三十ページ目『植木鏡帰郷』
これまでのヒーローの鏡:出会いがあれば別れもある。それは自然の摂理。
「ボクの名前は植木鏡、泉心高校に通う三年生さ! 成績は中の下、運動神経は中どこにでもいるしがない高校生……しかし、本当は血雷って言う謎の生命体と戦う戦士なのだ! 今もこうして襲い来る血雷と戦ってるってわけ…………トリアイナを使い棒高跳びのように飛び上がる」
『海神の一撃……』
「血雷の真上まで来たボクは、思い切りトリアイナを振り下ろす。すると、水が薄く伸びた膜が真下にいる血雷目掛けて落ちていきさながらギロチンのように真っ二つにした」
「これにて処理完了! やれやれ、しがない高校生のボクにこんなことを強いるなんて、この世界どうかしちゃってんじゃないの?」
「植木さん、何をニヤニヤしながらぶつくさ言っているのですか?」
「楽しいからに決まってるじゃん! それっぽくつぶやきながら行動しているボクを、冷たい目で見つめているのは、ボクが配属されたホシノハネ日本支部の関東地区代表『太刀花小花』だ」
おっと、着地に失敗するとこだった。
「特に理由はないけど……ヒッヒッヒッ、最近は凡血雷とか、中血雷ばかりで張り合いがなくってさぁ……」
「慢心は大きな失敗の引き金に成り兼ねませんよ。今だって着地に失敗しそうになったでしょ?」
アカタカク王国から戻ったボクは、予定通りホシノハネの新しく設立された日本支部に配属された。
できたばかりだからか、人員が少ないのはわかるが各地区二、三人で持ち回らなければならないキュウキュウな状態なのは、ちとキツイ。関東地区は目の前にいる巨乳のシスター小花さんと、ボクだけだ。
彼女は教会兼、孤児院のシスターと言うドテンプレなお姉さんで、心優しい聖母だ。しかし、怒ると誰よりも怖い……渕成さんといい勝負できるかな? しかも腕っ節が強く、ボクの戦闘術の師匠でもある。筋肉とかも結構あるんだよね、これが……
あれからの事を掻い摘んで説明すると……ボクは「アカタカク王国へ留学していた」と、言う事になっていた。そして、今はその留学が終わり帰国子女ってわけ。
実家には雪里の姿はなかった。どうやら、彼女の家族が帰ってきたので実家に帰って行ったとの事。
日本に戻って初めの処理の時、たまたま雪里と出くわしたんだけど、めちゃくちゃ驚いていたね。
セリさんなんてボクの町が気に入ったのか、アパートを借りて住み込んでいるらしい。近田と買い物をしている所を、目撃した。なんだかんだで仲の良い二人だ。
今、関東周辺にはホシノハネ、みんなのて、B×R、生命の城という四つの会社で取り持っている。
そして、アカタカク王国で目撃した、憑依種血雷を攫っていった人物の事がだいぶ大事になっているらしい……
まぁそうだろう、あの感じだと憑依種の血雷が一同に会しているとかありうる……
そして何よりの変化が、ボクの愛して止まなかった週刊連載が最終回を迎えていた事だ! これは、何よりも重大な変化です。ちなみにアカタカク王国に行っている間の少年ジャンプは、倉宮から譲り受けることで補完中だ。
× × ×
今日もボクは、半年以上前の少年ジャンプを読みながら登校している。
「はぁ~なんて平和なんだろう……こんな平和、崩れ去ってしまえばいいのに……」
かなり不謹慎な台詞だなと客観的に思う……
でも、本部での訓練の日々、アカタカク王国での連日連夜の処理作業を考えると、あの頃のが楽しかったのは間違いはない。この漫画の中で起こっているような事を、ボクは実際に体験していたんだ……あの快楽を思い出す。
攻撃がうまく決まった時の感触、敵の攻撃を受け軋む身体……今思えば、全てが楽しい出来事だった。
それらを反芻していると、漫画の内容が入ってこない。
「鏡君、何を物騒な事言ってるの? 平和が一番よ」
背中から声をかけてきたのはライバル企業、地雷処理機関「みんなのて」のマインスイーパー、月代雪里だった。
「いつだかもこんな会話をしたような気がするな。なぁに、今やホシノハネのスーパーエースであるボクがいるから、どんな奴が来ようとチャラヘッチャラだぜ」
「何がスーパーエースよ。実質戦うの鏡君だけなんだからエースもへったくれもないでしょ」
ヒヒッ、嫉妬ですかね~フラットモンスターさんも!
三年に上がった時、クラス替えがあったらしいが雪里、ハルカスとは同じクラスであった。
教室に着くとすぐさま、これまた同じクラスになったボクの天敵が声をかけてくる。
「やあやあ植木鏡君♪ 陽気はどうだい?」
満面の笑みで立っていたのは倉宮あかね、その人だ。
学校に戻った初日、今迄以上に馴れ馴れしかったんだ。なんか知らないかとP研の奴を捕まえて聞いたんだが……どうやら、帰国子女になったボクはランクが上がりAになったとの事……ハァ……
それ以来、ボクに付き纏うのが圧倒的に増えた。少年ジャンプのおかげで邪険にはできないのがなぁ。
大体ヒロイン気取るなら、そんなしゃべり方で現れるなよ。だから、お前はCなんだ!
「まぁそこそこだよ……」
席順にも悪意を感じる。なんで、倉宮の後ろの席なんですかねぇ? 「鏡……ワタシのカーディガンに浮き上がってるブラのライン見て、コーフンしちゃダメよ、ハート」とかクラスメイトの前で言われて、とんだ恥をかかされた……
今日も倉宮のマシンガントークを掻い潜りHRの時間。
新しい日本史の教師にして、クラスの担任「竹千代」先生が入ってきた。
「ハァイ皆さん、全員揃っていますねぇ? 今日は皆さんに朗報がありますよぉ」
竹先生の間延びした声がクラスに響く。
「なぁんと、このクラスに転入生が来てくれますぅ」
ざわつく教室。まぁこんなタイミングで転入してくるんだ、ろくな奴じゃないって……つい最近、帰国子女ってるボクが言えた立場じゃないがな。……ボクはろくな奴じゃないからいいんだよ。
「ではみなさん、拍手で迎えましょう。転入生さん、いらっしゃ〜い♪」
ガラガラと扉が開く……現れたのは、褐色の肌に、町で見かけたら必ず目を引く銀髪の女の子。その風貌は日本人離れしていた。
うん、そうだな……エジプトとか、サウジアラビア辺の島国にいそうな感じだ。見た目以上に雰囲気は幼い。そして、今にもそのハツラツそうな感じに似合った口調で、一撃では覚えられないような名前を口にするんだろう。
「ではぁ、自己紹介をしてくださいぃ」
「ハイッ! あたしの名前は……」
チョークを取り黒板にデカデカと、不慣れなカタカナで名前を書いていく。
「アカタカク王国から来ました。フロクシル・ヌーベル・ディアトネルです。周りの人はルルルって呼んでくれるよ! よろしくー」
深々とお辞儀をし、満面の笑みで敬礼をしているのは、この前アカタカク王国で別れたはずの『ルルル』であった……
ルルルと視線が交錯する。彼女はボクに気付いたみたいだ……
「あっ! キョーちゃん!!」
大きな声でボクの名を呼び駆け寄ってくる。クラスメイトの視線が集中。
「よ、ようルルル……元気だったか?」
「見ての通り元気だよ! 逢いたかった!!」
そう言うと、ボクの目の前は彼女の胸でいっぱいになった……周りからピロリンとか、カシャとか聞こえてるぞ!
「モガモガ」
「ン~~……」
彼女の渾身の力でボクは抱きしめられていた。クラスメイトがざわついているのがはっきりわかる……
すると、突然ボクとルルルは引き剥がされた。ありがたい!
「もうあなた! 急に何してるのよっ!?」
演技掛かった口調でプンスカ怒っているのは……倉宮だった。
「植木君が困ってるでしょ!」
この子、何を急に「植木君」とか呼んできて……あれか? お節介系幼馴染ヒロインみたいな感じなの?
……チラッと雪里の方を見てみると「呆れた」みたいな顔でこっちを見ていた。
「……そうなのキョーちゃん?」
ルルルは小動物系の瞳で見つめてくる。この子に見つめられるのはちょっと耐えられん、目を逸らす。
「そ、そんなことないよ……」
「!! ちょっと植木君! なんなのこの子!? どういう関係よ!」
倉宮……逆に聞きたいよ。お前はボクのなんなんだ?
「あたしはキョーちゃんのお嫁さんよ!」
………………一瞬の静寂の後、教室が揺れた
「……ディアトネルさん、なんて事をぶっ込んできてるんですか?!」
……再びシャッター音と、今度はフリック音……全員のスマホをセパレートタイプにしてやろうかな?
「ヒッ、ヒヒッ……」
こうして、ボクと倉宮とルルル、時々雪里のドタバタファンタジーの幕が上がった。




