二十一ページ目『ヒーローの鏡』
これまでのヒーローの鏡:ピンチを近田に助けてもらった鏡。雪里がいる場所も教えてもらい決戦の地、葉中邸へと向かっていくのだった……
近田に言われた通り葉中邸へと急ぐ。
町のそこらじゅうで踏音が聞こえる。コレかなりやばいだろ?
「あれ、火事じゃないか?!」
ボクの向かう先の空が赤く燃えていた。もちろん向かう先ってのは、葉中邸の事だ。
「……雪里、早まるなよ」
とても嫌な予感がする。
雪里の携帯に、何度も電話をかけるが一向に繋がる気配がない……
そうしていると、また踏音が聞こえた。
この曲がり角の向こうだ。
そっと顔を出し伺うと、案の定踏まれた所であった。
「しかも、二体かよ」
一体は体の一部に変化が見られる中血雷。もう一体は……豚に変わっている最中だった。
抜け道にいたオーク血雷……きっと葉中の言っていた人為的に血雷に変えるってヤツだろう。
「この道は使えないな」
踵を返し別の道を進んでいく。
大通りに出た。そこは駅前に続く町のメインストリート。駅前と言う事もあって人が多い……
トラックが道の真中で炎上していた。そこに突っ込んだのだろう……何台も車炎上していてその周りには人が倒れている。
そして、血雷が闊歩し、逃げ惑う人々を殺していた。
「ヒヒ、バイオかよ……」
ビルの壁を殴る拳が痛い。ヒビが入るくらいのイメージはできているのだが……ボクに、そのイメージを再現する力ない。
『唯一、宿主が血雷から開放される方法は死ぬしかない』
初めて、血雷の話を聞かせてもらった時の事を思い出した……この数を処理して回るのか? そして、処理されると記憶や記録から消される。こんな大量の記憶や記録がなくなると、絶対整合性が保てなくなるぞ……
この一件、かなり大きな問題になってきた。
「ヒッヒッヒッ、渕成さん、こりゃボク達に頼んで正解だったわ」
葉中の所にいけばきっとどうにかなる……変えることができるなら、戻すこともできるはずだ。
その後、数体の血雷と遭遇するが、事前に察知し回避ルートを進んでいる。かなり遠回りをしているが、葉中邸には近づいているとおもう。
そして今ボクは、オーク血雷に追い掛け回されている!
「見かけによらず速いのね! …………ッ!!」
曲がった先には、二体の血雷がこちらに向かって突進してきていた。
「コレはまさしく! 挟み撃ちの形!?」
体躯に任せ突進をかましてくる二体。最悪な事にこの路地は結構狭い、二体が横に並ぶとサイドには隙間がなくなる。
「これぞ、豚突猛進!」
後ろからは槍を持ったオーク血雷。
万事休す……!!!!
目の前から来ていた二体が先にボクに到達。身を守るが、二体の豚突猛進の一撃をくらい二十メートルほど吹っ飛ばされる。
運の悪い事に、背後の槍の一撃をもらいながら……
体とか頭に刺さらなかったのが、不幸中の幸いって感じかな?
激突した衝撃で、体中痛過ぎるが、それ以上に、左手が焼けたように痛ぇ……なぜなら左手には槍がぶっ刺さっているからだ。
ボクのあまりの勢いで、オーク血雷は手を放し、槍は今やそのものズバリ、ボクの手中にある………………ッ!!!!!!
自分でも驚くほどでかい声を上げる。生涯で、こんなにでかい声を出した事がない。
涙が止まらない。変な汗も噴き出してきた。
「…………んだクソがぁぁぁぁぁっ!」
刺さったのが左手でよかった。ありったけの力で刺さった槍を引き抜いた。コレがまた刺さってる時の痛さよりも痛い。
再び声を上げる……こんなにも早く「ボクの中のでかい声レコード」が、更新されるとは思ってなかったよ。
気休めだがハンカチで左手を縛り応急処置。ハンカチを持ち歩くのは紳士の嗜み、だからな?
血液、涙、汗、鼻水、涎と出せる液体を全部出しながら槍を構える…………ヒヒッ、チビッてるじゃん。
「さぁ来いって、こっからが本番だぜ?」
オーク血雷が迫る。足が動かない、否、動かせない。ボクはその場で槍を振り回した。まぐれでもいいから一発当たればいい……
無様に振り回した一撃が先頭の一体の側頭部にクリーンヒット! そのままソイツは霧散していった。
「え? なんで?」
残った二体は、特別その事に感情はなく、お互い顔を見合わせ。ボクに先ほどの、豚突猛進を仕掛けるのだった。
同じように槍を振り回す。すると今度は、一体が爆発したのだった。
結構な至近距離で爆発したので、ボクも、爆発しなかった方のオーク血雷も、チョットだけ吹っ飛ぶ。
「痛ってぇ!」
『植君、よく生きてましたわね?』
この生意気な物言いは……
『何をボッと、してますの? 残った方がまだ来ますわ』
あ、マジだ。くっそ、立てねぇ……このままやるしか! ボクは、渾身の力を振り絞り突進してくる、オーク血雷に、槍を突き立てた!
避けるでもなくオーク血雷に突き刺さる。
ソイツは、腕をクロスして突進してきていたようだったが、そのクロスした腕を貫き刺さっていた。
数瞬の間の後、消えていった……
「ハァハァ……セリ、だな?」
ボクは倒れながら見上げると、頭の上にセリが立っていた。
彼女は鎧装ではなく、いつものワンピース。顔を見ると真っ赤になっていて、右足を思い切り後ろに振り上げていた。
そう、ボクが見たのは……
「ヒヒッ、ピンクの……」
「本当にボロボロですわね。もう少しスマートに戦えませんの?」
「トドメを刺したのはセリ”さん”だけどな」
可愛らしいアレと、地獄を拝むことができたボクは、きっと特別な存在なのだろう。
「痛い、やめろってしこたま謝ったでしょ!」
セリさんの想力で左手の穴は塞がったが、もう少し完璧に治して頂きたい所だ。ジンジンする。
「フンだ、知りませんわ」
「あぁもう、本当にこの通りです」
ボクは懇親の土下座を披露する。もう靴だって舐めちゃうよ!
「はぁ……もう気持ち悪い、良いですわ」
肉体的、精神的に追い詰めてくるなぁ……
「それにしても、ボクなんであいつらを処理できたんだ? 一般人の攻撃は、効かないはずなのに」
ハルカスといた時に出くわした奴は、殴ったり蹴ったりしても意味はなかった。
「あなたが持ってる物は何ですの?」
これは、オーク血雷が持っていた槍。そう、血雷が持っていた…………!!
「そうか、血雷って想力が使える。で、ソイツが持ってた武器だから、これもバスターなんだ」
「それは、想力の塊みたいな物。だから、血雷を処理することができますの。多分、想力だって使えるわ」
ヒッヒッヒッ、こりゃいい事を聞いたぞ……
「それにしても、セリさんよく来てくれたな」
戦力になれないから行かないって言ってたのに……
「本当は、もう少し回復するまで待った方が良かったんですけど……」
言うと、バスターを起動させた。
起動したチャクラムは一つだけ。
「まだ、マハーバーラタは、これだけしか出せませんわ」
「……マハーバーラタって、ヒンドゥー教の聖典か?」
「そうなの? セリさんのバスターの名前よ。大師匠様が付けて下さった名前ですわ」
もしかすると、アグネアの矢もヒンドゥー教の関連する、何かなのかもな……
「二つ三つ出せるよになるには、時間が足りないみたいですわ。だから、あなたの手もそこまでしか治せない……」
「にしても、そんな中途半端な状態でよく助けに来てくれたよ」
「フン、誰かさんの暑苦しさが伝染ったのよ」
なんだよ。そう言うとこもあるのかよ。
「ま、なんでもいいわ。ありがとう」
「どういたしまして、ですわ……」
「じゃあ、ボクは先を急ぐから」
ボクは葉中邸へと歩を進めた。
「待ちなさい。セリも一緒に行きますわ」
「いや、セリさんは町の人達を助けてやってくれ。それは……ボクではできないことだから」
「あなた……」
ボクは、大きく手を振りながら駆け出していく。特別、ボクの意見に反対するわけではなく、セリさんはボクの背中を見守っていた。
「葉中邸も見えてきた……待ってろよ。雪里」
走っている途中でジャージを脱ぎ捨て、シャツ一枚になる。
近づくに連れ周囲の気温が上がっているのが分かる。やはり、火事が起こっていたのは葉中邸であった。
消防が来ていないのは、大通りの事故であったり、血雷のせいだったりするんだろう……
よし、門が見えてきた!
門は、塀ごと破壊されていた。瓦礫は飛び越え入っていく。
破壊されていたのは、門だけではなく屋敷事態もボロボロで大炎上していた。庭先の木にも火は燃え移り、灼熱地獄。所々に丸焼きになる途中のオーク血雷や、屋敷の使用人なんかが転がっていた。本当に地獄にでも来たみたいだ。
「雪里!!」
意外にも、二人は直ぐ目の前で対峙していた。
雪里は出血は見られるが、そこまでダメージは見受けられない。鎧装はいつにも増してボロボロだ……下着が見えてしまっているが、そんなことは気にしていられないのだろう。
チュパカブラ血雷こと、葉中はと言えば、右腕は切断されていた。もう満身創痍といったところか?
「おい、せ!」
二人は激しい戦闘を開始した。
この槍による微力な想力のおかげでなんとか目で追うことはできるのだが、二つの影が交差しあっているようにしか見えません……クソ。本当にボクは何もできないじゃないか。
本当に一瞬の出来事に思えた、雪里の姿が見えた時、彼女は左肩を抑え膝を着いていた。
葉中も同時に姿がはっきりした。口から何か赤い塊を吐き出した。
残っていた腕もなくなってはいたが。まだ雪里を襲う余力はあるのだろう。チュパカブラ独特の、跳ねるような移動方法で雪里に迫っていく。
ボロボロの牙をむき出し、吸血の為だろう彼女の柔肌に齧り付こうとした!!
「葉中ァァァァァァァッ!!」
ボクは葉中の名を叫んだ! 「ボクに気付け」その一心で……その声も虚しく、葉中は霧になっていった………………本当に虚しいじゃないか。
チュパカブラ血雷は、この世から姿を消した。
ボクのこの、ズタボロにされてまでの頑張りは一体何だったんだ……全くと言っていいほどの無駄骨、徒労。
でもまぁ、雪里が無事だったから良しとするか。
ボクはその場にヘナヘナと座り込んだ。必死になって町中走り回ったし、手に穴だって空いた。けど、今までで、一番充実していた気がする……
「あっ、鏡君」
のんきそうな声が聞こえてきた。どうやら、ボクに気がついたようだ。
大月穿を停止させ。ジャージにタンクトップに戻っていた。左肩を抑えながらパタパタと、ボクの方へ向かって来た。
「おう雪里、大丈夫そうか?」
「うんなんとかぁ、もしかして、助けに来てくれたたたっ!」
けっつまづいちゃったよ……さっきまで、常人では目で追えないレベルの戦闘を行っていた人とは思えない。
「ヒヒッ、お前もうずっと大げっ!!!」
ボクは槍を握り締め。出せる限界の想力を振り絞った。どうしても今この瞬間、この刹那、超高速移動を使わなければ!
雪里が、倒れた真上に炎上した木が、倒れかかってきていた。
「バカ野郎!!」
超高速移動は使えたが体感スピードは遅い。なんとか雪里の所まで来ることはできたが、倒れている彼女を抱えて逃げ出す余裕はないみたいだ。脚が……
雪里の襟を掴み全力全開で投げ飛ばす。これはボクの素の力で、最後のちか……
「きょう、君? ――鏡君!!!!」




