31話 姉妹の仲直り
23話の直後の話です。
本当に、味方アピールをすれば仲良くなれるのでしょうか?
合成魔と別れた後、トーリウルスは神界の神殿の廊下を歩いていた。
白や金で装飾された神殿は、目がチカチカするのであまり好きではない。
しかし、そう思う者はトーリウルスだけで、他の神々は『我々に相応しい、豪勢且つ、華やかな神殿である』などと言っている。
だから、改築してもらう事は出来ず不本意ながら嫌々ここに住んでいるのだ。
一層の事、『すべて壊して作り直してしまおうか』と考える事もあるのだが、トーリウルス1人の独断と偏見で作ってしまうと、自分と姉のユーストレイア以外の神の部屋が『馬小屋に藁を敷き詰めただけ』になってしまう自信があったので、自重している。
神殿への不満は置いといて、1人で歩きながら、再度、あの合成魔の話していた事を思い出す。
『それならば簡単ですよ。自分は味方だとアピールするんです。「困った時は頼ってくれ」とかですね。その時に頭撫でてあげたりすると、より効果的です』
そんなにうまく行くものでしょうか、心配です。
これで、もし嫌われる様な事があろうものなら、あの合成魔どうしてやりましょうか。
そう考えてるところに、タイミング良くと言うか悪くと言うか、落ち込んだ様子のユーストレイアが通りかかった。
あ、お姉様!? まだ心の準備ができてないのに!!
そんな事より、やっぱりお姉様かわいい。
捨てられた子犬の様な淋しげな顔をしているお姉様最高です。
お姉様は、私に気がつくと、ニコっと無理に笑顔を作り、そのまま通り過ぎて行った。
ああ、森羅万象何を持ってしてもお姉様の可愛さの前では霞んでしまうでしょう。
おっと、いつもこうやって見送ってしまうからダメなのでした!
何か話しかけなければ……、
そう考えている間にも、お姉様の小さな背中は、より小さくなって行ってしまう。
早くしないと……、
「お姉様、待って下さい」
何も思い浮かばず、呼び止めようと発した声は、消え入りそうな程小さな声になっていた。
しかし、幸か不幸か、ユーストレイアの耳には届いていた。
こちらを振り返るレイアの顔は、『まさか、声をかけられるとは思っていたなかった』と書いてあった。
「えっと、その…」
いざ話そうとすると、頭が真っ白になり、何も言葉が浮かんで来ない。
何で? 伝えたいことがたくさんあるのに! 何で声が出ないんですか!
沈黙の時間が流れる。
その沈黙を破ったのは、トーリウルスでは無くユーストレイアの方だった。
「トーリウルスはしっかりしているのです」
ユーストレイアはポツリポツリと、絞り出す様に呟き始めた。
「そんな事は……」
「本当に、私の自慢の妹なのです」
姉の突然の褒め言葉に、嬉しくて体が熱くなる。
私にとってユーストレイアお姉様は、自慢のお姉様です!
そう言い返そうとしたが、なぜか声が出なかった。
「それに比べて、私ときたら……ダメダメなのです」
そんな事ない……
「こんなダメな姉なんて嫌ですよね」
ユーストレイアの声が震えていた。
そんな事ない!! 心の中でそう叫ぶ。
「ゴメンなさいなのです。自慢の姉になれなくて……トーリウルスがお姉ちゃんだったら良かったのです」
そう話すユーストレイアは、まるで懺悔をするようだった。
そんな事ない!!!
これだけ必死に思っても、口に出さなければ伝わらない、伝わるはずがない。
そんなのわかってます……わかってるのに!! なんで声が出ないんですか!?
「えへへ、そんな事言っても仕方がないのです!
久し振りの姉妹の会話なのに、変な話をしてしまってゴメンなさいなのです。
それじゃ、私は行くです」
暗くなってしまった場の雰囲気を誤魔化すかのように、無理に笑顔を作り、無理に元気な声を出し、無理して明るく振舞おうとする。
そんな姉を見るのが辛かった。
でも、目を背けてはいけない!
このまま黙って、離れて行く背中を見ているだけでいいのか?!
そう自分を奮い立たせようとするが、「待って」の一言が出てこない。
素直になれば良い、そうあの合成魔にも言われたでは無いですか!!
このまま別れてしまったら、どうなるだろう?
きっと今まで以上に疎遠になる、そんな気がする。
今でさえ会話を交わす事は殆どなく、時々見かけた時に会釈をする程度だ。
これが、更に疎遠になったらどうなる?もう会話をする事は無くなるだろう。もしかしたら、お姉様に避けられ顔を会わせる事も無くなるかもしれない。
そう考えると、胸が引き裂かれる様な気持ちになる。
そんなの絶対に嫌!!
「待って!!!」
気が付いたら、叫び、背を向けるユーストレイアに抱き付いていた。
「そんな事ない! 私の姉はユーストレイアお姉様だけです! お姉様だけなんです! お姉様じゃなきゃ嫌です!! 自分はダメなんて悲しい事言わないでください!」
今まで溜め込んできた本音が爆発したようだった。
「でも…」
その言葉を否定しようとしているのが伝わってくる。
でもそんな事させない!
「お姉様は、私の自慢のお姉様です!!」
何度でも、何度でも、何度でも、私はお姉様を肯定し続ける。
「私はダメな神なのに……、それにみんながダメだって、私はダメな神だって……」
泣くのを我慢しながら、そう話す姉を見るのが辛かった。
「そんな事ない!! 全然そんな事ない!! お姉様はダメなんかじゃないもん!! うわぁあああん!!」
私は耐え切れなくて、涙が止まらなくなって、
姉より先に、泣き出してしまった。
本当に辛いのはお姉様の方なのに、なんで? なんで涙が止まらないんだろう。
「どうして、どうして……泣いているのです?」
まさか、泣き出すと思っていなかったのだろう。
ユーストレイアはオロオロしていた。
「だって、だってぇええええ!!」
もう言葉にもならなかった。
ただ、さっきの『言いたい事が口から出ない』という状態ではなく、『言いたい事が口から溢れ出て、泣き叫んでいる』そんな状態だった。
「ううん、何も言わなくていい…です。
ありがと…です。お姉ちゃんぶって我慢して泣けない私の代わりに泣いてくれて、あり…が…と…です」
そう言って、ユーストレイアはトーリウルスの髪を撫でながら抱き締めた。
そうか、私がこんなに悲しくて、涙が止まらないのは、『お姉様は、妹である私の前では泣く事ができない』
それをどこかで分かっていたからなのですね。
「大好きぃいいい!! お姉様ぁああ!!
ワダジ、おねえさまのこと、大好きだからぁあああ!!」
「私もなのです、トーリウルス」
もうどうしようもなかった。
泣き叫びながら、ユーストレイアの細い体を潰してしまうくらい強く抱きしめた。
きっと痛いだろう、苦しいだろう、だが、ユーストレイアは、只々、自分の妹を愛おしそうに、優しく受け止め、何度も何度も「ありがとう」そう言いながら撫で続けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「えへへ、トーリウルスちゃんがあんなに大泣きするとは思わなかったのです。新しい発見ですね」
あの後、しばらくお姉様の胸の中で泣きじゃくってしまったのだ。
「そんなに意外でした?」
「はい、トールちゃんはしっかりしているのです。
だから、あんな子供っぽい一面があったのが意外だったのです」
微笑みながら、未だ離れようとしない妹を見て答えた。
ユーストレイアが、そう思うのも無理はないだろう。
何故なら、神界やアルディアでも、トーリウルスはとても優しく落ち着いた女神で通っているのだ。
「ああ、それはお姉様の妹として恥じないように、と普段から気を付けていたからですね。
本当は、もっとユーストレイアお姉様に甘えたかったのですが……」
トーリウルスはもう建前を使う気などなく、はっきりと本音を話していた。
「これからは我慢しなくていいのです。もっとお姉ちゃんに甘えるのです。
あと、私の事はレイアと呼んで下さい」
レイアは、どんっ来い! と言わんばかりに、胸に拳を作る。
「それでは、私の事はトールとお呼び下さい。
それと、今の言葉は本当ですか? 我慢をやめてしまうと、大変な事になりますよ?」
トールは何百年もの間、姉への愛を押し込めていたのだ。
それを『遠慮せずぶちまけて良い』なんて許可をもらってしまったら、自身を制御できる自信などなかった。
「はい!! 勿論です!! せっかく、仲良し姉妹になれたのです。もっとお姉ちゃんに甘えるが良いのですよ!!」
その妹の重過ぎる愛を知らない姉は、笑顔でそう答えた。
「やった!! レイアお姉様は、私の自慢のお姉様です!! レイアお姉様大好きです!!」