28話 ちょ、それ俺の獲物!
さて、【吸収】しますか。
そう思い、マッドワームに近寄ろうとすると、少し前に体験した不思議な感覚に襲われた。
周りの空間だけ切り取られ、隔離される。
今の今まであまり気にしてなかったけど、成功したかどうか聞いてなかったな。
「ちゃんと仲良くなれたのですか? トーリウルス様?」
振り返ると、そこにはローブを着た。そう、女神が駆け寄ってくるのが見えた。
俺が想像してる女神より小さいけど……、
「ひーちゃぁああん!!」
その女神が抱き付いてくる。
人違いならぬ、女神違いだ。
抱きついてきた女神、その名はユーストレイア、この異世界の主神である。
ヤバイ、格好つけて名前を呼びながら振り返ったのに名前間違えてるとか……恥ずかしい!!
「お、おう」
恥ずかしさのあまり、返事が微妙な感じになる。
その反応に疑問を思ったのか、レイアが顔を覗いてくる。
その顔が、段々「あれ?これじゃない」みたいな顔に変わって行く。
「?」
「人違いだったのです!!」
急いで離れるレイア。
…………あ、そうか。
下級兵士の姿で会った事無いもんな。
そりゃ、人違いって思うか。
「魂の雰囲気がそっくりなのです……でも、この人見た事無いのです」
まじまじと見てくる。
本当なら、ここでレイアの名前を呼んで、自分が《 霧島 日影 》だと名乗り出るべきなのだろう。
「あれ? えっと、どちら様?」
勿論、そんな事せず他人のフリをした。
「うわぁああ!! ごめんなさいなのです!!」
俺の反応により、疑問が確信に変わったのだろう。
顔を真っ赤にして、涙目になっている。
そろそろ可哀想になってきたし、やめてやるか。
「冗談だよ、レイア。久しぶりだな」
「うぅ、ひーちゃん意地悪なのです!!」
そう言って抗議の目線を送ってくる。
「ごめんごめん。
それで、どうしてここに? なんか嫌な事でもあったのか?」
『嫌な事があったら愚痴りに来ても良い』とか言った記憶がある。
もし、本当に嫌な事があって愚痴を言いに来たのなら、その愚痴を聞いてやる事が友達として最優先にすべき事だろう。
別に、抗議の目線から逃げる為に無理やり話を変えた訳では無い!!
「違うのです。その真逆なのです! とっても良い事があったのですよ!!」
うん、さっきの出来事など綺麗さっぱり忘れているかのように、眩しいくらいの笑顔を向けてくる。
そう言う単純……じゃなくて素直な所、素晴らしいと思うよ。
「そうかそうか、何があったんだ?」
話したそうな顔をしているので、頭を撫でながら尋ねておく。
正直に言うと、さっさとマッドワームを吸収したい。
俺が、そんな最低な事を考えてるなど少しも想像できていないレイアは、満面の笑みを浮かべ、事の成り行きを嬉しそうに語ってくれる。
レイアが語っている話は置いといて、俺の視界には、俺の仕留めたマッドワームに近づいて来る1匹の森狼の姿があった。
どうやら、レイアの結界は自分周辺の空間を隔離するだけで、トーリウルスの結界のように世界全ての時間が止まるわけでは無いらしい。
つまり、『外の森狼はやりたい放題、でも俺は手出しが出来ない』という状態である。
森狼は、マッドワームが絶命しているのを確認すると、そのマッドワームを引き摺って行こうとする。
ちょ、それ俺の獲物だから!!
ただ、森狼の思惑は上手くいかなかった。
何故なら、マッドワームは森狼より少し大きいのである。
自分よりも大きい物を運ぶなど、ほぼ不可能だろう。
諦めたのだろうか、森狼は、暫く引っ張った後動かない事に気が付きそのまま去っていった。
よし、そのまま諦めてどっか行きやがれ!!
これで、レイアの話に集中できるな。
そう思いレイアの方を向こうとした、その時、
視界に入る、4匹の森狼。
うわ、仲間を呼んできやがった。
そして、マッドワームの身体を4等分に切り分け運んでいった。
もう諦めた。
今から出て行っても、4対1で勝てる訳がない。
そう考えているうちに、レイアの話も締めに入っていた。
「それでね! トールちゃんがね! 『お姉様は、私の自慢のお姉様です!』って言ってくれたのですよ!!」
ふふん、と言った具合に、ドヤ顔でこちらを見てくる。
因みに、レイアはトーリウルスの事をトールちゃんと呼ぶらしい。
「おお! 良かったじゃないか! 妹に『自慢の姉だ』なんて言ってもらえる姉なんて、ほぼ居ないぞ! きっと」
「えへへ〜、そうですか〜?」
嬉しそうに顔を崩して笑うレイア。
ごめん、レイアの話あまり聞いてなかった。
心中で謝りながら、優しくレイアの頭を撫でておいた。