一ページ目『放課後は物語の始業』
これまでのヒーローの鏡:植木鏡は夢を見ていた!
このご時世、生徒に対して、ここまで強気に出れる教師なんてホントに! この人位なものだ。
ましてや、その手に持っているバインダーを、バインダーとしての機能を一切使うことなく、ボクを目覚めさせたんだから。
ボクの通う泉心高校の日本史教師、織田。まったくもって常識の通じない教師だ。
モンペが怖くないのか? まぁ、ボクの親はそんなんじゃないけどさぁ。
……どうやら、夢を見ていたらしい。
いつも寝る前には妄想する。ボクが主人公の、オリジナルのストーリー。昨晩で、ちょうど過去編が終了したところなのだが、今見ていたのは『1st episode』だった。
学校でもこの夢を見るとは……ヒッヒッヒッ、流石ボクだぜ! 敵のデザインがいつもと違うのは、夢だったからだろう。些細なことだ!
しかし、いつの間に学校に来ていたんだ? 朝から今までの事を思い出す――
………………まったく、思い出せない。
朝飯を食べ終え、家を出たとこまでは覚えている。ハッキリしている。トースト二枚と、コーヒーを一杯、読みかけの漫画とラノベを鞄と、ポケットに入れて、家を出たんだ。
しかし、登校中の記憶が曖昧だ……誰かに出会った気がするし、雷が落ちる音も聞いた……気がする……
「おい植木鏡言い訳もなしか? 完・全に、ナメてるな!」
「ッ! いやいや、ナメてないです!」
「やかましいわ! 廊下に立ってろ!!」
そう言うと、織田はボクのケツをバインダーでひっぱたいた。
背筋を伸ばし、元気よく返事をして、駆け足で廊下へ向かっていく。
サッと、ドアを閉めると、教室の中からはクスクスと笑う声。
「……ったく、聞こえてるっての」
さてさて、そんなことよりも今朝のことだ。
確かに、普段ボクは登下校中は漫画を読んでいる。だから、記憶が無いこともしばしばあるけど、その読んだ漫画の内容も覚えてないとは……いやはや。
ま、いっか! 今、その続きを読めばいいのだからぁ。
ボクは、いついかなる時でもマンガや、ラノベが読めるように、鞄の中やポケットの中に、それらを忍ばせている。コミックスサイズだと入らないので、文庫サイズだ。モチロン、今日も胸ポケットに忍ばせている。
ここに入れておけば、ナイフが飛んできてもヘッチャラなのだ!
「この退屈なバツの時間を、有意義なものにしなくてはな」
目は良い方なのだが、本を読むときは必ずメガネを掛けるようにしていて、常にかけているのは邪魔くさいので、首から下げてるか、頭に装着している。
さてさて…………んっと? 胸ポケットに入れているは……ず、の、漫画が…………
「ない……」
別のポケットに入っているラノベが…………
「ない……」
入れ忘れか? ボクのことだ、入っていないなんてありえない!!
アレ? あれれ?! こっちにも! こっちにも! 入ってない!! いやいやいや、まさか?!
ブレザーを脱いで探すも、見つからなかった。
「ポケットに入れてたはずの漫画があっ!!!!!!!!」
廊下に轟くほどの声で絶叫した。
「オイッ! 植木! うっせぇぞっ!」
教室から織田の声が……そして、ぶっ壊れるんじゃないか? と、いうくらいの勢いで、ドアが開いた。ついでに、隣のクラスの生徒と教師も、廊下に顔を出していた。
「お前、漫画がどーとかでかい声で言ってたなぁ」
「ハハ、いやだなぁ。言ってるわけないじゃないっすかぁ」
「……テメェ……放課後職員室まで来い」
冷静な口ぶりだったが、これまたぶっ壊れる程の勢いでドアを閉められた。あの口調……これは完全にブチ切れてますわ……
我がクラスだけではなく、両隣のクラスからもボクを笑う声が聞こえていた。
「んなご無体なぁ」
クソ! 散々だ! どこで失くしちまったんだよ…………流石に殺されっかな?
だぁかぁら! このご時世に、こんな事させる教師が存在していていいのか? UMAかよ!
まぁ、この学校には存在するようなのだが……ムーにでも突き出すか……
今日の授業は全て終わり、ボクは今、職員室に召喚され、強烈な叱責を受けた挙句、持ってきていた漫画と、ラノベを自分の手で焼却処分させられた。
そして今は、職員室の片隅で『猛省』と、言う単語を、原稿用紙に書かされている。これが一体、何の意味を持つのか全く解らないが、織田が「やれ」と、言っているのだから、罪人に拒否する権利などなく、粛々と原稿用紙に向かって軽快に”猛り”ながら”省みて”いく…………………………………………………………猛省って、こんな漢字だっけ?
× × ×
「もう時間も遅いから、とっとと帰るんだぞ」
「はぁい」
ゲシュタルトを完全崩壊をさせつつ、日が落ちる前に何とか開放された。
これが目的か、織田め……明日から気をつけないと。
鞄は教室に置きっぱなしなので取りに戻る。
廊下には夕日が差し込み、真っ赤に染まっていた。教室の中も、紅に染まっている。
この雰囲気はすごく好きだ。
黄昏と言う空間は”如何にも””如何にも”だと思う。
物語の世界では、ままあるシチュエーションで、キーキャラとの出会いのシーンなどに使われる事がある。
そんな期待に胸を膨らませ、ボクは教室のドアに手をかける。
朝から変なことがあった。漫画は失くすし、いつの間にか教室にいるし、織田の折檻をしこたま受けた。
これは、なんかあってもおかしくはないと、思わないか?
頭の中の、冷静な自分が「そんなことは絶対にないぞ」と、言っているのだが、期待したっていいじゃないかボク!
そう言うことが起こることを心から期待しているんだ。
ゆっくりと、開けていく。
夕日の教室の中に、黒い影が一つあった。シルエットからすると女の子。外を見ていたその子は、ボクがドアを開けたことに少し驚いたのか、慌てたようにこちらを振り返った……
それは、よく見知った子、名前は『月代雪里』。なかなかどうして香ばしい名前で好感が持てる。
ボクと同じクラスで、出席番号は十三番。
成績は、中の中。
運動能力は、下の下。
得意科目は特になく、苦手科目は体育。
二本のおさげと言う、チョット古風な見た目だが、アホ毛がいい感じのアクセントを出している。
顔立ちは……まぁ、上に入るだろう。スタイルもよし。
ボクの密かに付けている『ヒロインランク』で言えば『Dランク』だ。最低は『Fランク』。
「何だ、月代か、こんな時間まで教室でなにしてるんだ?」
ボクは、自分の鞄を片付けながら話しかけた。
「植木君を待ってたんだ」
「ん? なんかボクに用でも?」
君かぁ……君が来てしまうのか『Dランク』の君が!
我ながら失礼だと思う。
「用と言うか、わたっ!」
言いかけて月代は、目の前にあった机につんのめる。
なんでそうなるんだよ……
彼女は、ドジ属性を持ち合わせている。物にぶつかるのは日常茶飯事。加えて運動音痴も持ち合わせていた。
ヒロイン特性としてはなかなかだが、彼女の場合はそれくらいしかなく、良いとこも少なければ格別悪いところもすくない。
『ヒロインランク』は、ポイント制になっていてドジと運動音痴と容姿のポイントで『Dランク』なのだ。
「おおぉ、大丈夫か?」
「いててぇ」
腰をさすりながら、一冊の本をボクに差し出した。
「!?」
それは、ボクの探していた漫画だった。
「だぁぁっ! オレの漫画だ!」
ボクは、ぶんどるように受け取ると同時に、月代を抱きしめる。
「ちょっ! 何するの!?」
「ありがとう、月代! マジで恩に着るよ!」
「もう! やめてよ。たまたま、拾っただけだし」
「にしても、よくボクのだってわかったな」
「織田先生の授業の時、大きな声で『無いー』って、言ってたから、もしかしたらと思って」
全く月代さんやってくれたぜ。加点します。『Cランク』へアップかな?
「いやぁ、ホントに助かった。ただの運動音痴のドジっ子だと思ってたけど」
ボクの目の当りした、月代雪里の偉業。
高校生なのに三段の跳び箱が跳べず、そのまま激突。
両耳に、イヤホンをつけたまま電話をしていた。しかも相手に「何唄ってるのよ」と言っていた。
流石に電話はネタかと思った。
「なぁんて! いい子なんだ!」
「本当に、たまたま拾っただけだから」
「今なら月代の言うこと、なんでも聞いちゃうぜ」
「……いや、いいよ。本当に気にしないで」
いやいやいや! 漫画と、ラノベを自らの手で焼却処分して、正直精神的に参っていたんだよ。そこからまさかの、逆転ホームラン……ツーベースくらいかな?
若干引かれてるけど、何かお礼しないと気がすまん。
「それにしても植木君は、本当にいつも持ち歩いてるんだね。漫画、好き過ぎ」
「漫画というか『ファンタジー』が、大好物なんだ。ん~……なんて言うか、そんな世界があるなら、行ってみたいよね。魔法、使ってみたいなぁ。どうせそう言う世界に行くなら、世界を危機から救う勇者様になりてぇよな……うん! だって圧倒的に最高にカッコイイじゃない!」
剣と魔法の世界。
ドラゴンやエルフの住む幻想世界。
平和な学園に突如訪れる怪生物。
天使と悪魔の最終戦争。
霊と対話する少年。
この世には、現実とはかけ離れた作品が、星の数ほどある。創作物の中ではファンタジー物が一番好きだ。
現実世界では、ありえないシチュエーションや、魅力的な登場人物、幻想的な世界背景、それら全てが大好きなのだ。
きっと、心の何処かで現実に不満があるのだろう。そんな、マジカルハッピーな世界に行くことができると言うのなら、全財産だって、残りの寿命だって出してもいい!
「そう言うファンタジーっていいよな。月代もそう思うだろ? こう……想像が膨らむじゃない。ボクだったらこんな種族で、職はこうでってさ。ボクだったら……」
「……なんか、ごめん。もうわかったよ」
む、こっちが気持ちよく話してるっていうのに……
「……全く、ファンタジーは創り物よ。現実にあるわけないじゃない」
「何を!?」
「それじゃ、私は先に帰るね」
「おい、待てよ」
月代が廊下へ消えていく。
「お礼がまだ!」
廊下へ顔を出すと、そこに月代の後ろ姿はなかった。
がらんと、長く廊下が続いていた。
もしかして、さっきまで話していたのが、月代本人じゃなかったのでは? と思うと、背筋がゾクッとした。
遠くから吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。
ここは現実なんだと、思い出す。
窓からの風が頬を撫で……
「早く帰るとするか」