64話 自分は自分
トールに言われた通り、『魔物だから〜』とか『元人間だから〜』とかは考えず、自分は自分と考える。
これからは、自分のやりたい事を正直にする事にした。
取り敢えず、奴隷商人達への嫌がらせも兼ねて、奴隷達を解放する方向で決まった。
鍵のついている扉を、力尽くで抉じ開ける。
流石、19.600の物理攻撃力、
木と鉄で出来た扉は、難なく壊れた。
魔物状態では恐怖で会話が成り立たない可能性があったので、下級兵士に変身しフードで顔を隠し、牛車の中に入っていった。
突然、扉が見るも無惨な姿になったので、中にいた人達は唖然としていた。
「何で奴隷なんかになっているんだ?」
そう、全員に聞こえるように尋ねる。
尋ねるが、返答が返ってこなかった。
あれー? 割と普通に話しかけたと思うんだけど、失敗した?
周りを見回すと、全員かなり疲弊していて、HPも減っている様子だった。
疲れていて話せないのか? と思い、全員にヒールをかける。
全員、HPが満タンになるまでヒールをかけたので、かなり顔色が良くなった。
が、未だに答えてくれる者がいない。
どうすればいいのかわからず、途方に暮れていると、
「ワシが話そう」
牛車の奥にいた老人が、そう言って出てきた。
………
……
…
この老人は、村長らしい。
そして、今運ばれている人々は、全員同じ村の人だそうだ。
「つまり、ある日突然、農作物が出来なくなり食糧難を迎えた」
村長が無言で頷く。
「その時に金や食料を貸してくれたのが、前の奴隷商人だった」
「あぁ、彼奴らは『あなた達を見殺しになんて出来ない』なんて言って近付いてきたんだ」
若者の1人がそう答えた。
「ただ、返せなくなったので、村人達全員を奴隷として要求してきたと?」
「突然、『今すぐ金を返せ! それが無理なら村人の命を差出せ』なんて言ってきたんだ」
「しかも、利子の分も上乗せされていて、金額は倍以上になっていたんだ」
「抵抗はしなかったのか?」
そこまでされて、はいはい、と従ってるとは思えない。
「ちゃんと、待って欲しいとは言った。しかし、今すぐ返せの一点張りだったし、用心棒として、レベル100を超える冒険者を連れて来て、逆らったら殺すなんて言い出しやがったんだ」
「悔しいが、100レベルを超える冒険者に太刀打ちできるほどの腕の者は、俺たちの村にはいないからな……」
牛車内の村人全員が、本当に悔しそうに顔をしかめた。
確かに、力で脅されてはどうしようもない。
しかし、あの中に100レベルを超える戦士なんていたか?
そんな強そうな奴はいなかった気がする。
それにしても、村の窮地に突然現れて、良い顔をして金を貸してくれた。
しかし、規格外の利子をつけて今すぐ返すか、それが無理なら命を差出すように言ってくる。
そこまでされていて、何故原因が奴隷商人達にあるって気が付かないのか…………。
「はぁ、何でそんな契約を結んだんだ?とは言わない。何で仕組まれてるってわからなかったんだ?」
「仕組まれていた、とは?」
村長が首を傾げる。
「奴隷商人達が『水源に毒を混ぜ込んで畑をダメにした』って言っていた」
さっき聞いた事を伝える。すると、
「俺たちがこうなったのも、計画されていたことなのか!? ふざけんな!」
若者の1人が壁を殴りながら、そう怒鳴った。
「今から逃げればいいだろ?」
扉は開いている。
手錠を外してやれば、逃げることは容易い。
「もう手遅れです。仮とはいえ、奴隷契約をさせられてしまいましたから」
村長は冷静に、そう答えた。
「ちなみに解除する方法は?」
「契約者、つまり奴隷商人達が命を落とせば解除されますが、契約に『殺害不可』が含まれています」
なるほど、初めから対策されていて、自分達では倒せないのか。
奴隷商人、話を聞けば聞くほど嫌いになっていくな。
「でも、これは完全に計画犯だし、王国に訴えたら助けては貰えないのか?」
こんな人を嵌める様な事態、王国の警察的な組織が許すとは思えない。
国が味方についてくれれば、流石の奴隷商人でも諦めるしか無いだろう。
そう考え、聞いてみるが、
「国王は良い人だが、我々の意見は国王の耳には入らないだろうな」
「国のお偉いさん達は、奴隷制度は賛成だからな」
村人達はため息をつきながら、そう答えた。
イマイチ、彼らの意見にピンと来ない。
そんな俺の反応を汲み取ってくれたのか、説明し始めた。
「奴隷制度は、金さえあれば好みの異性を自分の物にできる。つまり金持ちの為にある制度なんだよ」
「そして、貴族達は金だけはある」
なるほど、金持ちの立場にいる大臣が、奴隷制度の要でもある奴隷商人を責めるわけが無い。
「国王はアテにはできない……じゃあ、どうしようもないな……」
ドンヨリした空気がこの場を支配する。
「領主様が生きていれば……」
村人の1人が、ポツリとそう呟いた。
「領主?」
「あぁ、俺たちの村のある地域を収めていたラントヴィルトというお方だ」
「ラントヴィルト伯爵は良い人だった」
皆が遠い目をしてそんな事を言った。
「そのラントヴィルトって人は今は?」
「行方不明になっておられる」
………
……
…
ラントヴィルト伯爵は、伯爵という地位にいながら、奴隷制度に反対していた珍しい貴族だったらしい。
だから、その人が収める地域では、奴隷商人が好き勝手動けなかった。
しかし、最近突然、伯爵夫婦とその娘が行方不明になったらしい。
そして、伯爵の加護が無くなった所為で、この様な事態が起こっても助けは無いとの事。
伯爵夫婦失踪も、奴隷商人達が絡んでいると考えたほうが良いな。
しかし、商人如きが貴族に太刀打ちできるとは思えない。
何か原因があるのだろう。
そのことを考えていると、商人達の声が近づいてくるのが聞こえた。
「若い男と女は高く売れる! 囮に使うのは老人だ!」
どうやら囮作戦は決行されるようだ。
「なんで扉が開いとるんだ!?」
「逃げて無いか確認しろ!!」
商人達は、牛車の扉が空いている事に気がつくや否や、牛車内に雪崩れ込んできた。
「良かった! 逃げてない!」
若い奴隷商人が、そう報告する。
「安心するのはまだ早い! 全員いるか確認しろ!」
後から来た、特に偉そうな奴隷商人が、他の商人達に命じる。
言われるがままに、確認し始めたところで俺の存在に気がついた。
あ、見つかった。
「お前、何者だ!?」
商人全員が、腰にさしている短剣を引き抜き、こちらに向けてくる。
ここで暴れられたら、周りにけが人が出るかもしれない。
どうにかして、外に追い出さねばならない。
何か良い方法は無いか。
そう考えながら相手を見ると、剣を抜き、威勢良くしているが、明らかに逃げ腰である。
こいつらだったら脅したら逃げて行くんじゃないか?
そんな気がしてきた。
脅すなら、魔物の姿に変身するのが良いのだが、牛車内で変身できるやつとなると…………あれしか無いか。
地獄蜘蛛
牛車内の村人達を踏まない様に変身する。
商人達は、その姿を見た瞬間、
「なんでこんなところに魔物が!?」
「おい! あいつ、《ヘル・スパイダー》だぞ!?」
「うわぁあああ!! 逃げろぉおおおお!」
悲鳴をあげ、剣を捨てて逃げ出した。
すげー簡単だった。
ただ、恐怖を感じたのは商人達だけでなく、村人達も顔が引きつっていた。
そりゃそうだ、自分の体より大きい蜘蛛とか無理無理。