二ページ目『人生に次回作はない』
これまでのヒーローの鏡:折檻の受けてしまう鏡だが放課後の教室で無くした漫画を返してもらうことができた!
帰り支度を整え、教室を後にする。聞こえていた演奏の数は減っていた。
夕と夜の狭間の空間が、学校を支配していた。
廊下はすでに暗く、七不思議の一つでも解明したい気分に駆られるが、現在独りのボクに、そんな度胸はない。
校庭では、サッカー部がゴールを片付けていたり、陸上部がクールダウンしていたりと、変哲のない日常が流れていて、夕闇の校舎内は、現実と遮断されているかのように思えた。
「はあぁぁぁ……」
肩を落とす。
どうしても下駄箱まで行くのに、職員室の前を通らなくてはならない。
非常に気まずい。
月代から返してもらった漫画は、死守せねば! すぐ読める様にブレザーの内側に隠し、腕組をして歩く。
早足で職員室を通過しよう!
しかし、今日は本当にツイていない様だ。
職員室の入り口が開き、よりにもよってそこから織田が顔を出した。
「ッ!! 織田先生! さようなら!」
突然のエンカウントに少し焦り、うあずった声になってしまった。
悟られないように俯き加減で通り過ぎていく。
「おう、鏡か、まだ居たの? 暗いからな、帰り道は気を付けろよ」
授業の後から、ボクに対して敵意丸出しだったのにも関わらず、今は他生徒に接するかのような普通の教師の返しが待っていた。満面の笑みを添えて……
それがいけなかった。ボクは驚きのあまり、持っていたものを落としてしまう。まさか、そんな言葉をかけられるとは思ってもみなかったから。
バインダーを、バインダー足らしめず、自分の手で自分の好きなものを焼却処分させ、『猛省』のゲシュタルトを崩壊させるようなUMA教師が、そんなやさしい言葉をかけてくるなんて!
鞄の中は教科書と、ノートだけだ。問題はない。しかし、隠していた漫画まで落としてしまうとは、完全にとちった。これも焼却処分させられる!
ボクは可能な限り最小限かつ、最速で鞄と漫画を拾い上げ。何事もなかったかのように、その場から立ち去ろうとした。
当然そんなことは許されるはずはない。
「おい、植木……今のは何だ?」
振り返れなかった。
口調は冷静そのものだったが、完全にプッツン来てるに違いない。
そりゃそうだ。全部焼却処分させたと思ったら、まだ一冊隠し持っていたんだから。織田は隠し事を絶対に許してくれない。
ボクは、隠すことは諦め、振り返りながら土下座をして、白状する。
「ごめんなさい! 隠してたわけじゃないんです! これは、今日無くしたと思っていた漫画で、さっき月代に返してもらったんです。本当です! 許して下さい!!」
廊下にキスできるほど頭を押し付け、許しを乞う『ごめんなさい』と、何度も言った。
数秒だったか、数分だったがわからなかったが、ずっとそうしていたが、織田から返事がない。動いている感じもない。
もしかして、あまりの恐怖心が見せた織田(幻)だったのかと、淡い期待を抱きながら、恐る恐る顔を上げると。
その時だ、雷が落ちたような爆音が廊下に響いたのは。
廊下の窓から外を見ると、雷どころか雨だって降らなそうな天気だ。星がちらほら見える。
そして、目の前にはやっぱり織田が立っていて、恐怖心が見せた織田(幻)ではないようだ。
「今の雷、何だったんですかね?」
上手い事これで、話が逸らせれば良いが……織田は答えず、ボクを見据えていた。
視線が交わる。
その眼は一瞬で血走った。ボクへの怒りでなんだろう……次第に目の周りの血管が脈打つ。ぴくぴくと動き、目の周りから体中に赤黒い線が這っていく。その様を見て全身粟立つ。
「せ、先生? 大丈夫ですか?」
案じずにはいられない。流石にこの症状は常軌を逸している。それほどまでに怒っていたということなのだろうか? いやありえないだろ。
織田の肩に手を当てようとした時、更なる変化が訪れた。
ニョキニョキと、牙が生えてきて、その顔も見知った教師、織田のものとは違うものになっていった。まさに、夢に出てきた鬼を彷彿とさせる。
ボクは腰が抜け、その場に座り込んでしまう。なにか……ヤバイ。
ズリズリと後退り、織田と距離を取る。
やばいよ、やばいよ! ボクの中のリアクション芸人のドンがそう告げる。その間も織田は変化していった。
体中に這っている血管の赤黒いラインは、さながら雷とか稲妻のように見える。
そしてその姿は、この世の物ではないモノに変わってしまった。
『ヴゥェギィィ……』
その声はまるでボクの名を呼んでいるようだ。
床に着くほど大きくなった爪を引きづりながら、ボクに迫る。
確実に! 絶対に!! 千パーセントやばい!!!
あらゆる漫画や、アニメ、ゲームを見尽くし、やり倒しているボクには分かる。間違いなくこの場にいると待っているのは死!
何とか立ち上がり廊下を走る。
すぐ背中には、織田だったモノの爪が空を切る音が聞こえた。
「ブオンだって! ブオンッ!!」
振り返っている間も惜しい、全・力・疾・走!
近くの教室に入ろうとドアに手をかけてみるけど施錠してある……力づくで開けようとするが、そんな簡単に開くはずもなく、その教室は諦めて次の教室へ。当たり前のように、次の教室も開かなかった。
織田だったモノを見る。
距離は離れていた。どうやら、奴は走れない様だ。
二階に登り、ようやく教室に逃げ込む事が出来た。
教卓の下に潜り込み息を潜める。鼓動が激しく汗がヤバイ、ワイシャツもズボンもビチャビチャだ。
廊下から、足音と爪を引きずる音が聞こえてきた、確実にこっちに近づいてきていた。
ここに入る姿は見られていない……はずだ。きっと、大丈夫。
先ほどにもまして鼓動が早くなるのを感じた。
『キャーッ!!』
「!!!」
突然の悲鳴が聞こえ、ボクは教卓へ頭をぶつけてしまう。
痛い……
放課後とはいえ、部活帰りの生徒も残っている。アレに、出くわしてしまったのだろう。
声の感じからして女子? 悲鳴の後、短い声が聞こえてから、生々しい切断音が二つ聞こえてきた。
まさか、織田の奴……生徒を殺したのか? あの姿なら間違いなく……
再び足音が、聞こえてきた。確実のボクのいる方へ、向かっているのが分かった。
ボクのせいでこんなことになったのか?
織田が怪物になって、生徒が殺されて…………
「ヒッヒッヒッ、ボクは、こんな状況を待ち望んでたじゃないか!」
平穏な学園生活が、突如として崩壊するこんな状況を!
「ボクはきっと選ばれたんだ!」
「主人公に!」
「勇者に!」
「光の戦士に!」
「世界が滅びる未来を変える為、立ち上がらないといけないんだ!!」
勢いよく立ち上がり、ボクは再び頭を教卓にぶつける。
「痛くない!」
さてさて、今みたいな状況は、ボクの好き好んで読んでいる作品の中では、日常茶飯事なシチュエーションなのだが……
「武器になりそうなものはっ……と」
掃除用具のロッカーを開け、自在箒を手にする。
「……やっぱりこれだよな」
軽く二、三回振ってみる。ま、主人公のボクならどうにでもなるか♪
教室のドアから勢い良く廊下へ出る。
十メートルほど先に、織田が歩いていた。巨大な爪は真っ赤に染まっていた。やっぱりさっきの悲鳴は……
『ブェギィィ』
やはり、呼ばれてるみたいだ。やれやれ……
その距離、八メートル。
「織田! 良くもやってくれたなぁ」
自在箒を織田へ向けながら、叫ぶ。
「ボクの平和な学校生活をめちゃくちゃにしやがって」
演技かかった調子でしゃべる。窓ガラスに自分の顔が映る……完全にニヤついていた。この状況を楽しんでいるんだ。
ボクからも、織田へ近づいていく。
「さぁ、どうやって片付けてくれようか?」
考えている暇はなかった。ボクが仕掛ける前に、織田が仕掛けてくる!
移動と同じで、そこまで攻撃の速くはない、容易に避けることはできる。
巨大な爪が廊下を穿つ。
そのスピードからは、想像出来ないなんつぅ破壊力! 廊下には三つのクレーターが出来上がった。これが当たっていたと考えると、血の気が引ける。
すぐに別の攻撃が来る。やっぱり遅いので、避けるのは容易い。
しかし、ボクが攻撃できるかというと、それはまた別の話だ。何気に隙が無い……てか、隙がわからない!
一歩踏み出そうとすると、そこに攻撃がくる。
次第に廊下の壁と床にはいくつもクレーターが出来上がり、窓ガラスはなくなっていた。
”ピシッ!”
聞いちゃいけない嫌な音が足元から聞こえた。そっと、穴ぼこだらけの床を見る。
足の下には亀裂が走っていた。すぐさまその場から離れようとするが、時すでに遅し。運悪く織田の攻撃がそこにヒットし……
「お前っ! 馬鹿野郎!!」
案の定、床は音を立てて崩れた!
あまりの衝撃に、声は出なかった。
もう一歩下がっていれば、巻き込まれずに済んだんだがなぁ……
ボクは、織田の攻撃により、一階にまで落っこちてしまった。幸い、下階には人がいないし、ボクも何とか体を動かす事が出来る。
天井にはぽっかり穴が空いていて、織田がこちらをのぞき込んでいた。
「ボク、だけかよ……」
そして、織田が躊躇なく瓦礫の上へ降りてくる。
「あっ、織田が飛び”降りた”……」
意外にも、ダジャレを言う元気があるらしい。
自在箒は瓦礫の下敷きになり、ぶち折れていた。自分の腕や足が、ああなっていたかもと思うと、気分は最悪だ。
とにかく立ち上がり、瓦礫の山を越え、織田から逃げる。
ヨタヨタと、廊下を走る。背後では瓦礫が壊される音がしていた。
流石に、もっと余裕をもって戦えると思ったんだけどなぁ。こんなピンチになるなんて……しかぁし、これもよくある流れです。起死回生の奇跡が、この後起こるのさ!
階段を登る元気はなく、そのまま下駄箱へ向かっていく。
外はすでに暗くなっていた。
校庭には、誰もいない。これは好都合、真ん中あたりで立ち止まり織田に向き直る。決着をつけてやる。
ボクに何か変調が起きる様子は……未だにない……
夜の校庭で戦うなんて、これまた”如何にも”だ!
「よぉし、決着を付けようぜ! ボクはもう、逃げも隠れもしねぇ、かかって来なよ」
両手を広げながら挑発する。
ボクの言葉が分かったのか、飛び掛かってくる。校舎内で対峙した時とは違い、素早かった。
目で追うことはできる……だからって! 反応できるというわけではない!
「ゴハッ!」
鳩尾に思い切り一撃をもらってしまった。その場に跪くボク。
そして追撃、十メートルほど蹴り飛ばされてしまう。
起き上がる事が出来ないし、息をするのが辛い。これが俗に言う「肋骨二本で済んだか」って奴?
霞む視界の中、織田がこちらへ向かってきていた。
「あぁやばい。こっちのパターンね」
結局ボクは、主人公じゃなかったって事? 1st episodeでは、この辺でガァ子の声が聴こえるんだが……アレはボクの妄想だ。
覚醒する様子は、やっぱりないし……
「所詮現実は、こんなもんかよ……」
ボクは主人公ではなく、生徒Aだったって事かな?
ボクは死んだらどこへ行くのかな? どうせ行くなら、天国でも地獄でもない、死神の世界が一番いいな! 刀はどんなのになるんかなぁ……でもって、何番隊に入るか? 十番隊が良いよな。あそこの副隊長は……爆乳だからよ。
「ヒヒッ!」
なんだよ……も死にそうだっていうのに、案外余裕あるな。ボクって奴は。
死んでからも、楽しいことがありそうだと妄想すると、ここで死ぬのもまた一興か。
怪物が迫るが、むごたらしく逃げたりしない。それこそ名もない背景キャラだ! ゆったり殺されるのを待つとするぜ。
「へっ、やるなら一思いにやってくれや」
聞き入れたと言わんばかりに、巨大な爪を振り上げた。
初めの一撃が、この爪の攻撃じゃなくて良かったと思う。あの時、これで攻撃されていたら……へこむわ。
こんな愉快に、死を迎えることもできなかったろうよ。死ぬのが怖くない人間なんてそうそういないぞ。
「『植木鏡先生の次回作にご期待下さい』……ってな」
ボクはそっと目を閉じたのだった。