三ページ目『放課後の校庭で』
これまでのヒーローの鏡:怒った先生が怪物になりました!
何かが引きちぎられる音で、ボクはハッと目を開けた。
先ほどの攻撃による痛みは体に残るが、五体満足で息をしている。
変化があったのは、怪物だった。
手の先から、ドス黒い体液をまき散らしていた。どうやら、ダメージを負ったのは、奴の方みたいだ。
奴は、ボクの方ではなく後ろを、校舎側を向いていた。
何とか体をずらし、陰を見ると、そこには巨大な爪を手にした人が立っていた。
体格的に女の子の様。
こちらに背を向けたままだ。微かな月明かりに照らされ、やはり女の子だ。
黒が基調のセーラー服のような出で立ちだ。泉心の制服ではないな。というか、学生服って感じではない。袖口や裾などはボロボロだ。
怪物が吠える。それはやっぱりボクの名を呼んでいるように聞こえた。残った腕を振り回し、その女の子へ攻撃するも、後方宙返りで避けられ、あまつさえ頭の上に乗っかられてしまった。
「んだよ。スパッツかよ」
なぜだろう、暗いのにそれだけハッキリくっきり見えてしまった。頭の上に立つ女の子のスカートの中は、ボクの位置から丸見えだった。
頭の上からふわりと着地し、振り向きながら持っていた爪を怪物に向かって突き刺す。肩口にかなり深く刺さったようだ。奴が、初めて膝をついて動かなくなった。
怪物に迫る女の子。トドメを刺すのだろう。悪あがきの様に刺さった爪を引き剥がし、投げつけるも、軽々避けてしまう。
女の子に当たらなかった巨大な爪は、空を切りながら飛ぶ。爪が向かっている先には……ボクが!?
目を逸らさずにいた。いや、逸らす暇もなかった。
やばい刺さる!!
と、思ったがボクの眼前でなんとか爪は止まってくれた。先ほどの女の子が、爪を空中でキャッチしてくれていた。
「あぶなかったぁ。君がいる事、忘れてたよ」
キャッチした爪は足元に置き、仕留めに戻っていった。
爪に残った織田の肉片がウニウニと蠢いていた。
「今の声……どこかで」
一人の少女の顔を思い出す……いや、それはないだろう。たまたまだ。だってあの子だった場合、あんな後方宙返りしたり、飛んでるものを追っかけて掴んだりできるわけがない。跳び箱三段を、跳ぶ事が出来ない残念な運動神経を持っている子が、出来るわけなんてない。
そんなことを考えていると、女の子は怪物に懇親の右ストレートを放った。直撃したであろう怪物は、苦しむ間もなく爆裂霧散していった。
似たようなシチュエーションを最近見たような気がする……漫画の中だったか? 違うもっとリアルだったような……特撮ヒーローか? そんな感じでもない……
などと考えていると、手をタオルで拭きながら女の子が腰を抜かしたままのボクの方へやって来た。
「君、大丈夫? 立てる?」
「チョット、大丈夫じゃない」
フフッっと、笑われると、ボクの手をとってくれた。
実に、柔らかい。
思ったより勢い良く持ち上げられたせいで勢いあまり、その子を押し倒す形になってしまった。
ボクの眼前には、女の子の顔が……いい香りがする……ずっとこうしていたかったが、流石に気まずく、体の軋みを度外視にして立ち上がる。
「ごめん! 超ごめん」
「!!」
月明かりに照らされ女の子の顔が顕になった。
目の前で飛んだり跳ねたりして、怪物をグーパン一発で倒してしまう、スパッツの女子。その顔は月代雪里にそっくりだった……
「ひゃっ!」
彼女と目が合う、すると彼女は、顔を隠し、猛スピードで去っていった。校門から出て行くのではなく、塀を飛び越え近くの家の屋根の上を跳んでいった。
「忍者かよ……」
本当に月代なわけ……いやいや、見紛うはずはない! 顔といい、声といい……まさか、双子の姉妹?
「ないわ!」
『Cランク』であったヒロインランクが『A+ランク』にまで爆上げです!
とりあえず、真相は今度学校で聞くとして、今は家に帰るとするか……体中が痛い。病院に行きたいとこだけど、両親(特に母さん)を心配させたくないから元気なフリして帰るぜ。
その日の夜、夢を見た。いつものオリジナルストーリーではない。
勿論というか当然、ボクの視点だ。泉心高校へ向かう途中だった。焼却処分されたはずの漫画を読みながら歩いている。いつものことだ、こうやって登校しているんだから。
いつも通る道は人通りが少ない、一ヶ月以上を使って探しだした、完璧に安全なルートだ。
マンガや、ラノベに没入しながら歩いても、まぁ大丈夫。二、三台はすれ違うことがあるが、歩道にいれば安全。
しかし、その夢の中では交差点を曲がった時に、車でも、自転車でも、人間でもないものに出くわした。
「わたっ!」
ブヨっとしてたそれにぶつかる。
二メートルほどの巨大な二足歩行の生物で、体中の血管は赤黒く浮き上がり雷のように見えた。
そいつはボクを睨みつけるなり、攻撃を仕掛けてきた。勿論、ボクは避けることができず、吹き飛ばされ、ブロック塀に体を打ち付けた。
「グッ!!」
ボクを殺すべく、そいつは腕を振り上げると、その腕は消し飛ぶ。ボクと、そいつの間には巨大な鎌を持った女の子が立っていた。
その子は校庭で会った女の子に似ていた……
「あっ痛って!!」
夢の中でのダメージではなく、現実でのダメージだ。シップ貼ったりしているが、流石にまだ全然ダメみたいだ……今日は休もう……
母さんに、烈火の如く心配されるんだろうけど、こんな状況で学校に行ったら余計に悪化しそうだ。体調が悪いと言うことにして難を凌ごう。
超心配症の母さんから、逆に体調が悪くなりそうなくらいの量の栄養ドリンクを出され、流石に引いた。
なんとか二度寝、三度寝を繰り返し、只今の時刻は十五時過ぎ。今頃学校は終わっている時間だ。
流石に四度目の眠りにつけず、読みかけの漫画を読みふけっていると、部屋の扉が開かれる。
こんなことをするのは母さんしかいない。ノックしろって何度言っても聞きやしない。年頃の男の子はナニしてるかわからんだろ!
「キョーちゃん、起きてる? お客さんよ」
「起きてるよ! 誰、友達?」
「女の子よ! やるようになったわねぇ。若い頃のパパにそっくりよ」
「いや、知らないよ」
「ママと、パパは幼馴染でね。お互いモテちゃって、恋人を取っ替え引っ替えしてたのよぉ。でも、結局一番近くに、大事な人が居たのねぇ。あんたも、今来てる子が大事だろうけど、ウタちゃんのことは一番大事にしてやりなさいよ」
「何、言ってんだよ! もう!」
母さんの話に付き合いきれなくなり、ボクは痛む体にムチを打ち、階段を降りていく。
サンダルに履き替え、外にでるとそこにはA+の月代が立っていた。
「おおぉ」
歓喜の声が漏れた。
「月代か、どうした?」
「これ」
彼女は、ボクにプリントを雑に差し出してきた。
「今日の配布物です。今度のテスト範囲とか書いてあるから、先生が持ってけって」
「そう、サンキューな」
ボクと目を合わせようとしてはくれなかった。俯き具合で、まるでボクに顔をみられたくないような感じだ。
「月代、チョット聞いていいか?」
そそくさと帰ろうとしていた月代を呼び止める。
「な、何です?」
「昨日の放課後……ボクに漫画返した後、何してた?」
「何って、普通に家に帰りましたよ」
「そうか……暗くなってから学校で、君に似た女の子を見たんだが」
「暗くなる頃には学校から出てたけど……」
「ふ~ん、そっか。なら、いいんだけど」
ボクは見逃さなかった。少し体が強張ったことを。ヒッヒッヒッ、やっぱり昨日の女の子は……しかしまだ決定打がない。
「また遅くなるといけないから、帰るね。植木君は、体は痛むだろうけど、安静にしてね」
月代は、ボクの家の後にしていった…………?!
ボクは見失ってはいけないと思い、急いで後を追う。
「月代!」
「何!?」
「お前、昨日の朝、でかい鎌を持ってたよな?!」
「え? 持ってたけど…………アッ!!」
口が勝手に動いた感じだ。
その驚いた月代の顔は、絶対に忘れないだろう。
ボクは、ニンマリと笑みを浮かべた。
今日見た夢は、夢じゃなく昨日の朝、ボクが登校中に体験したことのリプレイだったんだ。惜しいことにボクはあまりのショックか何かで、記憶が欠落していたんだろう。
確証はなかったが、直感的にそう思ったのだ。
ヒッヒッヒッ、流石は月代さんだな。あっさり、ゲロったぜ!
それに、今日のボクは『体調が優れない』から、学校を休んでいると言うことになっている。
『体が痛い』から、休んだわけではない。今日の学校だけの情報では『体を痛めている』と、言う理由を知っているはずがなかった。ボクが体を痛めていることを知っているのは、ボクと昨日出くわした女の子だけだ。
「ごめん今のナシ! 忘れて! お願い!!」
忘れるもんかよ!! めっちゃ焦ってる、これはマジだな。
「なんで、あんな鎌持ってたの?」
「今はどこにあるの? 出して、出して!」
「校庭でもお前いたよな?」
「ボクを襲った奴って、何?」
「やっぱり奴らと戦ってるんだよな!?」
ボクは、子供のように矢継ぎ早に質問をした! ボクの憧れている、ファンタジー世界の住人が、実際に目の前に居るんだ!
これでボクも、ファンタジー側の住人だぜ。
雪代の手を握ったり、肩を揉んだり、彼女の周りをぐるぐる周っていると、彼女の手の辺りが、輝きだした。
「植木君……」
その光は棒のように伸びていき、身の丈ほどの長さになると、先っぽの方から湾曲し更に伸びていった。
しばらくすると、夢の中で見た大鎌が彼女の手に握られていた。
「チョット黙ってて、すぐその記憶刈り取ってあげるから」
記憶を刈り取る…………消すってことだな!? そんなコトさせられるかよ!
にじり寄ってきた月代の焦点は、定まっていない。
「待て落ち着け。ボクが悪かった。早まっちゃあいけない」
「刈ルゥ~」
そうか、コレで登校中の記憶が刈り取られたのか…………
「よく、考えてみろよ。昨日の朝も、それでボクの記憶を刈ったんだよな?」
「……そうよ」
やっぱり……
「何が言いたいの? 刈らせなさい」
「ヒヒッ! ボクはこうして、覚えているんだぜ? 消しても無駄だ」
少し間があり、大鎌は霧散した。
「確かにそうかもね……二度目だと効果も薄れちゃうし……」
「ここは、秘密を共有した方がいい」
ヒッヒッヒッ……助かったぜ。
正直賭けではあったが、なんとかなるもんだな! これも、ボクが主人公たるソレだな!!
「さぁ、ボクの質問に答えるんだ!」
「なんか、妙に偉そうね」
深い溜息をつかれた。
なんだろう、馬鹿にされてる気がする。
「今日はもう遅いから、明日にしましょ。土曜だし」
「ヤダ! ボクんち上がれよ」
「文句言わないで、教えないとは言ってないんだからさ」
「……はいはい」
「”はい”は一回よ」
それから、明日のお昼に会う約束を取り決め、解散した。何気に、女の子と休日に出かけるなんて、初めてじゃないか? それが、こんな夢みたい内容でだよ!
やっぱり、ファンタジーへの案内人は女の子なんだ!!