五ページ目『植木鏡という男①』
これまでのヒーローの鏡:月代雪里は血雷処理機関『みんなのて』のマインスイーパー! 突如現れたらしい血雷を倒すべく走り去ってしまった……
月代の奴、速いなぁ。もう見えなくなっちまった。これも、そのマインスイーパーの力って奴? あの運動音痴が、忍者みたいに屋根の上走っていくなんてできっこないし、きっとそうなのだろう。
それにしても、急用だって?
おもっクソ「河川敷で血雷がでた」って、言ってたじゃないか……ヒッヒッヒッ! ボクも向うとするぜ!
× × ×
ボクは河川敷を、チャリンコで下流に向かい走っていた。
なかなか見つからないなぁ……県でも有数の大きな川だから、捜索範囲は広範囲になるぞ。
早く見つけないと、手遅れになってしまうぅ!
突如、落雷音が……ゲリラって来るのかと空を見ても雨雲はない。こないだから一体何なんだろう?
橋桁から身を乗り出し、辺りをうかがう。
ボクはこう見えて、割と目が良い。暗いところで本を読んだり、テレビにかぶりついていたりする生活を、十年近く続けているが、ちっとも衰える気配がない。
頑丈な眼球に産んでくれた両親に、感謝だわ。
その眼でやっと捉えた一つの影。二本のおさげとアホ毛を一本揺らしていて、その手には大きな鎌。校庭で見た時のセーラー服も着ている。
あれは、確実に月代だ!!
「ちょっと君! 早まるんじゃない!」
「どわっ!!」
服を引っ張られ、押し倒されてしまう。痛い……
「え? あ? その……」
ボクを引っ張り倒したのは見たことのないおじさんだった。
「まだ、そんなに若いんだ。考え直せ!」
「えっと…………はい」
何のことか一瞬わからなかったが、どうやらボクは、自殺志願者と間違われたようだ。確かに、あんなに身を乗り出していたら、間違えられても仕方ないかも。
「ありがとうございました」と、ボクを助けた気になっているおじさんに別れを告げ、さらに下流へ進んでいく。
回すペダルは高速だ。
それにしても、月代の移動の速いこと速いこと。もうほとんど点だ。ギアを上げる。一気にペダルが重くなるがケイデンスを落とす訳にはいかない。最近読んだロードバイク漫画の如くチャリを漕ぐ。
「ヒメ! ヒメ!!」
ちなみにロードバイクではなく、普通のママチャリに乗っている。
「――おい……ヒッヒッヒッ、マジかよ」
三十分程走ると、ようやく追いついたみたいだ。
そこには巨大な、スライム的な塊と、月代の戦う姿があった。戦ってるってか、ほとんど攻められず、避けたり守ってりばかりだ。
学校の時の怪物ように、人の形をしているのかと思ったら、異常にモンスター感が出てきた。
まぁ、勇者の最初の敵はスライムってのが定番だ!
身を潜めながら出るタイミングを伺う。
「ヒロインがピンチの時に登場する」その方がかっこいい。なにより、主人公的だ!
しばらくすると、雪代は隙を見せたのか、川の中腹まで吹き飛ばされしまった。
「ヒッヒッヒッ、チャンス!!」
ボクはとっさに走りだす。月代達からよく見える位置まで走る! この最中も、月代のピンチは続いていた。
頼むぞぉ! このままピンチでいろよ。ボクの主人公としての初陣が台無しになる!
到着! 息を一気に吸い込み――
「待てい!!!」
右手を突き出しながら決める。
スライムの動きがピタッと止まった。そして、月代と目が合う。驚きすぎているのか、間抜け面だ。
巨大なスライムには顔のようなものはなかったが、直感的にこっちを見ている気がした。
そして、決め台詞……
「ボクの姿を見たな! もう帰れないぞ!!」
ヒッヒッヒッ、決まったな。
漫画なら”大ゴマ”か”見開き”ってところで、アニメならCM明けってとこかな? 最近の特撮だと、ここらでCMに入る事が多い。
トウッと、小ジャンプをし、土手を下っていく。その間も月代達は動かないでいた。
「さぁ、そこのドデカスライム。ボクの言葉がわかるならその子から離れやがれ!」
やはり二人共、動かないでボクのことを見つめている。……聞こえてないのかな?
すると、月代は何かに気づいたのか、自らに迫っていた巨大な腕を、大鎌によりぶった切った。
切れ端は地面でのたうち回ると、地面に浸透していった。土壌汚染にならないか?
そして、切り口からは赤黒い液体を垂らしていた。どことなく苦しんでいる?
「植木君なんでこんなところにいるの!」
「それはだなぁ」
「だあっ! あぶない!!」
そう言うと彼女は、ボクの目の前から消えた……否、跳躍していた。
スッと、上を見上げると……
「ギャーッ!」
ボクの真上に、スライムの巨大な腕が迫っていた。
ズズゥン……
月代が腕を蹴りつけると、ボクの真後ろに落っこちてきた。その時の風圧で、前につんのめる。
コレが直撃していたと考えると…………ゾッとする。
ギャグ漫画みたいに、ぺったんこになるだけならいいのだが。実際にそんなことはないだろう。
月代はスライムの腕の上に着地し、大鎌を振り下ろした。ドパッと、言う破裂音のあと、さっきと同じように地面に浸透していった。だから、土壌が……
「助かったよ。あり」
言い終わる前に思い切り睨まれた。普段温厚だし、天然ちゃんの月代があんな顔できるなんて思わなかった。
「ここから、離れるよ」
しかし、口調は冷静であった。そして、ボクの手を引っ張り、スライムから離れていく。
「あぁ、経験値が……」
そして、少し離れた場所にあるベンチに無理矢理座らされる。
スライムは移動がかなり遅いようだ。
「植木君……なんで、こんな所にいるの!?」
肩で息をしながら問いかけてくる。
どうやら、自分で「河川敷にいる」って、言ってしまったことに気がついていないようだ。
「まだ気づいてないの? 電話してる時、自分で言ってたんだぜ?」
それを聞くと「アチャ~」みたいな表情とリアクションを取った。
「で、あいつは公園で言ってた血雷なのか?」
「君じゃあ死にに来るようなもんよ。正気?」
ボクの話はスルーかよ。
「正気に決まってるだろ。戦うってのも当然だが「ヒロインを助けに来た」ってのが一番かな? 「女の子を助ける」コレは主人公”鉄の掟”さ!」
ヒロインを助けない主人公なんて、主人公じゃない! そんな奴は、主人公……ましてや、ヒーローなんて呼ばない!
月代は俯いていた。
「これは現実なのよ……」
彼女は静かにそう言った。
「マンガやゲームみたいなファンタジーじゃないの……」
…………これが現実じゃないなんて思わない。てか、思いたくない。
「死んでしまったら、そこで終わりなのよ。植木君なら私の言いたい事の意味わかるでしょ?」
――うん……
「だから、早くここから帰って。今見たことは夢にして」
月代は大鎌を支えに、ふらふらと立ち上がった。
「オイ、大丈夫かよ」
「私は平気”イメージ”は、できてる……」
そして、ゆったりもったり向かってくるスライムへ向かって、歩を進めた。
二、三歩進むと、チラッとこちらを振り返った。
「そうだ、さっきはありがと」
「え?」
「植木君が来てなかったら私、ダメだったかも……流石にアレはちょっぴり”ヒーロー”ぽかったよ」
ドキッとした。
そう言うと、完全にスライムに向かって行くのだった。
そして、両者は激しくぶつかりあう。
月代はあんな満身創痍で、大丈夫なのかよ……
にしても、この事を夢にしろだって? んなもったいないことできるかっての!
ボクにできることが何かあるはずだ……
しっかし、あんな激しい戦闘に割って入ることなんか出来やしない。それこそ、ジエンドだ!
絶対、怒るんだろうけど、言われた通り逃げることはしない。するわけ無いじゃん!
できることを考えろ、植木鏡……
月代とスライムの力は拮抗している? いや、月代のが押されてるように見える。
今まで見てきた、読んできた作品達の、今みたいな状況を思い出し策を練る……駄目だ。名案なんて浮かばないし、それらの登場人物は何かしら力を持っている……生憎、ボクは一般人。
月代と一瞬目が合った。
ボクがいることに気づいたようだ。
「植木君なんでまだいるの!?」
怒った月代は、スライムそっちのけでボクの方へ向かってくる。
「オイ、こっち来るな!」
「はあっ?」
決して、怒られたくないから言ったわけじゃない。
月代の足元から、スライムが飛び出していた。そこは、切られた腕が浸透した場所だった。
「植木君何をっ!?」
「バカ! 止まるなって!」
「キャアッ!!」
みるみる間に、月代はスライムにがんじがらめにされていった。
「何よこれ!?」
本当に何やってんだか……それでもマインスイーパーとやらかね? ボクに気を取られて戦ってること忘れたな。
結局、何者であろうと月代は、月代ってわけか……
う~ん、それにしてもなかなか卑猥な状況ですなぁ。
お世辞抜きで可愛い部類の容姿だから、エロチックだ。
「あっ、口にまでスライムが……」
ま、そんなことはどうでもよくて、この展開どうすればいい?
引き剥がすのは多分やめた方がいいだろう。ボクも取り込まれる可能性大だ。
本体のスライムもゆっくりではあるがこちらに近づいてきている。
「どうするボク?!」
カツン……
何かを蹴ってしまった。石ではない。
「コレは!?」
足元には月代が振るっていた大鎌が転がっていた。
スライムに襲われた際に手放したのだろう。
………………これ使っちゃマズイだろうか?
ウワッ! 使いてぇ!!
運動音痴月代が使ってたんだ、ボクでも平気だろ。
なんか月代の奴、モゴモゴ言ってる。「あなたがそれを使うのよ」とかかな?
なら、使っちゃおうかな?
心なしか大鎌が「私を使って」的な顔をしている。
ヒッヒッヒッ、コレはボクが「世界を救え」と言う神の思し召しに違いない!
第一、偶然ボクの足元に転がってるか? そんなことはいよな、これってまさしく……
運命だ――――!