68話 押しに弱い
あの後、しばらく口論があった。
しかし、この娘、どれだけ脅しても引き下がらない。
「あーもう、わかった! 一緒にいてやる! ただし、引き取り先が見つかるまでの間だけだからな!?」
根負けした。
伝説の魔物が、ただの少女に。
俺、押しに弱すぎやしないか?
今までの記憶を辿っても、人の話を聞かない頑固者相手には押し切られてばかりな気がする。
いや、気のせいだ。多分。
俺の言葉を聞くと、少女は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
なんで、魔物と一緒に入る羽目になって嬉しそうなのか、全く理解ができなかった。
「何が君をそんなに突き動かすの? 本来、魔物と一緒にいるなんて完全に罰ゲームじゃん」
「魔物のお兄さんからは、優しい気配を感じました。それに、初めて会った時、すごく気使ってくれましたし……」
嬉しそうにそんな事を言ったきた。
あー、あれが失敗だったのか。
自分の余計な気遣いの所為で、面倒事に巻き込まれたようだ。
何であんな事しちゃったかな?
過去に戻れるなら、自分をぶん殴りに行きたい。
「あーそうかい」
もう、投げやりになりながら、そう答えた。
2人とも無言になり、微妙に気まずい空気が流れる。
なんか話す事はないか……。
この空気をどうにかするために、話題を探そうと少女を見る。
少女は、何故かこちらをチラチラ見ていた。
「どうかした?」
「私はアリーシアです。みんなにはアリスって呼ばれてます」
「あ、うん。アリスだな」
「…………」
「…………」
再度現れる沈黙。
「むーーーー!」
少女もとい、アリスが頬を膨らます。
明らかに不満げな様子。
「???」
なぜ怒っているのか分からなくて、何も返せなかった。
「…………名前……」
アリスは、俺が何も察していないのがわかったのか、ポツリとそんなことをつぶやいた。
名前? もしかして、アリスって呼ばれたのが気に入らなかったのか?
確かに、今日会ったばかりの、しかも魔物に愛称で呼ばれたくはないだろう。
「あ、ごめん、アリーシアさん」
「違いますーーーー!!」
なぜか怒られた。
「???」
特に、この子を怒らせる事をした記憶がない。
完全にお手上げ状態である。
「だから! あなたの名前を教えてください!」
「あ、なるほど! そう言うことか!」
「人が名乗ったのですから、自分も名乗るのが常識でしょう!?」
「ごめんなさい」
伝説の魔物が、一少女に怒られて謝る場面である。
「俺の名前は、霧島 日影。日影でいいよ」
これ以上怒らず訳にもいかないので、早急に自己紹介を済ます。
「ヒカゲお兄さんですね! よろしくお願いします!」
さっきの怒った顔は何処へやら、満面の笑顔で名前を呼んできた。
泣いたり、笑ったり、怒ったり、表情豊かな子だな。
厄介な事を引き受けてしまったかもしれない。
しかし、今更断る訳にもいかないし、諦めて受け入れる事にした。
「ああ、よろしく。でもお兄さんはやめて欲しい。妹を思い出すから」
兄呼ばわりは、前世に居た狂気の妹を思い出すから、即訂正を要求した。
………
……
…
「兄さんって、何の魔物なんですか?」
アリスがそう聞いてくる。
ちなみに、呼び方は《兄さん》で固定になった。
俺の要求は断固として拒否された。
アリスの言い分としては、
『兄妹設定にしないと、貴方は何の関係もない少女を連れ回している変質者になりますよ? 森の中ではまだしも、街に行った時に憲兵に追い回されるのは覚悟しておいてください』
と脅されたのだ。
ちなみに、『本音は?』と尋ねると、
『私一人っ子なので、兄が欲しかったのです』
と口を滑らせていた。
まぁ、本音は置いといて、憲兵に追い回されるのは勘弁して欲しいので、《兄さん》で妥協した。
別に言いくるめられた訳ではない!
俺が妥協してやったのだ。
「兄さん? 聞いてます?」
服の裾を引っ張ってくる。
「あー、聞いてる聞いてる。俺の正体だっけ?」
そこで思い出した。
合成魔は、伝説に語り継がれる最悪の魔物である。
それっぽく正体を明かせば、怖がってもらえるのではないか!?
「ふふ、知りたいか? それならば教えてやろう! 俺の正体は、かの伝説の魔物、合成魔だ!」
偉そうに叫びながら、偽狼《レッサーフェンリル・レプリカ》に変身した。
予想外の正体に、いきなり現れる4メートル近くある狼。
これで怖がらない訳がない。
我ながら完璧である。
そう思い、アリスの方を見ると、目をキラキラさせていた。
あれー?
「怖くないの?」
そう尋ねる。すると、
「だって、どんな姿でも中身は兄さんですから」
なんて答えが返ってきた。
これ、もうどうしようもないよね!?
「あの! 乗せて頂いてもよろしいでしょうか!?」
しかも、怖がらないどころか、そんな事まで言ってくる始末。
脅かして離れさせる作戦は、100%無理なことがわかった。
「どうぞ」
乗りやすいように伏せる。
………
……
…
「凄い! 馬車よりも快適です!」
人の背中に乗り、楽しそうに声を上げるアリス。
「それはよかったっすね」
適当に相槌を打っておく。
「この快適さ、さらに魔物対策としての機能も併せ持つ! 一層の事、人運びの仕事をしてみてはどうでしょうか!?」
そんな事を提案してきた。
ちなみに、魔物対策って言うのは、さっきから襲いかかってくる魔物を、威嚇や魔法を使い追い払っていたところにある。
もちろん、笑顔でこう答えておいた。
「絶対嫌だ」
「えー、いい考えだと思ったのに…………」
そういうアリスはどこか楽しそうだった。
「そう言えば、兄さんはどこに向かっているんでしょうか?」
「近くの村」
ただ、歩いていたわけではない。
【検索】を使い、近くの村に向かっている途中なのだ。
「もしかして、そこに私を置いてくる、なんて考えてませんよね!?」
俺の返事を聞いたアリスは、俺の頭を掴み、揺すってくる。
「あ、その手があったか……」
「何か言いました?」
不満げな声が上から聞こえてくる。
「イエ、ナニモ」
「兄さーん! そんな事しちゃダメですからね!」
そう言って一層強く揺すってくる。
「聞こえてるじゃねーか! あー、わかったわかった! そんな事しないから、揺するのやめて!」
その言葉を聞き、やっと揺するのをやめてくれた。
「全く、頑固な上に我儘とか、手に負えないな……」
負けっぱなしは癪なので、嫌味の一つでも言っておく。
「私、我儘を言わない、素直でいい子だってよく言われてました」
俺の嫌味を否定してきた。
「え、本当に?」
「本当です! なんで疑うんですか!?」
また、揺すり抗議が始まる。
「わかった! 信じる! 信じるから!」
早くも、上下関係が決まりつつあった。