二十四ページ目『思い通りにならない現実』
これまでのヒーローの鏡:鏡はマインスイーパーになることができた! 適正を測るためペーパーテスト、想力テストとパスしていく。
そして、彼の待ちに待ったバスター起動の時が来た!
小学生の頃のボクは、その年頃の少年少女の例に漏れず、歯医者さんが嫌いだった。
超心配性の母さんなので、ちょっとでも「痛いかも」とか言った瞬間、強制連行させられていた。
何が嫌だったかって……あの歯を削るドリルの音、泣き叫ぶ同年代の声、当時のボクにとって地獄のように思えた。
それに拍車をかけるように嫌だったのが、虫歯菌のイメージ図だ!
通っていた所に張り出されていたポスター絵柄が、当時はすごく怖くて、それを見るのが嫌だった。
鬼の様な形相で三又の槍を持った虫歯菌が、歯を攻撃している構図のポスター……あんな怪物が自分の口の中にいると思うと、卒倒しそうになった事を覚えている。
さながら、賽の河原のようなイメージを持っていた。
流石に、この歳になってまで怖がっていわけではなく、平然と歯医者さんには通う事ができる様にはなってはいる。
なんでこんな回想をしているのかと言うと、ボクの手に握られているのは、幼少期のボクにそんなトラウマを植えつけた虫歯菌が持っていたような三又の槍。それっぽく言うとトライデントを、手にしていたからだ。
全体が金色で穂先と柄の接合部には赤いファーのような物が付けられていた。それ以外は特に特徴の無い……所謂面白味のない武器だった……
ボクの考えが反映されるというわけではないのかよ……ますます主人公感がなくなっていくじゃないか。
「おーー! カッコイイ!!」
ルルルのバスターはボクの奴よりも飾り気のないロングソード。しかし刀身は真紅に輝いていた……ズルいぞ!
それだけじゃない、バックラーも装備している。そして、どうやらそのバックラーは剣をしまう鞘の役割を担っているようだ。クソ……カッコイイ、とても、とても、とっても主人公的だ。
「ルルル……」
「なーに?」
「そのバスター触らせてくれ!」
「チョット貸してくれればいいんだ」
「なんだったらボクのと交換しよう!」
「ウン! それが良い」
「いやぁ……かっこいいなぁ!」
矢継ぎ早にまくし立てる。
「……うんいいよ。ハイ!」
!! バックラーに収納したバスターを差し出してくる。意外な反応じゃないか、雪里なら困った顔くらいしそうなもんだがな。こんなリアクションされるのは逆にびっくりだ……
「ダメですよ植木君。バスターを交換することなんてできません」
だよな……わかってたぜ……でもさぁ。コレはあまりにもあんまりだろ。
ルルルが、バスターを持つボクをまじまじと見て「バイキンみたーい」って言った時は流石に悲しくなった。
× × ×
本日はコレにて終わりだった。本日と言っても今が何時かとか全く分からないけど……
ボクとルルルは、小太りの男に連れられ寝食をする宿舎へ案内されていた。
長い廊下を進む。
「ねーねー、キョーちゃんはどこの出身?」
「ボクは日本だよ」
「……えっ!? 本当に日本ってあったんだ」
……何を、言っているんだ? 確かに極東の小さな島国ではあるが、世界でも割と日本って有名だろ。FUJIYAMA! TEMPURA! MANGA! ってな。
「ちゃんとあるよ。そう言う君は、どこ出身なの?」
「あたしは……アカタカク王国だよ」
かなりマイナーな国のようだ。二十一世紀にもなって、王国ってあるの?
「ふ~ん、珍しい国名だね。どこらへんなの?」
「ちょっと、キョーちゃん! あたしの国知らないなんてどういうこと?」
え……そんな有名な国なの? 地理の授業とかまともに受けたことないからなぁ……
「ごめん、地理には疎くて」
「しっかりしてよねー――」
いろいろ話を聞かせてくれた、結果だけ言うと、この子の国は外界との交流が殆ど無い、独自の発展を遂げた国だと言う事だ。自分の生まれた国が世界の中心だと思い込んでいる。
そして、ルルルはその国を収める王様の二七番目の娘らしい……
年齢は十才、見た目ボクと変わらないんだけどな……言動は確かにそれっぽい。
それにしても、この子一体、どれだけ属性持ってればいいんだよ! ヒロインランクで言えばA位にはなるな……
それからも、アカタカク王国の自慢話をし続けていた。
「そうそう、ここの両側にあるのは、歴代のマインスイーパーの方々ですよ」
アカタカク王国の話に飽き飽きしていた頃男がそう紹介してくれた。
壁一面に名前が彫られている。名前と一緒に顔写真までもご丁寧に……
「かなりいるんですね」
「まぁ、血雷との戦いは長いからね」
ふ~ん……
「あ、雪里だ……」
顔写真の隣に「月代雪里」と、書いてある。いつものおさげではなく、髪を下ろした状態で雰囲気は幼い……
「月代さんのことを知っているのかい?」
「あぁはい……」
いい機会だったので、ボクが生前雪里の手伝いをしていたことなどを話した。隠しておく必要はないしな!
「ほぉ、あのフラットモンスターのお手伝いをね……少し君の印象が変わったよ。我々は即戦力を欲しているから、とても頼もしい」
「なるほどねーだから天才って言ってたのかー」
「あ、そうだ。ボクがここにいるって、雪里には言わないで下さい」
「なんでだい?」
「びっくりさせてやりたいじゃないか!」
おぉこっちにはセリさん、あそこには近田がいるぞ……ヒッヒッヒッ、いずれここにもボクの名前が並ぶんだな!
『マインスイーパー史上最強の男! 植木鏡此処に有り!』
なぁんて書かれる日は、すぐそこだ!
「ここが君達の宿舎だよ」
案内されたのは一枚の扉……今、この人”君達”って言わなかったか?
「あの……ボクの部屋は……」
「ここだよ」
「ルルルの部屋は?」
「だからここだって」
どっちも同じ扉を指した……
おいおいおい、見ず知らずの男女がいきなり同じ部屋で共同生活せにゃならんのか? 確かにボクの家には雪里が住んでいた。けど、部屋は別々……ボクは自室を追いやられ、リビングのソファーが寝場所になっていたのは今やいい思い出だ。
それにルルルが嫌がるだろ。一国の王様の娘さん……姫様だぞ!
「でも、ルルルが……」
「あたしは全然いいよ! 寧ろ嬉しい」
「おわっ」
……おは、おっぱ……顔にあたって……
「はぁ、植木君。我々は別に”恋愛禁止”なんて規則はないけど……節度は持とうな。そう言う事をさせるために同じ部屋にしたわけじゃないんだから」
「は、はひ……」
誤解だよお……
実年齢十才の癖に、体つきはボクと同年代みたいだ! 男子にこんなくっついてきて、アカタカク王国特有のものなのか?
ルルルにひっつかれたまま、部屋に入っていく。
飯の時間、起床の時間、教練の時間などには、呼び出しがあるので、特別時間を気にする必要はないとの事。飯は済んでいるので自由行動だ!
中はわりかし広い、作りになっていた。十五畳ほどのフローリングっぽい部屋で、ベッドに机が二人分用意されていた。部屋の真ん中には丸テーブル。二人で生活するには不自由がなさそうだ。実家の部屋に比べれば十分に広々使えるので満足。
「なんかちっちゃい部屋だね」
流石、一国のお姫様……
なんだかんだで疲れたボクは、早々にベッドへダイブ! このまま寝てしまおう。
アァ〜久々のベッドな気がするぜぇ。ソファーで寝る日々とはおさらばバイバイ!
「あたしもー!!」
「!! ぐえっ……」
こいつ、ボクの方にダイブしてくるなよ! これから寝るっていうのに……
「おいルルル、こっちはボクのベッドだぞ。君はあっちのベッドでやれよ! 寝るんだから」
無理矢理体を反転させ、ルルルと向き合う。
「あたしも寝るよー」
は? 何言ってるんだ? てかこの状態……彼女に押し倒されたような体制になってないか?
彼女の香りが鼻を突く……そして、伸びた襟元からは健康的な褐色の肌が顕になり、先ほど顔を埋めていた。おっ、胸が……
生唾を飲む。
「一緒に寝ちゃダメ?」
小首を傾げつぶらな瞳で懇願してくる。彼女は小悪魔的な何かを感じる。ルルルの事だ完全に天然なんだろう……雪里のそれとはまた違う天然……いや、無邪気って感じかな。
再び生唾を飲む。お互いの息がかかる距離だ……ボクは耐え切れず顔をそらす
「べ、別にいいけどさ……」
「やったーありがとう!」
そう言うと、ボクの体に抱きつき丸まって眠りについた……カーッ! マジかよこいつ……良いのヤラしいことしちゃって? 良いの?
何分いや何時間経っただろう。ボクは、爛々(らんらん)としながらベッドで横になっていた。名誉の為に言うが、ボクは何もしていない! 断じてだ!!
「うぅん……お父様……」
寝言だ……さっきから「お父様、お母様」と呟いていた……そして、涙を流しているようだった。ボクは彼女の事を全く知らない。今までどういう生き方をしてきたかとか、どんな家庭だったかとか……そして、何故死んで生への執着をしているのか……ボクは彼女の何も知らないのだ。
彼女だけではない、ここにいる人達は何か強い意志を持って生活している……ボクだって生への執着心はあるが、少なくとも彼女のそれに比べたらきっと些細な事なのだろう……
「なんでボクは選ばれたのかなぁ……」
「柄にもなく真面目になってしまった」
ボクは熟睡しているルルルを起こさないように慎重に腕を離し、部屋を後にした。
少し風にでも当たろうと思ってな。
時計がないので何時なのかよく分からないけど、廊下から見える外は暗い。
ペタペタと廊下を歩く。ここは歴代のマインスイーパーの名前が刻まれている区画。薄明かりの中、何気なく名前を見て歩いていると、ボクは意外な人物の名前を見つけた……




