65話 対等では無い交渉
地獄蜘蛛の姿のままでは、扉を抜けるの事が出来ないので、一旦、下級兵士に戻って外に出る。
その前に、恐怖で動けないでいる村人達の手錠を壊しておいた。
外を見ると、商人達が一箇所に固まり、それを守る様に護衛達が戦っていた。
あー、そう言えば、外ではオーガと戦闘中だったな。
完全に忘れていた。
このまま護衛達が倒されて、奴隷商人達が死ぬのは問題無い。
しかし、オーガ達は、ここにいる人間すべてを狙ってきている訳だ。
つまり、牛車内の奴隷達を見逃すとは思えない。
村人を襲わないよう、オーガ達に頼む?
いやいや、突然現れて『獲物を見逃してくれ』とか頼んでも、そんなオーガ達にメリットが一切に無い事、受け入れられるはずが無い。
一応オーガ達を【鑑定】してみる。
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種族:オーガ
危険度:D
ステータス
Lv:80
HP:3806
SP:16
ATK:821
MATK:5
DF:860
MDF:220
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うん、最悪、俺がオーガを倒せば何とかなるだろう。
ただ、それは最終手段だ。
流石に、理不尽過ぎて良心が……。
他の手段を考えよう。
交渉に応じてもらうには、向こうに何かしらのメリットが無いといけない。
メリット……。
ふと、オーガの方を見ると、倒れて動けない個体がいた。
【鑑定】してみると、
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種族:オーガ
Lv:72
HP:21 / 3320[出血][激痛]
SP:16
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うん、完全に瀕死。
これを交渉材料に使えないか?
例えば、応じてくれれば傷を治してやる、とか。
それくらいしか無いし、試してみるか。
取り敢えず、戦いの手を止めてもらわないと交渉のしようが無いので、
猛毒大蛇に変身し、オーガと護衛達が戦っている場所を行ったり来たりして、意識をこちらに向けさせる。
俺に気付いたオーガ達が、距離を置いてくる。
「キシャアアア!!」
護衛達を睨みつけ、威嚇して警告しておく。
よし、全員の動きが止まった。
『そこのオーガさん達、少し頼みを聞いてくれないか?』
早速【念話】を送る。
『その声、もしかしてそこの大蛇が話しているのか?』
返事が返ってきた。
以外と冷静な様で一安心だ。
いきなり『何だテメェ! 邪魔すんな! ぶっ殺すぞ!?』みたいに言ってきたらどうしようか、と思っていた。
まぁ、会話が出来るなら話は早い。
『そこにいる男達だけで手を打つ気は無いか?』
『どういう事だ?』
『後ろの牛車の中にいる人達を見逃してほしい』
『それは無理な相談だな』
『やっぱり?』
『当然だろう。そんな事をして、我々に何のメリットがある?』
超正論が返ってきた。
『メリットならある。そこにいる男達は俺が倒す。そうすれば、あんたらは自分の身を危険にさらす必要なく獲物が手に入るだろ?』
回復の話はどうしたって?
初めに一番の交渉材料を使う訳にはいかない。
一旦、無茶な条件を出しておいて、そこからハードルを下げていけば、意見が通りやすいらしい。
前世に、テレビでやっていたのを見た記憶がある。
頼む側なのに偉そうじゃ無いか?
交渉の時、下手に出過ぎるとこちらの意見が通りにくくなる。
それに、戦闘力的には、圧倒的にこちらに軍配が上がっているのだ。
高圧的に言ったほうが良い。
『このまま行けば、我々の勝利は確定だろう。お前の手を借りる理由が無い』
ごもっともだ。
『それじゃあ、そこで瀕死になっているお仲間さん共々、全回復させるってのはどう?』
返事こそ無いものの、仲間が助かると聞き、少し迷いが見られる。
このまま畳み掛ける!
『ステータスを見る感じ、そいつもう直ぐ死ぬよ。今も少しずつではあるけど、生命力がなくなって行ってるし、早く回復魔法をかけないとマズイかもね』
『よく考えてみてくれ。獲物の量は減るけど、君達は全回復するんだ。つまり、何もしなくても獲物が手に入るのと同じじゃないか? それに、全回復するんだから、今から別の獲物を探しても問題無い!』
『逆に考えて良いな。そいつらにトドメを刺した後、俺と一戦交える気はあるか?』
『わかった。その条件を飲もう』
交渉成立した。
え? 完全に脅してた? そんな事無いですよー。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
オーガ達には、目の前にいる大蛇に見覚えがあった。
ヴェノムサーペント
危険度【D】の中でも上位の魔物だ。
ただ、彼らオーガも、下位ではあるが危険度【D】。
3人寄れば、勝てないことはない敵だった。
それがただのヴェノムサーペントなら、だが。
オーガ達は、本能的に感じていたのだ。
相手が規格外な事に。そして、自分達では争う事すら許されない程、圧倒的に上の存在だという事に。
本能という、何の根拠も無い情報とは言え、自分達と、目の前のヴェノムサーペントでは明らかに力の差がある。
それにもかかわらず、相手は交渉を持ちかけてきた。
初めは、明らかに自分達にデメリットしか無いような条件だったが、すぐに自分達の状況を見て、悪く無い条件を提示してきた。
初めから、『仲間を全回復する』これが交渉材料の大本命だったのだろう。
条件こそ、自分達に不利な部分が多いものの、弱肉強食のこの世界において、格下相手に此処まで配慮をしてくれている。
断る理由は見当たらなかった。
それに、好条件過ぎないというのも信憑性があったし、この魔物なら約束を破る事は無い。そう確信が持てた。
『わかった。その条件を飲もう』