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ティールームのアリス

作者: 東条 合歓

ある友人にささげた短編を転載。

ある少女たちのお話。

この世のどこか、定かではない場所にその部屋はあった。扉が二つ、完全に対称となるように設計された部屋の中は、家具の配置も部屋の中心で鏡に映したように正反対である。しかし窓にかかるカーテンの色や扉の色が赤と青で異なるなど、正確に写しているのではなく、どちらかというと色も対称になるように、部屋の半分ずつで全てを正反対にしている印象が強い。

おもむろに、窓とは反対側の壁の、中央辺りに置かれた柱時計が三時を示す。低い鐘の音が三回響き、余韻を残しながら消えると同時に、扉が開いた。姿を現したのは、二人の少女だ。青空の色で塗られた扉から入ってきた少女は空色のドレスワンピースを着ており、頭には黒のリボンを結び、黒と白のボーダーの靴下と黒い靴を着用している。

対して、甘い砂糖菓子の色で塗られた扉から入ってきた少女は桃色のドレスワンピースを着ており、頭に結んだリボンと足元の靴は桃色で、靴靴下は桃色と白のボーダーだった。

同じ長さの金髪に同じくらい柔らかな碧眼の少女は、部屋の中央にあるテーブルを挟んで向かい合う木の椅子に腰かけてから、お互いに笑みを向けた。

「こんにちは、アリス」

「こんにちは、アリス」

二人はそう言いあって、それから時計を見る。三時から時計の針は動かない。窓の外はうっそうと茂る森の緑しか見えない。それに笑みを深め、青色のアリスが先に口を開いた。

「お茶の時間だわ」

「お茶会の準備をしないといけないわね」

桃色のアリスがそれに応じ、テーブルの上に置かれていた青と桃のリボンの巻かれたハンドベルをちりりと鳴らす。すると、それぞれのドアがノックされて開かれた。青の扉では白うさぎが頭を下げ、桃の扉では黒猫が頭を下げる。それぞれを振り返り、二人の少女は同時に言った。

「「お茶会の準備をして頂戴」」

その言葉に白うさぎと黒猫は一礼して扉を閉める。そしてすぐにまた扉を開けた時には、その手にティーセットがあった。彼ら(或いは彼女ら)は部屋に入ってくると恭しい手つきでティーセットをテーブルに置き、たくさんのお菓子を置いて去っていく。ありがとう、とこれまた全く同じ声で言ってから、二人のアリスは前に向き直り紅茶を淹れた。ふわりと漂う薔薇のような甘い香りに頬を緩めた桃色のアリスがそのカップを両手で包みながら問いかける。

「やっぱり、お茶の時間は最高ね。一角獣とライオンのケーキも美味しいし楽しいけれど」

「そうね。いかれた帽子屋さんや三月ウサギや眠り鼠がいつも誘ってくるわ」

三月ウサギのマドレーヌは美味しいの、と青色のアリスが言うと、桃色のアリスはいいなぁ、と声を上げた。それから、くすくすと笑いつつクッキーを一枚つまむ。ココナッツの香るそれを齧って紅茶を一口飲んでから、でもね、と言った。

「ハンプティダンプティの詩の説明を聞きながらお茶を飲むのは素敵よ」

「アリス、あなた、詩を聞きすぎてうんざり、だなんて言ってたじゃない」

「最初の頃はね。聞きすぎて覚えちゃったわ。炙りの刻、粘らかなるトーヴ。遥場にありて…」

桃色のアリスが言い始めるのを、青色のアリスが手を振って制止する。そして中断されたことに口を尖らせた桃色のアリスに苦笑して、お詫びとでも言うようにきつね色のマドレーヌを一つ差し出した。

「それを言ってたらお茶が飲めないわよ」

「それもそうね…」

桃色のアリスはマドレーヌを受け取る代わりに切られていないケーキを皿ごと差し出した。しかし青色のアリスは何の躊躇いもなくそれを受け取ってから、ケーキは二つに切れる。よく磨かれた銀色のナイフでそれをしっかり切ってから、青色のアリスは皿を返した。桃色のアリスはそれを受け取り、自分のそばに置く。

「アリスは、最近どうなの?眠り鼠は元気?」

「えぇ、元気に寝てるわよ。……最近、ハートの女王が運動不足らしいの。ハリネズミとフラミンゴが怯えてたわ」

「白の女王も最近腰が痛いって言ってたわ。それなのに次の桝まで走るんだもの、どこからどこまでが本当だか分からないわ」

「難儀ね」

「難儀ね」

それぞれマドレーヌとケーキを齧りながら、暖かい紅茶を飲む。それからも、お互い何があったのか、何が面白かったか、そういったことを話し続けた。お菓子をほとんど食べてしまってから、二人のアリスは同時に柱時計を見る。時計の針は三時のまま止まっているが、驚いたように声を合わせて言った。

「「あら、もうこんな時間!」」

その直後、時計の針がぐるんと動いた。長針が二度目の頂点を指すとカチリという音がして、再び低い鐘の音が鳴る。五回、つまりは五時の鐘の音だ。二人はお互いを見て、そして笑顔で言った。

「じゃあ、私はまたうさぎさんを追いかけてくるわね。遅刻したら怒られちゃう」

「じゃあ、私はまたごっこをしてくるわね。私はクイーン、あの子はキングよ」

椅子から立ち上がり、それぞれの扉へと向かう。そしてその扉を開けて、二人は同時に振り返った。にこりと笑って、片手を振る。鏡対称のように、ふんわりと膨らんだワンピースの裾が揺れた。

「またね、アリス。ごきげんよう!」

「またね、アリス。ごきげんよう!」

そう言って、二人は扉をくぐって後ろ手に閉めた。時計の針は途端にぐるぐると回りはじめ、残されたティーセット達は光の粒になって砂時計に溜まっていく。再び三回鐘が鳴ると同時に、また扉は開いた。


あの二作のアリスが同一人物だけど同時に存在するなら面白いのになぁ、と思ったので書いてみました。

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