六ページ目『植木鏡という男②』
これまでのヒーローの鏡:スライム血雷に苦戦する月代雪里。何かできないかと模索する植木鏡だが彼になにもできることはなかった……しかし彼の足元には運命が転がっていた!
「キャァッ!」
「どうやら喋れるようにはなったらしいな」
「? ……! ちょっと植木君?! なにしてんの!」
月代に向けて振り下ろされた腕を、ボクは大鎌で受け止めていた。
「コレ、ちょっと借りるわ」
了承を得る間も無く、スライムの腕を弾き大鎌を走らせる。
大鎌自体は、思った以上に軽く容易に振り回すことができた。
ズッパァッっと、音を立てて腕は切れ、そのまま霧散していった。
そして、ボクは大鎌をクルリと回し、ビシッとスライムに決める!
「やれやれ、馬鹿な奴だ……真っ先にこの植木鏡を仕留めなかったことを……地獄で泣いて後悔するんだな」
完ッ璧だ! 完全に決まった!
「そんなことやってないで、逃げてよ! 植木君には何もできないよ!」
何やら月代さんが吠えてらっしゃいます……
「ヒッヒッヒッ、そんな風に捕まっている月代には、言われたくないぜ」
「なっ!」
「これは運命! デスティニー! フェェェイトッ!!」
「えっ?」
「フッ……神が、ボクに助けを求めたなのさ」
そして、もう二、三度大鎌を回転させる。
この大鎌は”思った通り”扱うことができる。クルクルと自在に回しているがボクは、バトン等はやったことはない。せいぜい、ペン回しくらいなもんだ。
「さて、ちゃっちゃと片付けますか?」
「ダメだ……この人ありえないくらいの馬鹿だ……」
何か小声で月代が言っていた気がするが、今は気にしてる場合じゃない。きっと、ボクへの激励の言葉だろう。
どうせ、この戦いが終わったら、泣いてボクに抱きついてくるぜ。
スライムは、太い一本の腕ではなく、細い腕を何本も出しボクに襲いかかってきた。もはや、触手じゃん。
真っ先にボクを狙ってきた一本を跳躍しながら切断し、着地を狙われたが、間一髪で回避に成功。
「ッ!」
頬は切ってしまったか。
「やるね…………な!! 」
この攻撃は避けられない! 複数の触手が一度に襲い掛かってきた。
こんな、時は……
とっさに大鎌を回転させ、防御。防ぎきることができた。
「なに?!」
腕を引っ張られた。防ぎ切ったと思ったが、一本死角から近寄っていやがったか!
「ヒヒッ、力比べかよ!」
ボクはヌルッとかグチャ、ベチャっとしたスライムの触手をおもいっきり握った。勿論、そんなことがダメージに繋がるわけはなくしかし、そうじゃない……
「くおんのぉぉぉぉぉっっっ!!」
背負投げの要領で、スライムを川に投げ込んだ。しかも、片手で。
盛大に水しぶきが上がり、飛沫が降り注ぐ。
グーパーと手を見つめながら、この不思議な感覚に酔いしれた。
このバスターを持ってからだ……
体が異常に軽い。体重的な意味じゃなく……動かしやすいって感じかな? 修行の為に着けていた重りを外した瞬間、超高速で動けるようになるって感じかな? 自分の”思っている動き”ができる。
ボク自体、運動能力は人並だ。そんなボクが、あんなふうに立ち回れるわけはない……しかし、立ち回った。
多分……いや、確実だが、このバスターと言う武器のおかげなのだろう。
月代のことを思い出すと合点が行く。普段はなにもないとこでずっこけ、跳び箱なんて三段も飛べないんだ。そんな残念運動神経の持ち主が、ボクの目の前で飛んだり跳ねたりして、こんな物を振り回していた。後方宙返りなんかもしてたな。きっとこれが関係してるのだろう。勘がそう言っている。
長年こう言う類の作品ばっか読んできてないぜ。
『ブチュル! ギュルウゥゥルルルゥゥ!』
川に落ちたスライムは喘いでいた、水が嫌いなのだろうか? シューシューと湯気を立て、苦しんでいる。
「バケモノよ。そのまま地獄へ、ゴートゥヘル!」
さっとスライムに背中を見せる。そして、このまま歩いて行くと、断末魔が聞こえてきた。
大体この後、大爆発ってパターンだよねぇ。黄色とか赤の煙でな!
「植木君! まだトドメ刺せてないわ!」
聞こえてきたのは爆発音ではなく月代の声だった。
「へ?」
振り向くと、眼前に残りの力を振り絞っているのだろうか、全力でボクへ突撃をしてくるスライムがいた。さっきの断末魔はボクへの最後の攻撃だったってこと?
あまりのとっさのことに、固まってしまっていた。
ヤバッ!? ―――……
気付くとボクは地に伏していた。スライムのせいではない。
「イッタ…………」
「大丈夫? 植木君?」
ボクを突き飛ばしたのは、他でもない月代雪里。
川に落ちて弱っていたからか、彼女の拘束が解け、脱出できたのだろう。
「あぁ、なんとか……!!」
そして、襲い掛かっていたスライムがどうなっていたかと言うと、月代の右腕に絡みついていた。今度は先程までの拘束とは違い、思いっきり締め上げている様に見えた。
ミシっと、イヤの音が聞こえた。あっ、これ、折られる……月代から目を背ける。
「ンッ……」
彼女の短い喘ぎの後に音が聞こえた瞬間、全身を寒気が襲う。
骨が折られる瞬間に初めて遭遇した。キャンプの時など、小枝を折るがあるが、そんな生易しいものじゃなかった。こんなに不快だとは……
しかし、彼女は割と平然としていた。
「仕方ないか……」
言うと月代は、左手で右腕を思い切り鷲掴む。
骨折でも治るのかと思いきや、締め上げていたスライムが弾けて霧散していった。
すごい……てか、なんで今までそれ使わなかったんだ?
脇に大鎌を挟み、右腕を押さえたまま月代はその場を後にしようとしていた。
「おい、待てよ月代、大丈夫なのか?」
「このくらい平気」
「このくらいって、お前……」
「あと……」
月代が、冷たい目でボクを見つめてくる。まるで生気の通っていない瞳だった。
まさか、今回の記憶を刈り取る気か? 彼女はそれが出来る、やりかねない……
「今回は”たまたま”うまくいっただけよ。次は、そうはいかない」
「へ?」
「だから、もう二度と私には関わらないで……」
そう言い残すと月代は土手を登っていく、その背中を追う事が出来たがしなかった。追うことでファンタジーが、いなくなってしまうんじゃないかと思ったからだ。
意図してなのかどうか分からないが、ボクはこのありえない記憶を保持したままだ。
また、学校で会うんだからその時に根掘り葉掘り聞いてやるとするか……
× × ×
「ただいまぁ」
「おかえりなさぁい」
母さんの声だ。もう、お夕飯が始まってるようだな。
食卓へ入って行くと、そこには見慣れた顔の他に、ボクの家では見慣れない顔が一つあった。
「おかえり」
ご飯を口に運びながら出迎えてくれたのは、家族と”月代雪里”だった。