」
アリスがそう呟いた。
まぁ、危険な橋を渡らせるのだ、ある程度の手助けはあっても良いだろう。
アリスが強化されるのは問題ない。だが、
「俺には?」
アリスにそう尋ねる。
そう、俺は【神判の代行者】のスキルを貰っていないのだ。
「ひーちゃんには無い方がいいかな、と思ったのですが……要りますか?」
「貰えるなら欲しい」
少し聞いただけでも、レイアの加護スキルはかなり破格の性能。
貰っておいて損はない。
『盟友、良いのですか? あのスキルは正義を執行する物、世界中から悪認定されかねない最悪の魔物。合成魔の貴方が持つと、どうなるかわかりませんよ?』
『マジで?』
トールがコクリと頷いた。
「わかったのです。ひーちゃんにも……」
そう言って近付こうとするレイアから、急いで距離をとった。
「??」
俺の行動が理解できないのか、レイアが首をかしげた。
「俺はやっぱり要らないや。正義のヒーローなんて玉じゃ無いし」
急いで誤魔化しを入れる。
「ひーちゃんがそう言うなら」
こういう時に、下手に追求してこないレイアの性格はありがたい。
「ありがとな」
………
……
…
行動開始は明日になった。
スタツ遺跡から一番近くの村まで、トールの力で送ってもらった。
「まずは、協力者を見つけましょう!」
アリスがそう提案する。
「アリスは心当たりがあるのか?」
一応貴族の一人娘、もしかしたらと思って聞いたが、
「知り合いは居なくはないのですけど、条件に合うとすると、思い当たりません」
申し訳無さそうな顔で、返事が返ってきた。
王国の権力者を相手にするのだ。ある程度の権力と影響力、戦闘になる場合もあるので、戦闘能力も欲しい。贅沢を言うなら大人数。
心当たりが無い訳では無い。
「無い訳では無いのだが……」
「兄さんはあるんですか!?」
アリスが期待の視線を向けてくる。
俺の心当たりのある人物、それは……。
「俺、そいつらに恨まれてるからな……、そいつらの親玉の命奪ったもん」
王国軍三番隊。
確かに条件にはピッタリなのだが、やった事が事な上に、わざわざ悪役を演じた。
目が合った瞬間攻撃が飛んでくる自信がある。
「私が説得してみせます!!」
アリスが自信満々にそう宣言する。
信用したいのも山々なのだが、問答無用の相手に交渉とか不可能……。
あ、アリスを人質に取ったと言えば……、アリスは貴族の娘、話くらいは聞いてくれるはず!!
「わかった。明日、王都に向かおう」
「はい! 絶対説得してみせます!」
そう胸の前で拳を作り、決意をするアリスには申し訳ないが、人質作戦を決行させて貰おう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今回も、部屋を別々にすると言う意見は却下された。
アリスの寝息が聞こえる。
結構な修羅場を乗り越えてきたが、この子はまだ11歳。
本当に強い子だ。自分が同じ立場だったら耐え切れるとは思えない。
目にかかっている前髪を優しく退けてやり、安心しきっている寝顔を見る。
ちなみに、アコンプリスを【吸収】した時に得た、【人化】という、人間に変身するスキルを使っている。
ここは異世界。
青髪や赤髪などが普通にいる世界なのだ。
自分がどんな人間に変身するか楽しみだったのだが、いざ鏡を覗いてみると、黒髪黒眼、長くも短くも無い髪型、イケメンでは無いが、ブサイクとも言い難い、平均的な男がこちらを見ていた。
うわ、懐かしい。
そこには前世の、まだ人間だった頃の自分の顔があった。
それを見たアリスの感想は、『すごく優しそうな人ですね』と、凄く当たり障りの無いものだった。
自分の事はどうでも良い。
改めて、アリスの寝顔を見る。
「こうやってみると、年相応の女の子なんだよな……。あの時見た、領主としての意志を持った強い子と同一人物とは思えない……」
アコンプリスを討伐すると決めた時を思い出す。
「貴方も十分強い子ですよ。盟友。」
気がつくと、隣に女神姉妹が立っていた。
「自分が命を賭けて戦い、助け出した人々、その者達からかけられる言葉は、お礼ではなく罵倒…………、それにもかかわらず、『仕方が無い』と受け止めることができる」
「受け止めると言うよりは、諦めてる、そう感じたのです」
そう話す2人は、とても悲しそうに見えた。
「いや、別に俺も罵倒されたいわけじゃ無いんだよ? でも、俺は魔物、人類の外敵、受け入れてもらえる訳がないじゃん?」
この微妙な雰囲気に耐えきれず、茶化すようにそう言う。
「はぁ、やはり、あの2人に何も言わなかったのも、そういう考えだったのですね」
その様子を見てか、トールはため息をついた。
レイアの表情も暗い。
「やはり……と言うって事は、あのやり取りを見てた?」
「もちろんなのです。止めに入って、あの2人を説得しようとしたのです……」
「でも、盟友の意思は、そうは望んでいなかった」
俺の考えを読み取り、遠慮してくれたらしい。
「なるほど、さすが神様」
「友達が傷つけられているのに、それをただ見ている事しかできない。ひーちゃんにその気持ちがわかるのです?」
そう話す態度から、レイアが静かに怒っているのがわかる。
「ごめん……」
「猛省するのです」
レイアは指を立て、まるで小さい子に注意するかのように、そう言った。
「もしも耐えきれなくなったら、遠慮なく私達を呼んでくださいね」
トールも微笑みながら、そう言ってくれた。
「心配かけてごめん。そしてありがとう」
俺の返事を聞くと、2人は満足そうに帰って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あの子の性格がわかってきました」
神殿に着いてすぐ、トールはそんな事を呟いた。
「うん」
彼女の姉であるレイアは、静かにその話を聞く態勢をとった。
「初めは、目的の為なら手段を選ばず、自分の元同族をも平気で殺す、酷い性格、自身もそれを自覚していて、自他共に認める下衆野郎、そう思っていました」
「でも、違いました。今回、弁解の素振りを見せなかったのは、あの女の子と両親の関係の崩壊を危惧しての事。私達の存在を知っていながら、私達に助けを求めなかったのは、私達の神としての立場を考えての事だと思います」
「私もそう思うのです。ひーちゃんはあの時、自分の事よりも別の者の事を優先して考えてたのです」
レイアもトールの意見に賛成する。
「あの子は確かに容赦は無い。ただ、それは自分に関係の無い存在、または、自分の気に入らない存在限定。少しでも情が湧いた相手には、無条件に助けてしまう。そんな性格です」
「悪く言えば、気まぐれなのです」
「ふふ、そうですね」
自分では正義のヒーローなんて玉じゃ無いとか言っておいて、強い者は気に入らない、弱い立場の者には情が湧いてしまう。
いつの間にか『強きをくじき、弱きを助ける』を体現してしまってる現状に、女神姉妹は笑いをこらえる事が出来なかった。