7 なんとかね
「電気、消してくれる?」
珍しく両手がふさがっている彼女に言われて、いつも彼女がしているように僕は美術室の電灯のスイッチを切る。
「君は毎日変わらないねぇ」
「音羽だって変わらないじゃないか」
「じゃあ、久しぶりになんかしようか?」
「やめとけよ」
普通を自負して普通たろうとし、存在を消してきた僕。変人を演出し、皆の視界の外側へと外れた音羽。
他人の評価というのはいつだって理不尽だ。大多数の思惑の中で印象は固定化される。そのほうが双方にとって楽だからだ。僕は他人の評価を避け、彼女はそれを利用した。
自信がなさ過ぎた僕と、自信がありすぎる彼女と。
誰もすべてを晒して生きてなんていけない。ちゃんと正確に人のことを見るのはとても難しいことだ。本当の自分、本当の姿を見てもらおうと、だから人は近くに寄り添って触れ合うのだと思う。
「で、間に合いそうなの? コンテストの方は」
「なんとかね」
僕は音羽の両手を塞いでいる荷物の片方を、彼女の手から取り上げようと手を伸ばす。
「いいよ、そんな紳士ぶらなくても。あたしに気を遣わないで」
「ちがうよ。こうしないと――」
陽が落ちきった廊下を歩きながら、僕は彼女のか細い右手を左手でそっと握った。彼女もわずかに指先に力を込める。
そして、やがて互いに手のひらの感触を確かめるように握り締めあった。
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